23話「お正月風景」

 2078年1月1日(土)


「――おーい、みんな飯出来たぞー! おきーろー!」


 朝の目覚めは、いつもとは違う聞き慣れない声で起きることになった。私はその大きな声に、意識が覚醒かくせいし、ベッドから起きる。そしてあくびをしながら、辺りを見渡す。


「あっ」


 そっか。それで思い出した。私はれんの家にお泊りしたんだった。だからいつもとは違う部屋で目覚めるのが、なんか違和感があった。同じ部屋で寝ていたなぎさちゃんやみおちゃんも、やはり遅くに帰ってきたからか、今もまだ眠たそうにしている。それから私たちは朝の準備をして、リビングへと向かう。そしてなんと煉の朝食をいただくこととなった。やはり昨日も思ったけれど、煉の料理の才能はすごいと思う。それこそ、私の腕前では太刀たち打ちできないぐらいだった。朝からこんな美味しい料理を食べれて、贅沢な朝食となり、とても嬉しかった。


「――なあ、テレビもつまんないし、散歩でもいかね?」


 それから私たちはリビングでこたつにくるまり、正月らしくダラダラとして過ごしていた。テレビを見たり、みかんを食べたり……しかもそれが煉の家で。こんなことしていていいんだろうか、なんて思いつつダラダラしている時、煉がそんなことを言ってくる。


「あーゴメン。私たちもう帰らないと。ちょっと用事があるから」


「ゴメンね、煉くん」


 諫山いさやま姉妹はそれに対して、申し訳なさそうにしながらもそう提案を断る。


「そっか、んじゃ岡崎おかざきは?」


「私はまだ大丈夫だよ」


 私の方は特に用事もなく、せっかくなので煉と散歩へ行くことにした。


「んじゃ、岡崎、行くか」


「う、うん」


 それから私たちは出かける準備を始める。渚ちゃんたちも同じように客間へと戻り、帰る準備をするみたいだ。


「じゃあ、また学校でね」

「じゃあね、煉くん、しおりちゃん」


「おう、じゃあな、渚、澪」

「じゃあね、渚ちゃん、澪ちゃん」


 それから家の前で諫山姉妹たちと別れて、私と煉はとりあえず目的もなく公園へ向かうことにした。やはり正月ということもあって、周りにはほとんど人がいなかった。それのおかげか、2人きりだけの空間が出来上がっていて、ちょっと嬉しかった。


「静かだね……」


 この島は自家用車がないから普段から静かだけれど、今日の静寂せいじゃくはさらにその上をいった。自然な音も少なく、まるで音を失った世界にいるみたいだった。


「そうだなーま、正月だしなー」


「ね、また話さない?」


「ああ、いいよ。んじゃ、あそこに座ろっか」


 煉が近くにあった公園のベンチを指差してそう言った。そして私たちは隣どうしでベンチに腰掛ける。


「最近、多いね。こうやって話すの」


「んま、いろいろあったからね」


 クリパにミスコンに……もちろん『アレ』も。そう考えるとここ最近、私は何かと煉と一緒になる機会が多いみたいだ。


「うん、そうだね」


「――そういや、もうテスト近いけど勉強してる?」


 2人でボーッとしていると、煉からそんな話題を持ちかけてくる。


「うん、人並には。煉くんは?」


「ははは……話を切り出した俺がこんなんいうのもなんだけど、全く……」


 軽く笑いながら、でもどこか気まずそうに正直に自分の進捗を話す煉。


「大丈夫なの? もう2週間ぐらいしかないけど……」


 煉に限ってテストが悲惨な結果になることはないと思うけれど、ちょっと心配だった。たしかこれは進級も兼ねたテストと聞いていたから、余計に。


「ま、まあ、まだあるし、大丈夫でしょ?」


 そんな気楽な感じで、呑気のんきにそんなことを言ってくる。

 

「そういえば、煉くんって勉強できるんだよね、いいなー」


 それはやはり勉強できる人だからこその、余裕というやつなのだろうか。だからそんな煉が、羨ましくなってそんなことを言ってみる。


「や、そんなことないって、全然普通だよ」


「でも、学年1位なんでしょ?」


 全ての生徒の頂点に立つ、なんてことは中々にできることじゃない。やはりそれ相応の実力を持っていなければ、辿り着かない場所だ。その座にいる煉はそれだけ、すごいという証明だ。


「ま、そうだけど、あんまり順位は気にしないからなー」


「どうして?」


「結局、自己満な気がすんだよねー」


 それに別に報酬があるわけでもないし、得られることと言えば……周りからの名声かな。それを得たとしても、結局は卒業してしまえばそれはリセットされる。それに今度はその名声に応え続けなければならない、というプレッシャーがかかってくる。所詮は煉の言う通り、たしかに『自己満足』でしかないような気がする。


「そうかもねー……あっ、だったらさ、煉くん。今度勉強会でもしようよ!」


 そんな煉の言葉に賛同しつつ、私はそれである妙案を思いつき、その勢いのままにそれを言葉にする。


「お、おう、いいけど……俺、教えるの苦手だからね?」


 そんな私の提案に、煉は保険をかけとくと言わんばかりにそんなことを言ってくる。


「大丈夫だよ、たぶん煉くんなら」


 『幼馴染』だし、なんて根拠のない自信でそう考えてみる。それに、何も別に私は煉に教えてもらうために、この勉強会を企画したわけじゃない。真の理由……それは、ただ煉と一緒に勉強したかっただけ。煉との時間を共有したかった、そんな不純な理由。


「んじゃ、休み明けまでに日にち考えといて。そっちの都合もあるだろうし」


「煉くんは大丈夫なの?」


 その言い分なら、煉の都合ももちろんあるはず。だからそんなことを訊いてみる。


「俺はいつでも大丈夫だから」


「そっか、わかった。考えとくね」


 それからベンチで雑談しながら過ごしていた。ただ如何せん外は冬の気温。段々と日が暮れるにつれて寒くなってくる。


「そろそろ寒くなってきたし、帰ろっか。岡崎はどうすんの? このまま、家に帰る?」


「うん、じゃあ、そうしよっかな」


「うん、わかった」


 煉はどうやら並木道まで見送ってくれるようで、一緒にそこまで行くこととなった。


「――昨日と今日とありがとうね」


 雑談でもしながらいよいよ並木道に辿り着いてしまう。それは2人の時間が終わりを迎えるということ。楽しかった時間も、ここでおしまい。だから私は昨日今日と楽しい時間をくれた、煉にそう感謝をする。


「こちらこそ、楽しい時間をどうもありがとう、じゃあな」


「うん、バイバイ」


 手を振りながらそんな挨拶を交わし、私たちはそれぞれの方向へと歩み始める。煉との年越しはとても楽しく、有意義なものとなった。この企画を持ち出してくれて、なおかつ私を誘ってくれた木下くんにちょっと感謝の念が湧いてきていてた。それはさておき、今日のこれだけでは終わらせずに、煉と勉強会という新たな煉との時間を共有できる場を作った。こうやってどんどんとチャンスを繋げていき、もっともっと煉と交流を深めていきたい。私は昨日今日の煉との交流でそう改めて、強くそう思った。だからもっともっと煉に貪欲になっていこう。そう決意をし、私は家へと帰っていくのであった。

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