29話「絶体絶命!?」

 ビル街をれんと並んで歩いてく、そんな嬉しさを噛みしながら私たちはお店へと向かっていた。


「あれぇー煉! どうしたのぉー?」


 そんな時、前方から渚ちゃんが私たちを見つけたのか、そんな風に話しかけてくる。でも、その顔はあからさまに私たちを面白がっているそれで、ニヤニヤしていた。さっきの言い方も、それっぽくわざとらしかった。そんな突然の事態に、少し動揺してしまう私がいた。


「お、おう、なぎさ。別に、休みだから遊びに行こうってなっただけだって」


 そんな私と同じように、煉も煉でちょっと焦っているようだ。その声の調子や表情からみても、それがわかる。だけれどあくまでも本人はいつもの感じを装っているようで、そんな感じで渚ちゃんに正直に事を話す。でもこれは嘘偽りの真実だ。決して私たちにはそんなやましい感情はない。


「ふぅーん。煉って異性の友達と手繋ぐんだぁーし・か・も……?」


 相変わらずわざとらしい言い方で、私たちを疑るような目でそんなことを指摘してくる渚ちゃん。でも私にはその言葉の意味がよくわからなかった。手を繋ぐ……?


「こっ、これは……何でもねーよ……」


 その言葉に、私たちはすぐさま自分たちの手を見ると、なんと渚ちゃんの言葉通りに私たちは『恋人繋ぎ』をしていたのだ。それに気づいた私たちは慌ててそれを離すが、時すでに遅しと言ったところか。それにしてもビックリした。いつのまにか、私たちは勝手に手を繋いでいたみたいだ。全然、それに気がつかなかった。たぶん今の煉の様子からみても、私と同じだったんだろうし。それぐらい自然な感じで、当たり前のように手を繋いだんだろう。


「……ふぅーん」


 そんな煉の言い訳がましい言葉に、怪訝そうな顔をしながら煉をじっくりと見つめていく渚ちゃん。その目は是が非でも秘密を暴いてやろうと言わんばかりの、疑いの眼差しだった。


「な、何だよ……?」


 それにさらに焦っている感じの煉。なんか、この2人の光景が悪い子とした生徒と、それを問い詰める先生に見えてきた。


しおり、確認するけど、これってデート?」


 そんなことを思っていると、今度は急に私の方へと目線を向けてきて、ちょっと怖いぐらいの真顔でそんな質問をしてくる。まさかまさか、今度は渚ちゃんの火の粉が私にも飛び火してくる事態となってしまった。


「なっ!? そ、そそそ、そんなことないよ!?」


 で、でで、デートと言われれば、そうみたいなものですしー私もそう思っていますけれど……でも、れ、れれ、煉がッそう思っているかと言われれば、それは違うような気がしましてぇー


「落ち着け、岡崎。取り乱しすぎだ!」


「だ、だだ、だって、煉!」


 そ、そそ、そそそーそそんなことを直接言われたら、誰でも取り乱しちゃうって!

これほど核心をついた言葉は他にないもん。


「煉? たしかこの間の時は付けじゃなかった?」


「うっ……そ、そそ、それはっ……!?」


 私とぉー! 煉とのぉー! 秘密でしてぇー……れ、れれ、煉がぁーそぉーよ、よよ呼んでいいからって……!


「渚、それぐらいにしてやれ。岡崎が可哀想だ。俺の目を見ろ、『俺たちはただの友達だ』」


 そう煉が渚ちゃんを諌めるなか、私は深呼吸をして落ち着きを取り戻していた。渚ちゃんの一言は、私にとてつもない一撃を喰らわせた。それは私が心の中で同じようなことを思っていたから。これは傍からみたら、ただの『カップルのデート』にしか見えないって。だからそれを、言ってしまえば一番気づかれたくない人たちに、言われてしまったのだから取り乱すのも仕方がないと思う。


「まあ、嘘はついてないみたいね。でも大丈夫、あんたのお友達みたいに言いふらしたりなんてしないから」


 そんな心の中で言い訳をしつつ、渚ちゃんは煉の表情を見て、一応は信じてくれるようだ。とりあえず木下きのしたくんとは違って、渚ちゃんの口が堅いみたいだし安心できるみたいだ。もっとも今まで渚ちゃんという人に触れて、そんなひどいことをする人じゃないとは思うけれど、その言葉で安堵がやってくる。


