20話「煉の家で過ごす大晦日 Part.1」

 夕暮れ時。私はついにれんの家へと来てしまった。最初、家の前ですんなりとインターホンを押して入っていけるか、少し不安だった。だけれど、ちょうど私が煉の家に着いた時になぎささんたちにバッタリと会い、そのままの流れでなんとか煉の家に自然と入ることができた。それからはリビングで木下きのしたくんや渚さん、みおさんたちと一緒にトランプなどをしながら、遊んでいた。そして煉はキッチンで料理中。まさかまさかの、煉の料理を初めて味わう機会を得てしまった。だから私はどこかテンションが上がって、それが楽しみになっていた。


「――煉くん、ホントに料理できるんだね」


 そしていよいよその明日美あすみ先輩と共同で作った料理が運ばれて来て、それを食べる時がやってきた。その煉の料理は以前に澪さんに聞いていたハードルを軽く超えてしまうほど、とてもおいしかった。この料理のクオリティもそうだけど、味付けや盛り付けもしっかりとしていて、まるで料理人みたいに思えてきた。


「や、ホント簡単なのぐらいだけどね」


 そしてまたそんな風に決してそれにおごらずに、謙遜けんそんするそんな彼がよかった。それにちょっと褒められると、すぐ照れちゃう煉がまたなんとも可愛かった。ホントに今日ここにお呼ばれしてよかったと、心から思う瞬間であった。それから料理も食べ終え、年明けまでの時間を年末の特番なんかを見たりして、過ごしていた。


「――はい、甘酒よ」


 そんな折、明日美先輩が甘酒を持って、リビングへとやってきた。


「ありがとうございまーす」


 それに、みんな揃ってそう感謝の言葉を述べる。


「作っててくれたの?」


「うん、温まるだろうから」


「そっか、ありがとう」


 さっそく私たちはその甘酒をいただくこととなった。さっき明日美先輩が言っていた通り、飲むとじわーっと体が温まっていく。やはり寒い冬には甘酒はもってこいだなぁーなんて思いつつ、甘酒を味わっていた。


「ふふ、おいしぃーねぇー」


 そんな中、同じように甘酒を飲んだ明日美先輩の様子がどこかおかしいことに気づく。ろれつが回っておらず、目もとろんとして座っている。甘酒に何か入っていたのか、と思ったけれど、他のみんなは大丈夫そうだった。だとするなら、もしかして……甘酒で酔ってる?


「明日美先輩、大丈夫ですか?」


 渚さんもその事態に気づいたようで、不安そうにしながら明日美先輩を気遣う。


「ふぇ? だいじょーぶらよぉー」


 どう見ても、それは大丈夫とは言えない状態で、でもどこか楽しそうにしながら笑っている明日美先輩。


「甘酒で酔う人初めて見たわ……」


 流石の明日美先輩好きの木下くんでも、その光景には引いてしまっている様子だった。『酒』という文字が入っているとはいえ、これは間違いなくアルコールは入っていないのに。


「大丈夫かな、明日美先輩」


 だからそんな明日美先輩が不安になってきて、煉にそんなことを訊いていた。


「ま、まあ大丈夫じゃね? ただ酔っているだけだし」


 でも煉はそれほど心配している様子ではなく、そんな気楽にものを考えていた。たしかにアルコールは入っていないし、これもプラシーボ効果みたいなとこもあるんだろうけど、


「そっか、でもこれ以上飲ませない方がよさそうだね……」


 だけれどこれ以上明日美先輩に甘酒を飲ませるのは得策ではないと思い、明日美先輩が持っていたコップを取り上げる。


「えぇーなぁーんれー? もっと飲みらーいぃー」


 その私の行動に、明日美先輩はいつもの真面目さはどこへやら、幼児退行して私にそんなわがままを言ってくる。


「はいはい、明日美は適当なジュースでも飲んどけ、とりあえずこれは没収」


 それに対して煉が明日美先輩をなだめながら、私のコップをもらう。そしてなんと……煉はそのまま『飲み干して』しまったのだ。明日美先輩はそれに残念そうな顔つきで煉を見つめていたけれど、私たちは煉にものすごく驚いていた。


「ん? どうしたんだ? 修二しゅうじ


 煉は本当に無意識で、ごくごく自然に行った行動ゆえか、事態の大きさに気づいていないようだ。


「なっ、おっ、おお、おま、お前! かっ、かかかか、かん――」


 そして私たちの中でも、特に木下くんは動揺を隠せないようで、うまく言葉に出来ていないようだった。だからか、煉はさらに眉を寄せて、何が何だか分からない顔をしている。それに、事態を収拾させようとして澪さんが耳打ちで私たちが驚いている理由を説明するようだ。


「はぁ? 別に姉弟していなんだし、それぐらいいいだろ」


 やっぱり。煉の性格を考えれば、そう言うと思った。たとえ女の子であろうと、家族だったら別に気にしないと。


「でも、それぐらいが大きいんだと思うけどね」


 呆れた様子で、私たちの言いたいことを言ってくれる渚さん。


「ま、まあ、そんなことより、盛り上がってきたことだし、ゲームしようぜ!」


 落ち着きを取り戻した木下くんが話を逸らすように、そんな提案をしてくる。いよいよ木下くんの企みが明るみに出る時が来たようだ。


「ゲーム? 何すんだ?」


「煉、『王様ゲーム』って知ってっか?」


 煉の質問に、木下くんはそんな質問で返す。ちなみに私にはその『王様ゲーム』というものがどういうものなのか、よくわからなかった。


「あぁ、たしか、だいぶ昔にコンパとかで流行はやってたっていうゲームだろ?」


 対して煉はそのゲームの内容を知っているようで、そんな風に言ってくる。煉の言葉から、どうやらそのゲームが大昔に流行っていたゲームだということはわかった。でもなんでそんな昔のゲームをやるのだろうか、ますます木下くんの意図がわからなくなってきた。


