24話「事の始まり」

 1月10日(月)


 2週間程度の冬休みが終わり、今日からまた学園生活が始まる。それはつまり、実に10日ぶりにれんと会えるということだ。ちょっとそれが楽しみな気分になりつつ、朝の準備を済ませ、私は学園へと家を出た。そしていつものように並木道へと差し掛かると、後ろから誰かが私の肩を叩いてくるのがわかった。


「よっ! 岡崎おかざき、珍しいな。ここで会うなんて」


 その馴染み深い声にもしやと思い振り向くと、なんとその主は私の期待通り、煉であった。煉と朝の通学路で会えて、しかも煉から話しかけてきてれくれた。冬休み明け初日から、ラッキーなんて思いつつ、


「あ、おはよう煉くん。そうだね、煉くんは登校する時間バラバラだもんねー」


 私は煉にそんな返答をする。それで最初の頃はとても困らされたのを思い出す。

一緒に登校しようとして、そのランダムさに惑わされていた。だから、今日のこれはホントにラッキーで、とても嬉しかった。


「まあ、そうだな」


「ね、せっかくだし、一緒に行かない?」


 この会話の流れで、すんなりとそんな一緒に登校する提案ができた。煉から声をかけてくれたことで、煉にそれが自然な流れで言えた。これで立場が逆だったら、たぶんどうしようかちょっと迷っただろうし。


「いいよ、1人だとつまんねーしな」


「じゃあ、いこっか」


 その合図と共に、私たちは肩を並べて一緒に通学路を歩き始める。何気にこれが初めての煉との登校だ。またしても煉との新しい思い出ができた。そんな事実に、また嬉しさを感じつつ、私たちは並木道を歩いていく。


「――学園に行くのって、久しぶりだよねー」


 そしてその道中、そんな他愛もない話を投げかけてみる。


「あーそういや、肝試し以来だっけ」


「そ、そうだね……」


 その流れでそのまま普通の雑談が続くかと思えば、煉の言葉によってそれが止まってしまう。 その言葉で、私の脳裏に嫌なものがよぎっていく。もちろん楽しかったり、嬉しかったこともあったけれど、それよりも恐怖の思い出が優先して呼び起こされてしまう。それでさっきまでのテンションが、見る見るうちに下がっていってしまった。


「あっ、ああ、ええと、みんなに会うのも久しぶりだよな」


 そんな私を見て、気遣うようにすぐに話題を変えてくれる優しい煉。


「うん、そうだね。冬休み中、みんなと会ってないから楽しみだなー」


 その優しさを身にしみて感じつつ、そんな会話を続ける。やっぱり冬休みは年末年始を挟むから、忙しくてみんなと会うということがなかなか叶わない。それに寒いこともあるし、お話するだけなら今の時代、直接会わなくたって映像有りで出来てしまうし。だからより一層、わざわざ直接会うなんてことはなかったのだ。


「そだねー」


「あっ、そういえば、明日美あすみ先輩あれから大丈夫だった?」


 そんな会話の中、冬休みのことを自分なりに振り返っていると、ふと明日美先輩のことを思い起こされた。だからその容体ようだいが気になって、煉に訊いてみることにした。


「え?」


「だって私、大晦日以来会ってないから。大丈夫だったのかなーって」


 たぶん別状はないだろうけれど、あの時の明日美先輩はいつもの感じと違ってぐでんぐでんになっていたから心配だった。だからその後どうなったかだけでも知りたかったのだ。


「ああ、別になんともなかったよ」


「そっか、それはよかったね」


 そのあっさりとした答えからも、もう明日美先輩は大丈夫なのだろう。もっとも、もうあれからしばらく経っているし、そこまで心配になることはなかったのだろうけれど。


「まあ、あれにアルコールは入ってなかったし、大丈夫でしょ」


「そうだね」


「そういやさ、それで思い出したんだけど、勉強会の話ってどうなった?」


 そんな会話の中で、煉は正月の時の話を持ちかけてくる。私も今日のうちに言おうと思っていたけど、まさか煉からその話が出るとは思わなかった。明日美先輩のことを話してよかったかもしれない。そのおかげで煉に、それを思い出させるきっかけとなった。なんか、今日はツイているのかもしれない。


