25話「思わぬヒント」

 1月11日(火)


 この時期にしては珍しく晴れた朝。私はいつものように学園へ登校し、

しずかちゃんたちと朝会までいつものように雑談でもしながら過ごしていた。


「――昨日の暗号、結局どうだったの?」


 そしてその途中、私はふと気になっていてた、昨日の件について静ちゃんに訊くことにした。暗号はれんの活躍によって全て解読され、翻訳されたけれど、その後どうなったかまではまだ聞いていなかったから。『Kudo』という単語が出てきたこともあって、ちょっとその先の行方が気にかかっていた。


「ああ、解けたけど、結局意味は分からずじまい……」


 静ちゃんはどこか残念そうな顔をして、そう悲しい結果を告げる。たしかに、解読できたからといって、その内容の意味までわかるというわけじゃない。その関係者にしかわからない言い回しとかを使っていることだってあるんだから。


「あ、そうなんだぁー……わかるといいね」


「うん、でさ。栞ちゃん、『Destino』で思いつくもの知らない?」


 そんな会話の最中、静ちゃんからとんでもなく聞き覚えのある言葉が飛んでくる。


「Destino!?」


 私は目を見開いて、少し前のめりになって静ちゃんの言葉を復唱していた。結局のところ、アレは私たちとは無関係ではなかったようだ。じゃあ『工藤くどう』という名字もおそらくは……そういうこと?


「えっ、なにか知ってるの!?」


 そんな反応に期待の眼差しを向けて、目を子供みたいにキラキラさせている静ちゃん。


「あっ、いや、えと……そのタイトルの映画を昨日見たばっかだったから……」


 私はすぐさま冷静さを取り戻し、そんな適当な嘘を友達につく。これは残念ながら、私と煉だけの秘密。だからそれが友達であっても、教えてあげることはできない。


「なーんだ、そうだったんだぁー……」


 そんな期待はずれな答えに、ガックリとしてうなだれる静ちゃん。ちょっと可哀想なことをしたかな、と罪悪感に苛まれつつ、そうなると『彼』のことが気になってくる。


「ね、ねえ、煉くんはどうしてるの?」


 たぶんきっと、煉は好奇心が強いから、その解読文も気になっているはず。だから、もしかすると……もしかするかもしれない。


「なんかね、1人で解読に当たってるみたい」


「へ、へぇー」


 そんな風に表では平静を装っているけれど、内心では正直喜び勇んでいた。そのまま調べていけば、もしかすると最終的に私のことへと辿り着くかもしれない。だってあの『工藤』という単語がもし煉のそれだったら、調べていけばきっと煉の過去に行き着く。そうすれば、自動的に私のことにも辿り着いてくれるかもしれない。それがうまくいけば、ゆくゆくは――


「あれ、栞ちゃん、なんか嬉しそう?」


 煉が記憶を取り戻せるかもしれない。そんな事実があまりにも嬉しくて、それがどうやら表情にも出てしまっていたようだ。七海ななみちゃんにそれが悟られてしまい、そんなことを訊かれてしまう。でもこれはもうしょうがないかな、と思う。だって嬉しくないはずがないもん。ようやく、ようやく煉は私たちの過去に、足を踏み入れ始めているのだから。待ちに待ち焦がれた、その時が、いよいよ来てしまったのだから。いくら『過去は関係ない』なんて割り切っても、私のことを思い出してもらえるのはやっぱり嬉しい。


「あっ、ううん。なんでもない」


 でもあくまでもそれがバレてしまわないように、私は努めていた。それにこれはまだ私の考えた可能性のお話。その事実に嬉しくなりすぎて、焦っちゃいけない。必ずしも、煉が記憶を取り戻せるとは限らないのだから。でも、確実に一歩は踏み出せた。これは大きな一歩。これは煉のことだから、完全に煉任せになってしまうけれど、煉には頑張ってほしい。自分の過去と向き合うためにも、そして私のためにも。

なんて図々しいお願いをしつつ、ちょうどチャイムが鳴ったので私は自分の席へと戻っていくのであった。



 放課後。お昼休みもどこかへ出かけていた煉。それに私は、煉は自分の過去や、ひいては私のことを調べ始めているんじゃないかと考えた。例えば、図書室なんかでこの島のことや、『工藤』という人物のことを調べているとか。そんな風に思った私は、煉と一緒に下校してそのあたりの話を聞き出そうと思った。状況確認は大事。煉がどこまでそれを知ったのか、そしてこれから何を知ろうとしているのか。それがわかれば、今抱えている『煉が記憶を取り返せない』という不安要素がなくなってくるから。


「ねえ、煉くん。一緒に帰らない?」


 そんな思いで私はいよいよ決意し、ホームルームが終わってすぐに煉をさっそく誘ってみる。善は急げだ。それに煉は人気者だから、早めに予約しておかないとすぐ埋まっちゃうし。


「おう、いいよ」


 それに煉は何ということもなく、快く受けれてくれた。なんかこうしてみると、あの転校してきたばかりの頃に比べると、私たちの関係はかなり進んでいるように思う。こうやって普通に登下校するのだって、その関係性があるからこそなんだし。そんな2人の関係に、私は少し嬉しく思いつつ、煉と共に生徒玄関へと向かった。


