第37話 駿河
アジトの戻ってくると客人が椅子に座って私を待っていた。七三分けのぴっちりとした髪型、黒いフォーマルスーツを着た中年男。テーブルの上には彼が持ってきたであろう段ボール箱が置かれていた。中身は瓶らしいことはわかった。
ジョンソン山中は離れた場所でビールを飲んでいる。あの星マークはハイネケンか。私はあまりビールには詳しくはないがそれくらいは知っている。
段ボールの瓶と似ている。ということはあの段ボールの中身は全部ハイネケンか。
「お帰り。久しぶりの墓参りはどうだった」
「どうだったかといわれても困るな。それより荻原はどうしています?」
「ああ、問題ない。家の中でおびえているそうだよ。イレギュラーな行動はとらない」
「そうですか。それは結構」
下手に行動されて安全な場所に移送されでもしたらたまったものではない。それこそ計画の練り直しになってしまう。
「そうだ、ジョンソン山中、ハンクに連絡を取って下さい。彼の協力が必要です」
「あの警備網に穴開けるってことか。しかし、あいつにできるのか?」
「そうは言いますが、彼以外にできる人間はいませんよ」
「それもそうだな。わかったよ言っといてやるよ」
空になった瓶を投げると盗聴されないよう特殊な通信機を使ってハンクに連絡を取り始めた。
「聞きたいのだが、今回の殺しは芸術品にはなるのかい?赤宮さん。警察があそこまでいると時間はかけられないだろう」
「それはごもっともです。考えていた殺しにはならないでしょう。上手く作品に仕上げるつもりですが、果たして警視庁一の切れ者と呼ばれる彼がそうさせてくれるかが問題ですね」
「何度も君を追い詰めたあの警視か」
「ええ。正直、支援者の皆さんの全力を尽くしたバックアップがなければ私はとっくに捕まって檻の中だったでしょう。ここまで協力してくれた彼ら、彼女らには本当に感謝しかないですね」
「それらの思いを君は背負っているわけだ。最後まで捕まってはいけないよ」
「わかっています。最後の最後でまくられるなんて洒落にもならない」
駿河氏と話を進めていると、連絡を終えたジョンソン山中がこちらに歩み寄った。段ボールから瓶を一本取りだすと栓抜きで封を開けて、あふれ出るビールを飲み込んだ。
「相変わらずよく飲みますね。それで、ハンクはなんと?」
「……うまいことやってみるとさ。潜入ルートは追って報告するとよ」
「そうですか。それではそれまで待っていましょうか」
まだまだ時間はある。夜まで待って体力を奪ってからが勝負だ。いくら鍛え上げ、屈強な肉体を手に入れようと睡魔だけには勝てない。睡魔が襲うとき必ず注意力が下がり、動きも悪くなる。それまでの間こちらはゆっくりと休めばいい。
しかし、そううまくはいかないだろう。月城才児は一日飲まず食わずで警備をしていようがぴんぴんしているだろう。
やはり、私の殺しの一番の障害は彼だと改めて感じる。
負けはしない。この殺人を遂行して、次に繋げなければならない。最後の決着は次と決めているのだ。
時刻は14時を過ぎた。
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