「ならいいけど」


「でも、煉は栞のことって呼ぶのね。なんか気持ち悪い」


 今日の渚ちゃんはとことんまで細かいことが気になるみたいで、私たちの特有の呼び方まで指摘してくる。そこのところのお話はちょっと面倒なことになっているので、私としては触れてほしくはなかった。事情説明は長くなるし、そこでまだ何か指摘されそうだし。今は『まだ』色々と複雑な関係なんです。


「あぁー俺、女子のことあんま名前で呼ばないからさぁー呼び慣れなくて」


 それに対して、煉は事実交じりの嘘を吐く。たしかに煉は普段の生活を見ていても、クラスメイトの女子でも名前で呼ばない。基本的には名字だけ。だからしずかちゃんや七海ななみちゃんも名字だし、藤宮ふじみやさんに至っては役職な始末だし。でもそれと私を『岡崎』と呼んでいるのはまた別の理由。うまい逃げどころを見つけたね、と1人で感心している私だった。


「ま、同学年だと私たちぐらいだしね。今回はそういうことにしておくわ」


 そんな煉の言い訳に、とても引っかかる言葉を言い残すけれど、どうやら私たちは釈放されるようだ。それで私の心はさらに安らぎを取り戻し、平穏な状態へと戻っていく。


「おう、じゃあ、俺たちそろそろ行くから」


「あ、煉。最後にちょっと耳貸して」


 煉の言葉で、再びお店へと向かおうとしたまさにその瞬間、渚ちゃんが煉を呼び止めて手招きをする。


「ん?」


 煉は渚ちゃんに呼ばれるがまま近づいていき、渚ちゃんに耳を差し出す。この光景に、私はとても既視感があった。それにムカついたのを覚えている。それを思い出したからか、単に今も嫉妬しているからか、それに私は再びムッときてしまう。


「はっ!? な、なな、何言ってんだよ!?」


 今度は仕返しでもされたのか、何を言ったのかは定かではないけれど、さっきの私みたいに異常なほど動揺している煉。顔が赤くなっている辺り、恥ずかしいことを言われたとみえる。


「ふふーん。いつかのお返しよ」


 それに渚ちゃんはそう言った後、あっかんべーをしてくる。


「くっそぉー」


 煉は悔しそうにしながらも、それ以上何も言い返せないでいた。結局のところ、私たちは完全に渚ちゃんに完敗なようだ。手も足も出せなかった。言いように転がされて、秘密を暴かれたみたいだ。でも渚ちゃんは口が堅い人だから大丈夫、と改めて自分い言い聞かしていた。そんな中、いつしか渚ちゃんは街の人混みの中へと消えてしまっていた。


「なんか、ゴメンな?」


 それに呆然と立っている私たち。そんな折、煉がどこか申し訳さそうにそう謝ってくる。


「ううん。大丈夫。じゃ、いこっか」


 煉が私に気を遣いすぎないように、笑顔で煉にそう返事をする。もう大丈夫だと、煉に伝えれば、またいつも通りの煉に戻ってくれるはずだから。そしてさっきのやりとりで思ったこと。それは、案外、気にしなくてもいいのかもしれないということ。むしろ堂々としている方が、かえって茶化しづらいのかも。それにそんなこと考えるよりも、今は煉と2人きりの時間を楽しむことに、意識を集中させたい。そう思い、私は煉に左手を差し出す。


「え?」


 私のその行動で、意図は察してくれているようだけれど、でもさっきのこともあってか戸惑っている様子の煉。煉がすんなりと私の手を握ってくれなかったことで、私が意思表示をしなければならなくなってしまった。でもそれを言葉に表すのは、顔から火が出そうなくらい恥ずかしいことだった。


