第46話 山寺寛治

 私が山寺寛治と出会ったのは25の時だった。当時、私は警部補、山寺寛治は警部であった。

 山寺警部は定年間近のたたき上げで論理的な思考力とこれまで培ってきた刑事としての経験から捜査を進める刑事で、同世代の刑事よりも柔軟な考え方を持っていた。 

 そんな山寺警部だったからこそ私の上司となったのだろうと今になって思う。

 当時の私を一言でいうのならば、反骨精神の塊で傍から見れば生意気なエリートといったところであっただろう。

 私が山寺寛治とともに仕事をしたのは3件のみ。年月にして2年という短い間だ。だが、その二年間がなければ今の警視としての立場はなかっただろう。

 今、私と向き合っている加賀警視正は山寺警部と同期で、考え方もよく似ていた。

 昔は経験則を頼りに事件を追う捜査官が多かったと聞く。そんな中、彼ら二人は科学的な捜査方法を積極的に取り入れる先進的な考え方をしていた。

 大きな反感にあったと言うが、実際にその有用性を示してみせることで、そういったことも無くなっていったのだという。

 

「俺は、寛治と事件を追っていた時が、刑事として1番充実していたように思うよ」


 加賀警視正は上の方を見て懐かしむように呟いた。


「頑固で一本筋の通った男だった。自分の意見が正しいと思えば上司だろうがくってかかる反骨精神むき出しの問題児で若いころは苦労したものだ。齢を取ってからは落ち着いたが、無茶をするのは変わらなかったな」


「ええ、そんな人でした。良くタバコを吸っていましたね。夕日で茜に染まった空の下で一服している姿は格好良かった」


「……アイツの墓前になんと報告したものかな」


 途端、加賀警視正は哀しそうな声で呟く。私は返答ができず口ごもってしまった。


「……はあ、この話はもうやめよう。次の話に移ろう。月城警視、君のことだが」


 私は加賀警視正の言葉を切るように私は封筒を差し出した。封筒には退職願と書いてある。


「そうか、君は元々そういうつもりでこの部屋に来ていたのだな」


「ええ、私の人事に関する話もされるのだろうと思っていましたから」


「君の功績ならば、私が口添えして警部への降格で済ませてやれるのだぞ?」


「私は赤宮を取り逃した挙句、部下の多くを死傷させてしまいました。これは私自身の責任の取り方です」


「辞めた後はどうするのだ」


「月城グループはようやく元の規模まで戻って、信用も取り戻した所です。グループを投げ捨て警察官になった上、今回のことで内外への私の最悪でしょう。ですからグループに戻る訳にはいきませんから。赤宮を捕えてから考えます」


「そうか。君という優秀な刑事を失うのは痛いな。……この退職願は私が預かっておく。時期が来たら私の方から宗田警視長に渡しておこう」


「はい。では、私はこれで」


 ソファから立ち上がり、一礼すると私は扉へと歩み進んでノブに手をかけた。

 

「……月城君。無理はするんじゃないぞ」


 加賀警視正は私を引き留めそう声をかけた。もしかしたら、警視正はあの日の山寺寛治と私の姿を重ねて見ておられたのかもしれない。


「お約束できませんが、死にはしませんよ」


 僕はノブを回して部屋から退出した。

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