「――そういやさ、ずーっと気になってて言えなかったことがあるんだけどさ、いい?」


 そして学園を後にし、私がいつ例の話を切り出そうか考えている下校途中のこと。ふとしたタイミングで、煉はそんな話を始める。


「うん、何?」


「ミスコンの時にさ、ウェディングドレス着てたじゃん? 首になんかペンダントみたいなの着けてたよね? それ、今もたぶん着けてると思うんだけど、見せてもらっていい?」


 その言葉に、少し驚いている私がいた。そもそもあのミスコンの時に、私がDestinoを着けていたということを、覚えていたのが驚きだ。そんなところまで煉は見てたんだ。たしかに、私だけペンダントをしてたし、あの写真撮影で煉は私の隣にいたから、いくらでも見る機会はあったけれど。でも、その事を今日の今日まで覚えていた、というのは驚きだった。


「い、いいよ」


 そしてこれは煉に、思わぬヒントをあげる機会となった。ただ、これはその機能を知らない人がむやみやたらと触っていいもではないと思うので、少し迷いがあった。何かあっては大変だし、私もまだまだこのDestinoには勉強不足だからちょっと不安もあった。でも、これで煉の記憶を取り戻すのに、また一歩近づくことが出来るなら……とそのお願いを了承する。なので私は制服の首元からペンダントを取り出して、それを外して煉に見せてあげる。


「やっぱり……岡崎も俺と同じのなんだ……ねえ、それってどこでもらったの?」


 煉はそれを手にとって色々と見ている。自分の立てていた予想が当たっていたのか、1人で納得した様子でいた。そして次の瞬間、怪訝けげんそうにしながらそんな疑問を投げかけてくる。


「え、えとー……」


 その質問はとても答えづらいそれだった。だって、それは煉からもらったもの。それはあまりにも直接的なことすぎて、言えるはずがない。だとすると、その質問に残念ながら答えてあげることはできない。でも、答えなかったら答えなかったで、変に怪しまれるかもしれない。その言いしぶる私を見ている煉の表情も、不安そうにしていてそれが余計にありえてきそうで心配だった。だから私は必死でこの打開策を打ち出すため、頭で考える。


「俺、これに関する記憶がないんだ。いつ手に入れたとか、どうして持ってるとか。

だから何か情報があれば教えてほしいんだけど」


 そんな中、やはりDestinoに関することが知りたいのか、煉はそう言って後押しする。そう言われると、余計に焦ってきてしまい、頭が混乱してきてしまう。まともな思考ができなくなっていた。


「えと……ごめん……それは秘密」


 だから私はほとほと考えることを諦めて、人差し指で煉の口に押し当て、そう告げる。煉の目を見ることはできず、俯いたまま。自分でもとっさの行為に、何をしているんだろうと思っていた。普段はこんなことしないのに、しかも煉と私はそんなことをするような間柄ではまだないのに。だからちょっと煉がどんな反応を見せるのか、不安になってくる私がいた。


「そ、そっか、秘密かー……」


 怯えるように、煉の言葉を待っていると、煉が残念そうにそう言ってくる。でもその声色で、私のその行為に驚いていることがわかった。だけれど、嫌そうという感じではないので安心する私もいた。そしてその私の曖昧な返答で、納得はしてくれたようで、それ以上の言及はなかった。


「あれ、でもこの形……あっ!」


 私がホっと安堵している最中、今度はその形で『アレ』を思い出したのか、自分のDestinoを取り出す。それでだいたいの煉のやりたいことが想像できてしまう私がいた。だから、背中に嫌な汗をかき始める。


「これってもしかして俺のペンダントにハマるんじゃねーの? ずっと気になってたんだよねー、この底にあるくぼみ」


 そしてその予想の通り、煉はそんなとんでもないことを口にする。そして好奇心の強い煉は、私に何の許可も取らずにその2つをハメようとする。私はもはや生きた心地がしなかった。


「あっ、ダメッ!」


 なので私はすかさずそれを阻止し、自分のDestinoを奪い返す。ちょっと強引だったけれど、その行為はとても危険なことだから仕方がなかった。もちろん、まだもう1つのDestinoとくっつけなければ大丈夫だと思うけれど、何かあってからでは遅いから。煉を失うなんてことは、考えたくもなかったから。


「あっ、あ、ごめん」


 それに驚いた様子を見せながら、私にそう言って謝る煉。


「ううん、でもこれは私にとって大切なものなの。ごめんね……」


 このせいで、なんとなく2人の間には気まずい空気が流れていた。それはまるで、あの頃の煉におびえて喋れなかった頃の2人のよう。それから私たちはそれぞれのDestinoを再び首に下げ、家へと歩き始める。そんな中、ふと横目で煉を見てみると、やはり考え事をしているみたい。今日のそれは実に予想外の出来事だったけれど、煉に効果はあったようだ。確実に、今煉は私のことを考えていることだろう。結局、煉の進捗しんちょくは聞くことはできなかったけれど、いいところまで言っていると信じたい。そう思いながら、気まずい空気が抜けないまま、いつもの分かれ道へと辿り着き、解散となってしまった。でもこのぐらいのことで、私たちの関係は壊れないと思う。だって私はもうあの頃とは違う。煉の『友達』なんだから。

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