28話「煉と過ごす休日」

1月23日(日)


 進級テストも終わり、先生たちには多忙の、生徒たちには待望の3連休がやってきた。おそらくみんなテストでたまりに溜まった鬱憤うっぷんを晴らすように、どこかへ遊びに行ったりしていることだろう。私もそのうちの1人だった。3連休の中日の日曜日、今日私はれんと一緒にどこかへ遊びに行くことになっていた。テスト期間中に煉を私から誘い、約束をこぎつけた次第だ。もちろん明日にも、勉強会の時に交わした映画の約束があるけれど、今の私にはどこまでも煉に貪欲になりたかった。あの勉強会で私たちのそれぞれ内に秘めていたものを明かしたからか、それがきっかけとなって煉との……言ってしまえば『わだかまり』がなくなった。なので、私は煉と昔のように気軽に話しかけたり、どこかへ遊びに行くのを誘ったりできるような関係にまでなっていた。というわけで、私は今、いつもの並木道で煉を待っていた。


「はぁー……緊張するなぁー……」


 私はそう言いながら、自分の胸に手を当てる。するとやはり、私の心臓の鼓動はものすごく早いビートを刻んでいた。煉と私服で、しかも2人きりでどこかへ行くなんてこと、今までになかったからやっぱりドキドキしてきてしまう。その相手が好きな人と言うこともあるけれど、まだそういうのに慣れていないからというのもあると思う。


「……よしっ!」


 私は自分を奮いたたせるため、頬を軽く叩いて気合を入れる。でもそのまま緊張してばかりいちゃ、楽しめるはずものも楽しめなくなっちゃう。煉とのせっかくの楽しいひと時を共有するのだから、ちゃんと楽しまなきゃ。そうやって自分に言い聞かせ、自信に勇気を注入する。そうして私が煉を待っていると――


「――あっ、やっほー、煉!」


 向こう側から煉がやってくるのがわかった。それに段々と嬉しくなってきて、大きく手を振ったりなんかして、煉を呼んでいた。当然それは『呼び捨て』で。この間に本人から許可をもらってから、2人きりの時は存分にそう呼んで、それを味わっていた。だから今日も、そう呼んで堪能させてもらう。


「ごめん、またせた?」


 私が先に来ていたことを気にしてか、そんなことを訊いてくる煉。


「ううん、今来たところだから大丈夫だよ」


 ホントは今日があまりにも楽しみすぎて、早く来すぎてしまっていた。だけれどそれを言うと、もちろん恥ずかしいというのもあるし、煉に余計な心配をかけてしまうので、私の内に留めておくことにした。せっかくの楽しい時間に、そんなそれのさまたげとなるような事実はいらないから。


「そっか、んで、今日はどうすんの?」


 私はただ『どこか遊びに行こう』と約束をしただけなので、予定は決めてはいなかった。ただただ煉と2人きりの時間を堪能したかっただけなので、私の方も特に決まってはなかった。


「煉はどこか行きたい場所ある?」


「んー……あっ、だったら今日は岡崎おかざきに任せようかな。クリパの時案内したから、今度は岡崎の番ってことで」


 私のそんな質問に煉は少し考えて、そこからいい案でも思いついたと言わんばかりの顔で、そんなことを提案してくる。


「え!? そ、そう言われるとプレッシャーかかるなぁー」


 ただでさえ私はまだこっちに越してきて1ヶ月ほどだというのに、そう言われてしまうと、その言葉がプレッシャーになる。もちろんその1ヶ月で色々とこの島のあちこちには行ったけれど、たぶんどれもこれも煉の知っている場所だろうし。


「うーん……あっ、じゃあ、カラオケいこうよ! ビル街のカラオケ屋さん、行ったことある?」


 だからどこへ行こうか思い悩んでいると、ふと静ちゃんたちと行ったカラオケ屋さんのことを思い出す。あの頃はまだ私が転校してきたばかりで、親睦会みたいなノリで放課後に行ったことがあった。カラオケなら煉も楽しめるだろうし、それに盛り上がることもできるからいいと思い、そう煉に提案する。