「ああ、それなら16日が大丈夫なんだけど、どう?」


 私はその勉強会の予定を具体的に決め始める。私のあいている日を、煉も大丈夫かどうか訊いてみる。


「うん、いいよ。俺はどうせ暇だから」 


「ふふ、じゃあ決まりだね! 後、その勉強会にしずかちゃんたちも呼んでいい?」


 煉との勉強会が嬉しくなって、ついつい笑ってしまう私がいた。でもあれから冷静になって考えてみると、2人きりの状況はどうにも耐えられるかどうか不安だった。まだ場所は決まっていないけれど、日曜日だし、どこか誰かの部屋ですることは間違いないから。だからそんな狭い空間で2人きりなんて、まだ私の心の準備が整ってはいない。そんなわけで私は静ちゃんたちを呼んで、言ってしまえば『逃げる』ことにした。


「ああ、いいよ。大人数の方が協力し合えそうだしな。でも、場所はどうすんの?」


「んー……あっ、じゃ、じゃあさ……」


 さっきも言った通り、日曜日だから勉強できる場所は自ずと限られてくる。そうなると、もはやただ1つの場所以外、頭の中には浮かんではこなかった。あの人の部屋は……それこそ私が緊張でおかしくなってしまいそうだから、却下する。でも、それを直接口に出して言うのはとても恥ずかしく、1人で勝手にドキドキしていた。


「私の家、なんてどう?」


 でも言いたいことは言わなきゃ、と覚悟を決め、そう提案してみる。ちょっと上目遣いになって、煉にお願いする感じで。


「お、岡崎がよければ」


 ちょっと頬を赤らめて、でも私の提案をちゃんと受け入れてくれる煉。


「うん、決まりだね……」


 とても恥ずかしかったけれど、煉がそう言ってくれたのは純粋に嬉しかった。これで私たちは、私の部屋で勉強会することが決まったのだ。だからちゃんと掃除しておかなきゃ、と私は心の中でそう思った。だって一番好きな人が私の部屋へとやってくるんだもの、ちゃんとキレイにしておかないと。部屋汚い女の子なんて、思われたくないし。そんな煉が来ることへの準備を、頭の中で考えながら、煉と共に雑談なんてしながら学園へと向かっていった。




 冬休み明け初日だろうと、授業はある。あきらかに、だるそうにしながらそれを受けている隣の席の煉。そんな煉に、だらしがないなぁーなんて思いながらそれを観察している私がいた。そして時は流れて、気づくとお昼休みを迎えていた。いつものように私の席に集まって、いつもの3人でお昼を食べている時のこと。だけれど、静ちゃんはいつもの感じではなく、どこか考え事をしている様子で、箸も進んではいなかった。


「静ちゃん、どうしたの?」


 そんな静ちゃんが気になって、私はそんな風に直接訊いてみることにした。静ちゃんたちには色々と煉関連でお世話になったから、私が静ちゃんたちのお役に立てることがあるなら、恩返しの意味もこめて、できる限り協力したかった。


「え?」


「いや、何か考え事してるみたいだったから」


「あぁーちょっと……ね――」


 ちょっと思い悩むような顔をして、その理由を話してくれる。どうやら静ちゃんはとある暗号文が解けなくて困っているようだ。私はそういう頭を使う系のものには弱いので、さっそく力にはなれなさそうだと、落胆する。


「煉、早くしろよ、腹減ったー」


 そんな折、隣の席から木下きのしたくんの声が聞こえてくる。どうやら煉はお昼を買いに行っていて、木下くんはそれを待っていたようだ。その様子を見て、私はあることを思いつく。


