19話「思いもよらない機会」

 12月31日(金)


 2077年最後の日。所謂いわゆる、今日は大晦日おおみそかだ。私は新たな年を気持ちよく迎えるための準備をしながら、そんな大晦日を過ごしていた。そして昨日のデジャブなのだろうか、ちょうど昨日と同じぐらいの時間の携帯に着信があった。しかもそれが昨日と全く同じ人物からの着信だった。それを不審に思いつつ、仕方がないのでその着信に出ることにした。


「なあ、一緒に年越ししないかぁ?」


 なんて木下きのしたくんは女の子の私にそんな、ぶっちゃけ……気持ち悪いと思えるような提案をしてくる。


「えぇー……」


 そんな提案に、私の木下くんに対する不審感はさらに募り積もっていく。いささかその提案は、私たちの関係でするようなそれではないと思う。それに男の子、しかも木下くんからのそれとあれば、やましい感情があるんじゃないかと疑ってしまう。


「なんだよーその態度ー」


 木下くんはそんな私の反応に不満そうにそんなことを漏らす。


「や、だって下心ありそうだし……」


 私にはもう既に心に決めた人がいるから、木下くんの相手はムリだ。それにそれ抜きにしても、そんなの嫌だし。だから当然、警戒してしまうのは仕方がないこと。


「んなのねーって! てか、れんもいるし」


 そんな私の言葉に木下くんは強く否定をして、次に思いもよらない情報が入ってくる。


「え、ホント!?」


 私はそれに大声を上げて木下くんに聞き返してしまう。煉がいるなら話は別だ。煉にまた会えて、一緒に年を越せる。こんなチャンスをみすみす逃すわけにはいかない。


「急に大声出すなって! 耳いってぇ……」


「あ、ごめんごめん。で、煉くん来るの!?」


 ついつい『煉』という単語が出てきたことで、テンションが思いっきり上ってしまって、電話中だということを忘れてしまっていた。なんかこのやりとりにも、既視感があった。昨日は煉だったけれど。


「あ、ああ……来るもなにも、煉の家で年越しパーティするんだよ、来るか?」


「行く!」


 私はさっきとまでとは打って変わって、その木下くんの誘いにそう即答する。てっきり最初は木下くんと2人きりで年越しするものだと思っていたけれど、どうやら事は全然違っていたようだ。それなら話は別だ。そんなせっかくのチャンス、絶対に逃したくない。


「なんだよー急に態度変えやがってぇー……はぁーまあいいや。そういや岡崎おかざきって煉の家ってわかるのか?」


 そんな私の態度の急変に、不服そうにしながらそんなことを訊いてくる。


「ううん」


 そう言われると、煉の家って私の家とは方向が違うこと以外の情報を知らないことに気づかされた。たしかに家にお呼ばれするなんてこともなかったし、秋山家の場所も自分で知ろうとはしていなかったから、当然とは言えば当然か。でも今回でその負の記録を打ち破ることができるんだ。そう思うと、さらにテンションが上ってきてしまう私がいた。


「んじゃ、後で周辺地図のデータをメールで送るから、それで来てくれ。わかんなかったら、連絡入れてくれればいいし」


「うん、わかった。何時ぐらい行けばいいかな?」


「あーそれは岡崎の準備が出来たらでいいぞ。どうせメインは夜だからな」


「わかった。じゃあ夕方ぐらいにお邪魔しようかな」


「りょーかい。あと、たぶんそうなると、岡崎は泊まりになるかもしれんから」


 そんな感じで話を勧めていく、木下くんから思っても見なかった言葉が飛び出してくる。


「と、泊まり!?」


 思わず耳を疑いたくなってしまような、そんな言葉に私は驚愕きょうがくしていた。煉の家に、お、お泊りだなんて……考えただけで恥ずかしくなってくる。そんなことまでしてしまって、はたしてよいのだろうか。


「ああ、さすがに夜遅くになるし。まあこの島だから大丈夫だと思うが、何かあったら責任とれんし」


「で、でも煉くんに確認取らなくて大丈夫なの?」


 木下くんの言っていることはもっともらしいけれど、今のこの状況では煉のいないところで話が勝手に進んでしまっている。明日美先輩もいるのだし、そのところ部分が不安だった。


「たぶん煉も同じ考えだと思うし、それにあいつの家、客間あるから大丈夫だと思うぞ? だから、泊まり用の道具用意しといた方がいいかもな」


「う、うん、わかった」


 こうして思いもよらない形で私は煉の家に泊まることとなった。その事実があまりにも衝撃的すぎて、電話を切った後もしばらく放心状態だった。そしてしばらくして、段々と冷静さを取り戻していき、脳がまともな思考ができるようになってくる。


「うわー! どうしよう、どうしよう!?」


 そしてやってくる『焦り』だった。それはつまり好きな人の家で、別の部屋とはいえ『一晩を共にする』ということ。そう考えると、どうしていいかわからずに軽くパニック状態になる。私は一旦、落ち着いて深呼吸して再び冷静に物事を判断する。まずはお泊りの準備をしよう。その他諸々の余計な事は考えないでおこう。考えてしまうと、いざ煉に会った時にそれがフラッシュバックして恥ずかしくなってしまうから。もはやそのことは忘れるぐらいの気持ちでいよう。そう決心をして、私はお泊りの準備を開始した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る