「あーあそこね。俺も修二しゅうじたちと何回か行ったことあるよ。じゃあ、そこにしよっか」


 その煉の合図と共に、私たちはまず聖皇せいおう学園近くにあるバス停へと向かうことになった。そこからビル街へと向かう手はずだ。その最中も、煉と雑談をしながら歩いていく。もはやそれははたから見ても、普通の友達同士……あわよくばカップル、みたいに見えていることだろう。そう考えると、私たちの関係は確実に進歩しているということが実感できて、嬉しかった。でもそれで満足していてはいけない。私が求める関係は、さらにその先にあるのだから。今日のこれは、その先を目指すためという意味もあった。過去の私たちなんて関係なしに、普通の男の子と女の子として仲を深めたかった。そんな思いで、私は今日ここにいる。頑張りたい、頑張ろう。




 それから私たちはバスに乗ってビル街へと向かい、そして最寄りのバス停を降りて、カラオケ屋さんへと着いていた。カウンターで受付を済ませて、私たちは指定された部屋へと入っていく。


「――煉、先に歌っていいよ」


 個室に入り、適当な場所に隣同士で座る。煉が部屋のカラオケのリモコンを手にとって眺めていたので、私はそう言ってトップバッターを譲った。やっぱり初めての人とのカラオケは、どこか恥ずかしい思いがあった。それがやはり好きな人、となれば余計に。だから最初は煉にゆずって、気持ちを作りたかった。


「俺から? ヘタだよ……?」


 でも煉も煉で、たぶん同じことを思っているみたいで、そんな理由をつけて遠慮をする。頬がちょっと赤いのが、その何よりの証拠。たぶん木下くんとかとなら平気で歌うんだろうけど、今日は相手が私という『女の子』だから、恥ずかしがっているのだろう。


「大丈夫だよ、2人だけなんだから」


 私はそう後押しして、煉にトップバッターを勧める。


「じゃ、じゃあ……」


 私の言葉で決意してくれたようで、リモコンを操作し始める。煉が選ぶ曲に、私はちょっと興味があった。煉がどんな曲が好きなのか、どういうジャンルの歌を歌うのか、それが知りたかったから。そして数秒して、曲のイントロが流れ始める。それは私も知っている曲で、決して流行りの歌……というわけではないけれど、人気のある歌手の歌う楽曲だった。煉はこういう歌が好きなんだ、と頭の中に記憶しつつ、その歌声を聞いていた。やっぱりさっきのあれは照れ隠しだったようだ。そんな聞き苦しいような歌声ではなく、むしろ上手な部類に入るぐらいだった。私はそんな煉の歌声に、手拍子をしながら聞いていた。


「――全然ヘタじゃないじゃん。むしろ上手だよ」


 そして曲が終わり、私は拍手をしながら煉にそう言った。


「や、そんなことないって」


 そんな私の褒め言葉に、どこか恥ずかしそうにして照れている煉だった。


「じゃあ、次は私歌うね」


 そんな煉を可愛らしく思いつつ、今度は私がリモコンで入れていた曲が流れ始める。煉が最初に歌ってくれたことで、流れができて私はとても歌いやすかった。だから恥ずかしさなんて捨てて、私が歌いたい曲を歌うことにした。座った位置の関係から、私がモニターで歌詞を見ると、煉は死角になって見えない。だから今、煉がどんな風に思い、私の歌を聞いているのかが分からなかった。それがちょっと気になりつつも、私は歌い続けていた。


「岡崎って歌めっちゃうまいんだな!」


 歌い終わると、煉は拍手をしながら目を輝かせ、テンション高めで私の歌を褒めてくれた。


「えっ!? そんなことないよ……」


 好きな人にそんな褒め方をされて、さっきの煉みたく照れてしまう私がいた。しかも、その反応からみるに、自分で言うのもなんだけど、よっぽど感動したみたいだし。


「歌うの好きなの?」


「うん、好きかな?」


「へーでもこういう曲歌うって意外。Witch好きなの?」


「うん、よく聞くよーもしかしてその反応、煉も聞いてるクチ?」


 もしかすると、煉との意外な共通点がみえてくるかもしれない。あきらかに今の反応はWitchを知っている人のそれだった。だから、私は心の中でちょっと期待しつつ、煉にそうやって訊いてみることにした。


「そうそう。『ファン』ってほどガチじゃないんだけどさ、ゲームの主題歌で知って、それから」


 どうやら私の読みどおりで、煉もWitchを知ってくれているようだ。なんだろう、煉と一緒のアーティストが好きというのも嬉しいんだけれど、やっぱり私の好きなアーティストを好きになってくれる人がいると、ものすごくありがたい気持ちになる。


