27話「取り戻す、ふたりの時間」

 しばらくの小休憩が終わり、再び勉強会へと戻っていく。そして最初に決めていたノルマを、それから数十分ぐらい経って終わりとなったので、今日の勉強会はここまでとなった。なので私たちは再び雑談でもしながら、時間をつぶしていた。


「あっ、忘れた。しおりちゃんに渡そうと思ってたものがあったんだ」


 その折、しずかちゃんが思い出したようにそう言い、自分のカバンをあさり始める。


「え、なに?」


 そしてチケットらしきものを2枚取り出して、私たちに見せてきた。その見せてくる2人があからさまにニヤニヤしているのがわかった。


「これ、映画のチケット。テスト休みにでも行ってきなよ!」


「え? これどうしたの?」


「雑誌の懸賞で当たったんだけど、2枚だけだったから栞ちゃんにあげようってことになったの」


 私の質問に、七海ななみちゃんがそう補足を入れる。


「え? どうして?」


 でも、その話だけではよく2人の意図がわからなかった。


「ふふふ、誰かさんといってくればぁー?」


 そんな私に、ものすごく悪そうな笑みを浮かべながら、そんなわざとらしいことを言ってくる。しかも話している間、チラチラとその人のことを見ながら、そんな提案をしてくる。それで私はその思惑をだいたい察してしまった。


「そそ、それって、だだ、誰のことかなー?」


 私はしらを切ってごまかそうとしたけれど、本人がすぐ横にいることもあってか、ちょっと言葉にその動揺が出てしまっていた。


「ふふ、自分の心に問いかけてみれば?」


「さ、私たちはお邪魔みたいだから、帰ろっか」


「ふふ、そうだね。じゃ、がんばってね!」


 2人ともそんな変な空気を読んで、荷物を持って帰っていってしまう。


「ちょっ、ちょっと……」


 そしてついには私とれんだけの、2人きりになってしまう。この状況を避けるためにあの2人を呼んだのに、その2人にそうされてしまうとは。私はさっきの動揺も冷めやらぬままなので、恥ずかしくなってしまい煉の方を見れないでいた。そして煉も煉で、気まずいのか黙り込んでしまう。なので部屋に2人で黙って座っているという、なんともシュールな光景ができてしまった。


「……これから、どうする?」


 そんな沈黙の中、最初に言葉を発したのは煉だった。でもどこか気まずそうな感じが、声色から伝わってくる。


「え? えーと……あの、さ……一緒に……行かない?」


 煉との2人きりの空間、それだけでもうドキドキなのに、会話となると、すごく緊張してきてしまう。状況が状況なだけに、しどろもどろになりつつも、私は煉にそんな提案をする。そして煉と同じように煉の顔が見れずに、チケットだけを煉の方へと差し出す私。


「いいけど……逆に俺でいいの?」


「うん……煉くんがよければ……」


「そっか。じゃあ、いつ行く?」


 私がそう言うと、煉はその差し出したチケットを取って、デートの中身を固めていく。


「えっ、えとー……テスト休みの月曜日で、どう?」


「了解。待ち合わせ場所と、時間は?」


「え、えーと、いつもの並木道に、9時でどうかな?」


「わかった」


 そんなもどかしい感じで映画へ行く予定を決める段取りをしていた。そしてそれが終わってしまうと、いよいよ2人とも黙り込んでしまった。その中で、私はふとさっきのことを思い出していた。お母さんの失言に対する、煉の対応。2人きりになれた今、訊いてみようと思う。


「あの、さ……なんで知ってたの? 私と煉くんのこと」


「えーと、どこから話そうかなー……前に石川いしかわから写真を見せてもらったでしょ? 石のやつ。アレの謎を解いていったら、最終的に俺の産みの親父が明日美あすみなぎさ、ひいては岡崎おかざきのお父さんとも仲が良かったってことがわかって、そこから工藤くどう家に行って、メイドさんから事情を訊いたんだ」


 煉はこれまでの出来事を1からちゃんと詳しく説明してくれる。やっぱりあの石版の暗号は、私たちに……というよりかはDestinoに繋がっていたようだ。そして調べていくうちに、自分たちの過去に繋がったと。


「それで、わかったんだ……」


 でも未だ記憶を取り戻せたんじゃないとわかって、ちょっと悲しくなってしまう私がいた。まあ、普通に考えてそう安々と取り戻せるものでもないのはわかっていた。だけれど、やっぱりちょっとは希望的観測を抱いていた。だってあんな風に対応されてしまえば、誰だってそんな希望を抱くはず。