「てぇ……つなごっ……」


 でも言わないと手は繋いでもらえないので、勢いに任せてそう言ってみる。死にそうなほど恥ずかしかったけど、なんとか言うことはできた。それを受けて煉は珍しく顔を真っ赤にまで染めて、私の左手を握ってくれた。もちろんそれはちゃんと『恋人繋ぎ』で。それに、私はこの上ないぐらいの幸せを感じていた。恥ずかしさで体が熱いけれど、それもまた心地がよかった。もういっそこのまま時間が止まってしまえばいいのに、なんて考えるほど、それは幸せな空間だった。そんな中、同じように恥ずかしそうにしている煉が、私がさっき言っていた店へ行こうと提案してくる。それに私は相変わらず恥ずかしそうにしながら頷き、そして再びお店へと向かうことになった。


「――ここだよ!」


 しばらく歩いたことで、徐々に徐々にいつもの感じを取り戻していく。そしてその目的地に着いたところで、指をさしてそう煉に言った。そこは雑誌で見た通りの、シックな感じの外装だった。いかにもオシャレなそれで、ちょっと入るのに勇気が入りそうな感じだった。


「喫茶店?」


「うん、そう! ここ最近できたばかりで、結構女子に人気なんだって」


「へぇー」


 そんな雑談をしながら、私たちはさっそく店内へと入っていく。そして店員さんの案内のもと、席へと座る。煉は店内に興味津々なようで、辺りを見渡して、色々と見ているようだった。それから私たちはメニューを見て、話し合いながら注文を決める。


「――なんかカップル多いね、このお店」


 注文を待つ間、煉がそんな話題を振ってくる。そう言われて辺りのお客さんを見ると、あきらかにカップルだろうと思われる人たちが席で自分たちの時間を楽しんでいるようだった。


「女子に人気あるからかなぁ?」


 私みたいに、女の子が誘ってやってきたお客さんなのだろうか。そんな予想を立ててみる。


「あぁーカップルで一緒にってわけね」


「うん、そうじゃないかなー」


 そんな会話していると、煉はどこか考え事をし始めているようだ。何を思っているのか、私にはわからないが、先程のカップルたちをみながら何か考えているようだった。


「――あっ、そういえば木下くんってテスト大丈夫だったの?」


 そんな折、ふとテストのことが気にかかり、そんな話題を出してみる。煉が隣だからということもあってか、割りと木下くんの話題が私の耳に入ってくることが多い。だから木下くんがこの進級テストに力を入れている、という情報も入っていた。普段の授業風景を見るに、彼はこの進級テストをクリアしなければ留年のようで、テスト期間中に頑張って勉強している姿が見受けられた。だから私も、そんな彼がテストはどうだったのか、気になっていたのだ。


「え? ああ、『いけたかも』とは言ってたよ。結構勉強したから大丈夫だと思うけどね」 


「これ赤点だと、留年なんでしょ?」


 私はちゃんと勉強している人間だからその木下くんの世界はよくわからないけれど、あの感じからするとそうとう瀬戸際に立たされているみたいだった。木下くんのテスト期間中での必死ぶりが、それを物語っていた。及第点にまで届いているといいけれど。


「そうそう。でもアイツが留年って面白くね?」


 私がそんな心配をしているのとは対称的に、煉はそんなちょっとおふざけな事を言ってくる。


「ふふ、そうかもね」


 その光景を想像して、木下くんに『先輩呼び』されるのも悪くはないかな、と思ってしまう私もいた。それから私たちはそんな感じで雑談でもしながら、ゆったりまったりとした時間を過ごしていた。


「――ねぇ、午後からどうする?」


 それから注文したものがやってきて、いよいよ昼食となった時、それを食べつつ私は午後の予定を煉に訊いてみる。相変わらずのノープランで何も決めていないので、その場その場で予定を立てていくという、行き当たりばったりな感じになっていた。でもそれがなんか仲のいい証拠みたいな気がして、それはそれで楽しかった。


「んー適当にゲーセンでも行く?」


「あ、いってみたいかもー! ゲームセンターってあまり行かないから」


「んじゃ、そこ行くか」


 その煉の一言で、次の予定が決定された。なので私たちはそれから食事を済ませてお会計をして、喫茶店を後にし、ゲームセンターへと向かっていた。

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