「あぁーあの曲ねー! アレいい曲だよねー」


「うん……ね、ねえ、じゃあさ、リ、リクエストとか、アリ?」


 そんなWitchの話で盛り上がっているところに、煉はモジモジとしながら私にそんなお願いをしてくる。


「リクエスト!? 私で大丈夫?」


 その煉のお願いに、私は不安で仕方がなかった。そんな人にリクエストされるほどの実力じゃないと思うし、煉の期待に答えられるかものすごく不安だった。


「むしろ、岡崎の歌が聞きたい」


 そんな決心のつかない私に、そんなカッコいい顔でそんなセリフを言葉にする煉。


「う、うん、わかった。じゃあ、煉が言ってたやつでいい?」


 ちょっと煉に口説かれているみたいで、ドキッとしてしまう私がいた。なので煉と目が合わせられず、私はリモコンばかりを直視していた。そしてさっき煉が言っていた、ゲームの主題歌を選んで送信する。


「うん、お願いします」


 そんなプレッシャーに押されつつ、私は曲が始まるのを待っていた。そしてイントロが始まり、Aメロへと移っていく。相変わらず、席の関係で煉が今どうしているかは見えないので、リクエストされたこともあってか、余計に不安だった。煉の満足するような歌声になっていると、いいのだけれど。そう私はただただ願いつつ、曲を歌い上げていく。そしてその中で、私は今まで生きてきた中でこれほど長い4分間があっただろうか、と考える。やはり煉のことが気になっているからか、時間がなかなか思うようには進まない。でも煉の反応がちょっぴり怖くて、このまま終わらなければいいのに、なんて考えてしまう私もいた。だけれど、時は確かに流れていて、曲は次第に終わりへと着実に向かっていた。


「――いやぁー……いいなぁー……」


 そしてようやく最後の大サビを歌いきり、なんとか歌い終わった。すると、煉は拍手をしながら、そんな感じてしみじみとそう呟いていた。そんな煉の反応が、逆に恥ずかしくて煉に軽く会釈えしゃくをしたまま、うつむいていた。


「ありがと……」


「マジ、最高! いやー冗談抜きで録音したいぐらい最高だったよ。ぶっちゃけ原曲より好きかも」


 煉はかなり興奮した様子で、私のことを褒めに褒めまくる。こんな煉、初めて見た。しかもそれが、私の歌でなんて。


「あぁーもうあんま褒めないで! 恥ずかしいぃ……つ、次! じゃあ、今度は私からリクエスト!」


 私はもう色々と恥ずかしくて、沸騰しそうなぐらい体が熱かった。なので、今度はこっちの番と言わんばかりに、そう宣言をする。


「うぇ……!? マジか、まあいいけどさ――」


 それから私と煉は互いに歌ってもらいたい曲を自分が決める、というリクエスト合戦が続いていた。そこで知れたことは、私と煉は音楽の趣味がどうやら合うようだ、ということ。なんか、離れていても私たちは音楽で繋がっていた……っていうわけじゃないけれど、やっぱり嬉しかった。そしてその趣味が近いということもあって、カラオケの方はかなり盛り上がったそれとなった。最高に楽しい時間で、時間が経つのも忘れて2人ともカラオケに夢中になっていた。


「――そろそろ、時間だね」


 そして名残惜しいけれど、時間が来てしまった。


「そうだな。じゃあ、そろそろ出るか」


 私たちはリモコンを片付けて、マイクを持って部屋を後にする。なんだかんだで、いっぱい曲を歌っていた。本当にその時間はとても楽しく、また機会があったら来たいな、なんて思っていた。


「ね、煉くん、これからどうする?」


 お金を支払い、カラオケ屋さんを後にしたところで煉にそんなことを訊いてみる。


「んー……ちょっと早いけど昼飯にでもする?」


「あっ、じゃあさ、私行ってみたいところあるから、そこでもいい?」


 この間、雑誌で取り上げられていたお店が気になっていた。せっかくの機会だし、そこへ行ってみようと思った。


「おう、いいよ。じゃ、案内して」


 それに煉は快く受け入れてくたので、さっそく私たちはその目的のお店へと歩いていくのであった。

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