「一応確認取るけど、岡崎は小さい頃ここに住んでいて、俺と岡崎は幼馴染だったんだよな?」


「うん、そうだよ。じゃあ、そのペンダントのこともわかったんでしょ?」


「ああ、この機能も一応知ってるつもりだよ」


「ふーん、じゃあ、さ……煉くん」


  煉のだいたいの状況はわかった。後はもう記憶を取り戻すだけ。だから私は最大のヒントを出すことにした。でもいざ、それを言おうとすると、声が震えてしまう。


「――私とした約束覚えている?」


 だってそれはもう好きな人に、告白しているようなものなのだから。この意味がわかった時、煉がどういう反応をするのか、どう自分の中で受け止めるのか不安だった。


「え……」


 そして『今の煉』はやっぱり困惑している。この表情からみても、絶対にわかっていない。でも、今はそれでいい。だってこれは最大の『ヒント』なんだから。記憶を取り戻してから、そのことを思い出してくれれば、それでいいから。


「しっ、知ってる……よ?」


 煉は私のプレッシャーに押されてか、そんな見え透いた嘘をつく。


「もう、嘘でしょ、煉くん。私の前では嘘は通用しないよ、幼馴染だもん」


 私は得意そうにその言葉を使う。ようやく使うことを許されたその言葉。

あの時の私たちが、ちゃんと確かにいたということの証。そう思うと、嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。


「や、すまん! 悲しませたくなくて……つい」


 煉はそんな私に、手を合わせ、頭を下げて謝罪をする。


「え?」


 思ってもみなかったそんな意外な言葉に、呆気にとられる私。


「無自覚とはいえ、今まで辛い思いさせてたのがなんか申し訳なくてさ。最初に記憶がないってわかってた時、辛かったでしょ?」


「うん、まあね……でも、私ある程度は覚悟出来てたんだ。私もDestinoの機能は教えてもらったから、煉に『記憶がない』ってことはわかってたの。でも、やっぱり……覚悟していても辛かった」


 あの時のことを思い出して、ちょっと感極まりそうな私がいた。今思い出しても、アレは辛かった。苦しかった。心がガラスの破片のように、粉々に砕け散っていたから。


「ごめん、岡崎」


 それに申し訳なさそうに謝ってくれる煉。煉は悪くないのに、そうやって謝ってくれる優しさ。私は改めて、この人を好きになってよかったと思う。


「謝らないでいいよ。こうしてまた1からやり直して、もう一度仲良くなれたんだから」


 私が諦めなかったから、お母さんの言葉があったから、静ちゃんたちの応援があったから、ここまでこれた。今となってはもうこうして、家に呼ぶくらいの関係だ。だから過去のことは、どうでもいいわけじゃないけれど、それは所詮は過去のこと。過ぎ去ってしまったこと。大事なのは現在いまの方なのだから。


「そっか。なあ、話は逸れたけど、約束って?」


 そんな感じでちょっといい雰囲気になっていると、思い出したかのように煉があのことをぶり返してくる。


「えっ!? えと、そ、それはーナイショ! じ、自分で思い出して……」


 とっさのことに、頭が追いつかず、あたふたしてそんな返答をする。とてもじゃないけれど、私の口から直接言うなんてことはできない。恥ずかしすぎて死んじゃいそうだ。


「てか、さ。訊きたいんだけど、その失った記憶って思い出せんの?」


 そんな私をよそに、煉は根本的なことを訊いてくる。


「Destinoは使用する前の記憶を消すんじゃなくて、私のペンダントに閉じ込めておくだけ。つまり、『封印している』って言うとわかりやすいかな。だからそれが漏れ出したりするの、煉くんが私の誕生日を覚えていたみたいに。だから、それを思い出すこと自体は可能だよ」


 いつか、お父さんが言ってくれたことをそのまま煉に話す。


「へぇーねえ、その説明って誰から訊いたの?」


「煉くんだよ。まあ、年齢が年齢なだけに、理解はできてなかったけど。で、後からお父さんから改めて説明してもらったの」


「ふーん、じゃあ、ウチの父さん……てか明日美の父さんとかも知ってるのかな?」


「うん、たぶんそうだろうね」


「そっかー、で、どうやったら思い出せるの?」


「うーん……お父さんの話だと、その記憶は奥底の牢屋みたいなとこに閉じ込められてるらしいからねー」


「じゃあ、それを開けるカギがいるってこと?」


「そういうことだろうね」


「そっかーカギねぇー……」


 それに難しい顔をして、考えている様子の煉。『扉を開けるカギ』なんて言われたって、そう簡単に出てくるものじゃないだろう。実際、これだけ煉は過去のことを知っても、未だに記憶が取り戻せないのだから。もっと強い、強烈な刺激が必要なのかもしれない。