「お、知ってんのか。んじゃ、分からない人のために説明してくれ」


「おう、確か――」


 そして煉の説明が入る。それでなんとなく、木下くんがこの企画を持ってきた理由がみえてきた。たぶん木下くんは自分が王様になって、私たち女子――特に大好きな明日美先輩に、何かいやらしいことをさせる気なのだろう。ホント木下くんは本能のおもむくままに生きている人だな、って思う。でもそんなんじゃ、女の子にモテないと思うよ。


「へぇーなんか面白そうね」


「王様ならいいけど、数字だとこわいねー」


 でもたしかに渚さんや澪さんが言うように、このゲーム自体は面白そうだと思った。だって、私たちにも『王様』になれる可能性があるのだから。それでみんなに命令ができるなんて、普段生活していてそんなことまずないことだから楽しそうだ。


「まあ、でも王様になればなんでも命令できるからな」


「んで、クジはどうすんの?」


「本来なら割り箸とかだろうけど、今はないから紙で代用するぜ、んじゃ早速やっていくか!」


 それに、木下くんが紙に番号と王様と書いていき、その紙を折りたたみごちゃ混ぜにしていく。そして木下くんがそれを配っていくようだ。主催者がディーラーを行うのはちょっと怪しいけど、一応ここは信じてあげることにした。まだ序盤だし、そこまでキツイような命令は来ないだろう。それから全員に紙が行き渡り、見られないようにしながら中身を確認する。私は惜しくも王様を逃し、4番となってしまった。後はもう対象にならないように、祈るだけ。


「みんな、確認したな。じゃあ、せーの」


「王様だーれだ?」


「はーい、私!」


 嬉しそうな表情を見せながら、そう『王様』と書かれた紙を見せるのは渚さんであった。渚さんなら、大丈夫だろうと安心する私がいた。間違いなく木下くんよりは安全なはず。


「んー……じゃあ5番の人が腕立て10回で!」


 少し考えて、そんな罰ゲームみたいな命令を下す渚さん。5番ということで、私は危うくニアミスするところだったけれど、なんとか回避できたようだ。そして次に「5番だーれだ?」の合図で、その番号に該当する人が自己申告をする。すると弱々しく手を挙げる澪さん。


「えぇー、腕立てできないよぉー」


 澪さんはそんな命令に困ったような顔をして、お姉ちゃんに抗議する。


「ほら、がんばる!  それに王様の命令は絶対だよ!」


 それに対して王様の渚さんは、このゲームの要となる言葉を使う。


『王様の命令は絶対』


 こうルール上そうなっているのだから、平民はそれに従わなければならない。そう言われて観念したのか、澪さんは膝をついて腕立て伏せを始める。それでも澪さんにはキツいようで、辛そうな顔をしながら、命令通り10回を行う。そして澪さんが命令をこなしたところで、テンポよく2回戦へと入っていく。すると今度は煉がディーラーをやるようで、すぐに紙を回収していく。


「王様だーれだ?」


 配って中身を確認したところで、再びお決まりのセリフで王様を確認する。すると、なんと配った張本人である煉が王様となった。煉は信頼できるから、そうなっても特になんとも思わなかった。でも木下くんは逆に怪しんでいるみたいで、そんな疑いの目を煉に向けていた。


「んー何にするかなぁー………あっ!」


 私は今回もまた王様ではなく、命令される側なので、煉を見つめながら彼が出す命令を待っていた。まだまだ序盤だし、煉なら私たちのことも考えてそこまでヒドイ内容は来ないだろう。そんな信頼が煉にはあった。


「じゃあ、1番の人がものまね10連発で」


 予想通り、木下くんがやりそうな卑猥ひわいなものではなく、罰ゲーム程度の命令だった。その命令が出ると、すぐさま木下くんが落胆して、キツそうな顔をする。たぶん彼がその1番なのだろう。


「おい、それは厳しくね?  せめて1つだけで」


「だめだぞ、王様の命令は絶対だ!」


 木下くんのそんな抗議に、煉までもその言葉を使って強制力を高めていく。煉のその悪そうな顔と言ったら、この上なかった。


「くそ……鬼畜だな……」


 そう悔しがりながらも、命令に従いものまねを始める。けれども、『ものまね』と言うほど似てはいなかった。でもその木下くんが必死になっている姿がちょっと滑稽で、面白かった。


「はは、木下くん、おもしろーいぃ」


 未だに酔いから醒めない明日美先輩もそれがお気に召したみたいで、軽く手を叩いて笑っていた。


「ぜんぜん、似てないしー」


「ふふ、でもおもしろいね」


「そうだね、おもしろい」


 私たちも同じようにその木下くんの姿に笑いながら、ものまね10連発を見続けていた。そんな私たちに木下くんは悔しがりながらも、『王様になったら復讐してやる!』と豪語していた。それからテンポよくポンポンと王様ゲームを続けていた。

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