第42話 ハンク

 四方八方からライトに照らされ、赤宮の立つ場所は昼のように明るくなっている。報道陣のカメラでその姿も捕らえられている。この状態で逃げることは不可能に近いだろうになぜあんな顔ができるのだ。


「赤宮!逃がさないぞ!」


 僕は拳銃を構えて引き金に指をかけた。


「月城警視!2008年12月31日。あの日のことを忘れてはいませんね?」


「何を言ってる?」


 僕にはその日付にまったく覚えがなかったが、ふと月城警視の方を見ると顔が強張って、拳を握り締めている。


「……当然です。忘れたことなどありません」


「それなら良いです。では、待っていますよ!あの場所で」


 そう言うと赤宮はポケットから先ほど室内で使った閃光弾を上にほおり投げた。僕は咄嗟に引き金にに賭けた指に力を込めた。

 その時、閃光とともに僕の足元に銃撃を受けた。幸いズボンを掠っただけだったが、いったいどこから撃たれたのかわからない。


「……。君は出てこなくてもよかったのですよ、ハンク」


「そうはいっても、追手を止めるとなれば俺が何とかしないとならんのでしょう?今出てきても一緒だと思うんだがねぇ?」


 赤宮がハンクと呼ぶ男の声には聞き覚えがあった。それも僕の良く知る男の声だ。


「おい、お前、どういうつもりだ!」


「どういうつもりも何もなぁ。見ての通りなだけだぜぃ黛。俺は赤宮康介の味方。要はスパイってやつだな」


「なんだと?」


 僕は銃口を山中に向けるが、すぐさま赤宮のナイフが飛んできて、僕の左手に突き刺さり、拳銃を落としてしまった。


「くっ……。なんでだ。お前は警察官だろ!」


「俺は警察って組織は元から嫌いでね。警察官となったのも赤宮に協力するためだったんでな」


「じゃあ、最初からお前は……」


「そうだ、警察の動きは常に俺経由で赤宮に伝わっていたんだぜぃ?」


 指名手配を受けながらも三年という長い間逃げ続け、犯行を続けられたことにこれで納得がいった。いくら協力を惜しまない支援者を何十人と抱えているとはいえ、こうも逃げ切れるものではない。

 月城警視であってもまさか警察内部にスパイを潜り込ませているなどとは思いもしなかったはずだ。


「ま、そんなことは後でいくらでも話してやるさ。さて、そろそろ時間稼ぎも十分かなぁ?」


 突然、報道ヘリの陣形が崩れた。すると轟音とともに一機のヘリコプターが超低空で侵入してきた。その高さは屋根から2メートル上空。プロペラによって発生する強烈な風に加え、不安定な屋根の上で立っているのが精いっぱいだ。

 赤宮がヘリから投げ出された縄梯子に捕まると、そのまま西に向かってヘリは飛んで行った。


「今すぐヘリを追え!絶対逃がすな!」

 

 僕は大声叫んだ。これでこの家の付近にいる刑事には指示が行き届いたはずだ。


「ふぅ……さて、これで俺の仕事も終わったかな。兄貴がついてるなら捕まるこたぁないでしょ。さて、なんでも話すんで警視庁に戻りましょうか?」


「……わかりました。黛君、赤宮追跡の指揮を堺警部にとるよう伝えてください。それから矢田坂警部補に山中警部の移送を。我々はまず怪我の治療をしましょう」


「……わかりました。すぐに」


 僕は両手の痛みをこらえて屋根から降りると荻原氏の部屋にそろっていた堺警部に指示を出した。

 


22時15分 

 赤宮康介逃走。

 山中警部逮捕。

 佐野巡査部長殉職。

 俳優、荻原周吾氏死去。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る