「ま、ゆっくりいこうよ。私はいつまでも待ってるから」


 まだまだ時間はたっぷりある。それに、私の中でもう最初の時とは煉の記憶に対する思いは変わってきているように思う。最初は私のことを思い出して、関係を取り戻したい。その一心だったけれど、今は『煉に自分の過去と向き合ってもらいたい』、それの方が強い。このまま『両親の死』という運命から逃げたままはよくないと思う。だからそのためにも、ゆっくりでもいいから思い出してもらいたい。


「ありがとな」


「いいよ。10年以上も待ってたんだから、これぐらい……」


 なんとなく、しんみりとした空気が2人の間に流れ始めていた。


「……ねえ、煉くん」


 せっかく煉が私との過去を、少しとはいえ取り戻せたのだから、あることをしたかった。だから、私は恐る恐る煉の名前を呼ぶ。


「なんだ?」


「ふ、ふふ、2人でいる時は、その……あの……れ、れ――」


 でもうまく言葉にできず、しどろもどろになってしまう。緊張と恥ずかしさが、私の喋るのを邪魔してくる。


「『煉』って呼んでいいよ」


 そんな中、私の思いを汲んで、煉から私の言いたいことを言ってくれる。その優しそうな声。また惚れ直しちゃいそうなくらいに、カッコよかった。


「ッ!? う、うん……ありがと……」


 それに私は恥ずかしさで、思わず俯いてしまう。


「感謝されることでもないと思うけど……で?」


「え?」


「呼ばないの?」


 さっきまでの天使な優しさはどこへやら、悪魔が降臨した。昔はこんな子じゃなかったのにな。むしろ悪者から守ってくれるヒーローだったのに。


「うー……肝試しの時も思ったけど、こんなに意地悪な子じゃなかったのにな……煉のばか」


 そんな思いを口にしながら、勢いに任せて一番呼びたかったその名前を呼ぶ。


「…………」


 それに対して黙り込んでしまう煉。そうなると、自動的に黙って見つめ合う形になる。


「ちょっ、黙らないでよー!」


 だから、恥ずかしくなって煉にそんなことを言ってみる。


「いや、なんかいいなぁーって思って……」


「うぅー恥ずかしい……」


 もう恥ずかしさの限界を迎えて、両手で顔を覆って隠すほどだった。


「……ねえ、じゃあ、さ。俺も……そう呼んだほうが、いい?」


「あっ……えと、別にそれが嫌ってわけじゃないんだけど……それは『記憶を取り戻して』から呼んでほしい……かな? 記憶が戻った合図、みたいにしておきたいし」


 今の煉に呼んでほしくないってわけじゃない。ただその言葉で、明確に確実に分かりたい、というわけ。じゃないと、さっきみたいにまた勘違いしてしまうだろうから。


「ああーなるほどねー直接的にじゃなくて、2人だけの合言葉でわかりたいってことね」


 その思いを察してくれたようで、私の言葉にそう補足をする煉。


「う、うん。お願い」


「分かったよ、その時まで待っててくれ」


『うん、待ってるよ、煉』


 なんて心の中で呟きつつ、なんか2人の間に気恥ずかしい空気が流れていた。沈黙の時間が続く。


「――んじゃ、お、俺、そろそろ帰るわ」


 そんな中、沈黙を破るかのように煉がそう告げて、荷物をまとめ始める。それに私も見送るために、席を立つ。そしてそのまま部屋を出て、玄関へと向かっていった。


「じゃあ、またね」

「またいらしてね」


 お母さんと2人で玄関先で、煉が帰るのを見送る。


「はい、ぜひ。ではおじゃましましたー」


 煉はそれに軽く会釈をして、そのまま自宅へと帰っていった。


「あぁー恥ずかしいぃいいい――――!!」


 私は部屋に戻ると、すぐさまベッドに突っ伏し、枕に顔をうずめて悶えてしまう。ついに、ついにここまで来てしまった。煉とデートの約束もしちゃったし、そしてなにより昔の呼び方で呼べるようになった。ここに来て、急に関係が深まってきちゃった。もうそれを考えると、嬉し恥ずかしく、しばらくの間、乙女のようにバダ足しながら喜び勇んでいた。

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