第24話 自称天才

 多摩川を越えて神奈川県へと渡ると誰も住んでいなさそうなオンボロアパートの一室へと入った。


「おい、こんな所に人いるのかよ?」


「いますよ。少し変わっているだけです」


「少し変わっているとは失礼だな。俺様の根城に文句を言わないでくれないかねぇ?」


 部屋の奥から現れたのはボサボサの脂ぎった長髪に薄汚れた眼鏡をかけた華奢な男。

 着ているアロハシャツも元々黄色いのか黄ばんでそういう色になったのかわからないがとにかく臭い。


「相変わらず不潔ですね尾堀くん」


「おいおいおい、俺様はただ洗うのが嫌いなだけだ」


 尾堀は頭をボリボリとかいた。白いフケが粉雪のように落ちていく。


「とりあえず中で話させてもらえるかな?」


「いいぜ。土足でいいから入りな」


 そう言って尾堀は部屋の奥へと消えていった。


「おい、帰っていいか?」


 鼻をつまんで臭いに堪えているジョンソン山中がしかめっ面で訴えた。


「彼は私の大学時代の友人なのですよ。大学内で一番の異端児で有名だった男です」


「ふざけてやがるな」


「まあまあ、そう言わず。すぐに話は終わりますから」


「仕方ねぇなぁ……クソがッ」


 ジョンソン山中をなだめて部屋の奥へと入っていく。

 尾堀の部屋は酸っぱい香りが悶々と漂っており、ひどく湿度が高いようだ。壁には何色かわからないグロテスクなカビの芸術作品が出来上がっている。布団の周りにはキノコが生えてきている。

 こんなところに住んでいると体調を崩してしまいそうだがこの男には居心地のいい場所なのだろう。


「座りたまえよ」


 そういって布団の上に胡坐をかいて右手でバンバンと地面をたたく。叩いただけで謎の粒子が舞う。


「いえ、すぐに済む話ですからいいですよ」


 流石の私でもこんな汚れた床に座りたいとは思えないので、遠回しに遠慮する。


「そうかい?それじゃあ早速話を聞こう」


「君は確かヘリの運転ができましたね?」


「あっ?マジか?こいつが?」


「失礼だな〜。これでも俺様は天才なんだぜぃ?自分で言ってしまうくらいに天才なんだ。なんでもできちまう自分に惚れ惚れするくらいだ。いやぁー才能が怖いぜ」


「おい、こいつ殴っていいか?」


「やめてください。君が殴ったら彼がさらにおかしくなる」


「おいおいおいー!聞き捨てならないなぁ。天才の俺様が殴られておバカになったらどうする?それは神羅万象が望んじゃいないのだ!」


「舐め腐ってやがるなこの野郎……」


「まあまあ、とりあえず話を進めさせてください。あとで酒でも飲んで憂さ晴らししてください」


「ああそうさせてもらうぜ。とりあえずこの部屋からは出させてもらう。クセェし暑いし居てらんねぇ」


 ジョンソン山中はそう言って部屋から出ていった。


「あーあー穏やかじゃないなぁ」


「君も君でしょう?」


「そうかい?まあでもそれが俺様だぁ。……とりあえず話の続きを聞かせてくれぃ。ヘリでどうして欲しいんで?」


「この住所の家の上空にこの時間に来て欲しい。必ず縄梯子を積んでおいて欲しい」


「おー映画のような逃走シーンを再現したいのかぃ?いやーやることが派手だなぁ。指名手配犯らしいぜ」


「頼めますか?」


「当然だぜぃ。この天才尾堀様に任せろぃ」


「それではよろしくお願いしますよ」


「おう、それじゃあな」


 尾堀の部屋から出るとジョンソン山中が突っ立っていた。


「話は終わったかよ」


「ええ、それでは帰りますよ」


「先にシャワー浴びさせろ!臭くてかなわねぇ」


「いいでしょう。水ですがいいですね」


「……仕方ねぇな」


 私達は隠れ家へ帰還することにした。

 防犯カメラ、警察、それに加えて臭いにも気をつけなければならなくなって、人目を避けて帰ったために時間がかかったのは言うまでもない。

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