「あっ、ねえねえ、だったら煉くんに訊いてみたら?」


「え、なんで?」


「だって煉くんは頭いいし、そういうのも簡単に解いちゃいそう」


 頭の回転も早そうだし、なんか煉だったらイケそうな気がする。そんな根拠のない自信が、彼に対してあった。恋のフィルターがかかっているからかもしれない。


「あぁーそうかもねぇー何か煉くんならできそうかも」


 その提案に、七海ななみちゃんは納得した様子を見せる。


「でも、これ結構難しいっぽいよ?」


 対する静ちゃんはまだどこか不安そうで、決心がついていないようだ。


「一か八か、煉くんに賭けてみようよ! それでダメだったら、またその時はその時ってことで」


 別に何も煉に絶対解いてもらなきゃ、困るというわけではない。それに煉でも解けないなら、みんなで考えてみればいいんだし。


「んー……そうだね! じゃあ、私それ取ってるくるよ」


 静ちゃんはようやく決心が着いたようで、自分の席へと行き、何かを取ってくるようだ。


「――ねぇ、煉くん、ちょっといい?」


 そして七海ちゃんは煉に話しかけ、いよいよ暗号のことを訊き始める。


「ん、どうした?」


 煉はその呼びかけに、素知らぬ振りをしてこちらへと向く。その間にも、静ちゃんが手帳のようなものを持って帰ってくる。


「あのね、これ見てほしいんだけど」


 そしてその手帳のあるページを開いて、煉にそれを見せる。それに、煉の席にみんなが寄って、その写真をみんなで見る。そこには写真が1枚入っており、そこには石版のようなものに文字が描かれているものが写っていた。それはいかにも静ちゃんたちが好きそうな、ロマンを感じるものだった。こういうのに神秘性を感じたり、探求心や好奇心がくすぐられるのだろう。


「なんだ、これ?」


「静ちゃんのお母さんって、考古学者なの。それでね、これが最近、この島で発掘されたんだって」


 その写真を不思議そうに見つめている煉に、七海ちゃんがそんな補足を入れる。


「へぇーで、これは何なの?」


 そうやって感心している煉に、私も同じようにそれに感心していた。この島で、そんなものが発掘されるなんて……そんな珍しいこともあるんだな、と心の中で思っていた。


「それがね、教えてくれなかったの。この写真を見れば分かるって言ってたんだけど、さっぱり分からなくて」


「ふーん。んじゃ、何でこれを俺に?」


「煉くん、頭いいからこの文が解けるんじゃないかなーと思って」


「まあー解けないことはないと思うけど、これの文どこかに書き写してない?」


 煉はなんと、その写真の文章を見ただけでどうやらもうその文章の暗号が何なのかわかったみたいだ。すごい、見ただけでわかっちゃうなんて。そんな煉に私は驚き、感心していた。


「私がルーズリーフに書いてあるけど……」


 そう言うと、七海ちゃんは自分の席にそのルーズリーフを取りに行く。その間、この暗号を解読するのに時間がかかるからなのだろうか、煉はさっさと自分の昼食を済ませてしまうようだ。


「――はい、これ。でも煉くんホントにできるの?」


 それからルーズリーフを取って戻ってきた七海ちゃんもその煉の言葉に、どこか半信半疑な様子でルーズリーフを渡す。たしかに静ちゃんや七海ちゃんが解けなかった文章を、ものの数秒でわかってしまうなんて信じられないのも無理はない。私もちょっと七海ちゃんたちと同じで、本当に解けるのかな、なんて煉を疑ってしまっていた。


「うーん、ま、めんどくさいし、頭使うけど……たぶん」


 でも煉はあきらかに確信を持って、その暗号文が分かっているようだった。そして煉はさっそく暗号の解読に取り掛かる。まずその文章を自分のルーズリーフに書き写し、さっきのそれを七海ちゃんへと返す。それからルーズリーフの上の方に、何か表のようなものを作っているようだった。


「ねえ、この文ってなんなの?」


 そんな最中、静ちゃんがそう訊いてくる。


「ああ、シーザー暗号だよ、知ってるだろ?」


 煉から、そんな聞き慣れない言葉を耳にする。それは一体、どういうものなのだろうか。そしてどうして煉はそれを知っているのだろうか。なんて色々な疑問が頭の中に浮かんでくる。


「私たちもそう思ってやってみたけど、ダメだったよ」


 どうやら七海ちゃんたちはその言葉、及びそのやり方も知っているようで、私はそれに少し驚いていたが、でもそれもう既に静ちゃんたちによって試されていて、解読できなかったようだ。


「え? まじで……」


 その言葉に、ちょっと残念そうな顔をしながらとりあえずその文章を解読してみる煉。すると、やはり静ちゃんの言う通りに、それはデタラメなアルファベットの並びの文章にしかならず、意味は通らなかった。


