26話「緊張する勉強会」

 1月16日(日)


 れんが私の家に来るのは初めてじゃないけれど、再会してからは初だ。だから緊張と不安で胸がどうにかなりそうだった。部屋に変なものがないか、ちゃんとキレイになっているか何度も確認したり、どこかへ出かけるわけでもないのに、鏡とにらめっこして髪がはねたりしてないか厳重に確認をしていた。そしてしばらくそんなことをしていると、インターホンの音が私の部屋からでも聞こえてくるのがわかった。それで、一気に緊張してきてしまう私がいた。私はとりあえず自分を落ち着かせるため、大きく深呼吸をする。そして頬を両手で軽く何度か叩き、気合いを入れる。


「――みんな、いらっしゃーい」


 それから数十秒ぐらいして、私の部屋のドアをノックする音が聞こえてくる。そして扉が開き、みんなのお出ましだ。


「よ、岡崎おかざき

「おじゃまするね、しおりちゃん」

「きたよー、栞ちゃん」


 それぞれがそんな感じで挨拶を交わし、私たちはテーブルに着いていよいよ勉強会がスタートする。空気を読んでいるのか、はたまた偶然なのか、煉が私の隣に座ることになった。そのせいで、余計な緊張感が生まれてしまう。


「じゃあ、早速やろっか!」


 それを悟られないようにポーカーフェイスを装いつつ、私がそう合図をする。


「おう、そうだな」


 勉強会とはいえ、そこまで真面目で堅いものではなく、ちょっとした雑談を交えながらのそれとなった。たぶんこれ、藤宮ふじみやさんがこの光景を見たら、『私語しない』なんて怒りそうなぐらい、くだけた勉強会だった。そしてわからないところはもちろん、頼れる存在の煉に訊く、という空気みたいなものが流れていて、しずかちゃんも七海ななみちゃんもそしてもちろん私も煉にわからないところを訊いていた。そんな感じで勉強会は進んでいき、テストへと向けた勉強をみな行っていた。


「――入るわよー」


 それからしばらくの時間が過ぎ、ドアをノックしてお母さんが入ってくる。飲み物やお菓子を持ってきてくれたみたいだ。なので、私たちも一旦勉強はお休みして、休憩にすることにした。


「どう、栞。はかどってる?」


「うん、煉くんがわかりやすく教えてくれてるから」


 前に、煉は『教えるのは苦手』と言っていたけれど、そんなことはなかった。むしろわかりやすく、煉が先生だったらいいのに、と思ったぐらいだった。


「や、わかりにくいと思うけどな……」


「またまた、ご謙遜けんそんをー」


 照れ隠ししている煉に、私はそんなことを言ってみる。褒められて、恥ずかしがってるみたいだ。前々から思っていたけど、こうやって褒められて照れてる煉はやっぱり可愛い。いつものカッコいい感じはそこにはなく、愛くるしいそのギャップがまたいい。


「ふふ、楽しそうで何よりね。それにしても、煉くん。大きくなったわねぇー」


 なんて煉に心の中でときめいている折、楽しい会話から一転、うっかりとお母さんがそんな失言をしてしまう。そのせいで、空気が一瞬止まったのがわかった。静ちゃんたちはその意味がよくわからないで、ポカンとしている。


「ちょっと、お母さん……」


 たぶんこの感じからして、お母さんはまだ気づいてないみたいだ。だから私はお母さんの腕を軽く叩いて、その事に気づかせてあげる。それでお母さんはようやく気づいたみたいで、口を開けて気まずそうな感じを出していた。もうそれで怖くて煉の方を見ることができなかった。もし仮にまだ私のことに気づいていないのなら、今の煉は絶対に混乱してしまうから。それが余計な足かせとなって、煉に悪い影響を与えたりするかもしれないし。だからどんな答えが来るのか、恐る恐る待っていると――


「ハハハ、無理もないですよ。あの頃は相当小さかったですから」


 なんと煉は空気を読んで、話を合わせてくれる。でも、それは確実に『よく状況はわからないけど、とりあえず話を合わせた』というよりは、『その状況を知っていて、合わせた』という感じが表情や言葉遣いから、それがわかった。これってもしかして――


「え? どういうこと?」


 七海ちゃんはその事態が未だに飲み込めていないようで、煉とお母さんを交互に見つめながらそう訊いてくる。


「ああ、俺と岡崎は小さい頃、知り合いだったの」


 そして思いもよらないそんな言葉が、煉からやってくる。そうなると、さっきまでの疑念がいよいよ確信へと変わっていく。


「へぇーでもなんか、最初の時、知らないような素振そぶり見せてなかったけ?」


 さらに静ちゃんが煉を攻めるように、一番最初の時のことを口にする。


「やーさ、ちょっと思い出すのに時間かかってさー」


 それに対して一瞬、不意を突かれたような顔をするも、すぐさま明るい感じになってそんなおとぼけたことを言う煉。


「ふふ、そうなんだーでもひどいねぇー友達のこと忘れるなんて」


「はは、悪かったとは思ってるよ」


 私はそんな光景に、思わずお母さんと目を見合わせていた。そして言葉にせずとも、目で会話をしていた。2人が今、共通して思っていること。


『煉が記憶を取り戻した?』


 ということ。ホントにさっきまでの素振りはどう考えても、記憶を取り戻している人のそれだった。今日までの間に、何か進展を見せて、記憶を取り戻したということなのだろうか。でもそうだと結論付けるのはまだ早い気がする。というか私自身、あまりにも突然の事態でそれが信じ込めそうにはなかった。だからこれから2人きりになれる状況があるならば、それを確認してみる必要がありそうだ。兎にも角にも、お母さんの失言は煉のナイスアシストでフォローでき、この場は切り抜けられた。その後に私がすぐさま話題を変えたこともあって、静ちゃんたちにこれ以上の言及を避けることができた。私はそれにホッと胸を撫で下ろしつつ、それからお母さんが持ってきてくれたお菓子で私たちは小休憩となった。

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