「なあ、シーザー暗号って何だ?」


 それに煉はガッカリした様子でうなだれていると、木下くんが『シーザー暗号』について訊いてくる。それを知らない私たちは完全に置いてけぼり状態だったので、それは私も気になっていた。


「ああ、それは――」


 それに対して、煉の説明が入るけれど、よく意味がわからなかった。どうやら木下くんも同じようにわかっていないような顔をしているので、理解できてないみたいだ。そんな私たちを見て、理解できてないことに気づいたのか、煉が少しショックを受けているのが表情でわかった。でもその中で、確かに1つ気になることがあった。


「でも、煉くんはなんでシーザー暗号って分かったの?」


 たぶん数秒程度ぐらいで煉はそれがシーザー暗号だってわかったはず。そのあまりにも早いスピードには、たぶんそれなりの理由があると思った。それが私には気になっていた。


「ああ、この文章が仮に英語だったなら、普通QとかZとかXとかは出にくいんだよ。で、逆にシーザー暗号だと出やすくなるの」


「ふーん、すごいね」


 そんな発言に、まるで煉が天才のように思えてきた。これが私との格の違いというやつなのだろうか。しかもその煉の解説に、静ちゃんたちも頷きながら、顔を縦に振っている。煉の言葉をちゃんと理解できているようだ。なんか、私の友達がちょっと遠い存在になったようで、ちょっぴり寂しい気持ちになってしまう私がいた。


「ねえ、ずらしの数を増やしたりとか減らしたりとかした?」


 そんな私をよそに、煉は静ちゃんたちにそんな質問をする。


「うん、でもどれもダメだったよ」


「その文章は煉くんの言う通りだから、たぶんシーザー暗号だと思うんだけど……」


 静ちゃんや七海ちゃんたちも、自分たちが考えられる全てのことを色々とやったみたいだ。でも、それでも解読には至らなかった。煉もまだそのレベルなので、本当にこの暗号が解読できるのか、不安になってくる私がいた。


「うーん…………ん?」


 完全に行き詰まったようで、腕を組んで唸りながらその文章を凝視していると、何かに気がいたような様子をみせる煉。


「どうしたの?」


 静ちゃんもその煉の様子に気づいたようで、煉にそう訊く。


「あっ、これ、逆にして読んでみて」


「ええと、『IAMAKINGOFTHISISLANDANDMYNAMEISKUDO』って、あっ!」


 そう言われ、静ちゃんはその解読された文章を逆から読んでいく。それで静ちゃんも煉と同じように答えがわかったようで、新しい紙に読み上げた文章を書いていく。

すると……?


『I am a king of this island and my name is Kudo』


 と、まさかまさかの意味のある文章が現れてきた。


「すごい、煉くん……解いちゃうなんて……」


「お前、すごいな……」


「うん、すごい……」


 私も含め、みんなその煉の閃きに感心して、煉を褒め称えていた。あれだけデタラメな文字の並びだったのに、それが意味のある文章に変わってしまうなんて、それはまるで魔法みたいに不思議な現象だった。


「や、たまたまだって。なんか、パッと閃いたんだよ」


 煉はそれに、そんな感じで照れ隠しをしながらも、残りの文章の暗号を解いてく。さらにシーザー暗号を理解している静ちゃんや七海ちゃんも協力する形となった。私は残念ながら、そのシーザー暗号が分からないので、お役に立てることはなかった。やはりその暗号文はかなりの量があるようで、お昼休みを全て使い切り、でもなんとか全文の解読に成功したようだった。私はその解読文を見ていないからなんとも言えないけど、ただ1つ引っかかることがあった。それは煉が1番最初に解読した文章。そこには『Kudo』という単語があった。これはすなわち『工藤くどう』という人名とみて間違いないだろう。


「まさかね……」


 私にとって、その名字には身に覚えがありすぎる。でもそんな偶然の一致がまさかあるわけがないと、心の中で思っていた。工藤なんて名字の人はいくらでもいるだろうし、それに静ちゃんが見せた写真からもわかるように、アレはきっとかなり歴史的価値のあるすごいものだ。だから他人の空似なんだろう。私は頭の中でそう結論を下し、午後の授業の準備を始めていた。

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