18話「2人だけの秘密」

 行き場所は付属棟の音楽室のようだ。そのため、本校棟から入って付属棟へと向かっていく。やはりという当然だけど、夜で明かりも少なく辺りが薄暗くて気持ちが悪い。ホントに何か出てきそうな感じがして、怖くて思わずれんの手を強く握っていた。感覚なんて、恐怖でまたしても味わうことはできなそうだった。


「――なんか不思議だね。夜の学校って」


 それからだいぶ歩いて辺りに慣れてきた私は、そんな話題を振ってみる。あまりにも静かで、聞こえてくるのは私たちの足音だけ。いつもの喧騒けんそうはどこへ消えてしまったのかと思うほどだった。それに明かりが月明かりだけだからか、やはりいつもの学園とは違った印象を受ける。


「まあ、めったにないからな」


「なんか、新鮮だね」


 煉とのそんな会話で心持ちがいつも通り、普段となんら変わらない状態へと戻っていた。それは煉とこうして手を握っているということもあるのかもしれない。このままの状態だったら、なんかイケる気がしてきた。


「あっ、幽霊!」


 そう思っていた矢先、どこかを指をさして驚いたような様子で、真剣な声でそんなことを言ってくる煉。


「きゃっ!」


 それに私は軽く叫びながら、煉の腕へとしがみつく。この腕を絶対に離すもんか、と強く強く。そして顔を腕にうずめ、それが過ぎ去るのを待っていた。


「なーんて、冗談だよ、冗談」


 なのにも関わらず、煉はムカつくような笑い方をしながら、冗談だったと告げる。つまり煉は単に私をからかって、そんなことを言ったんだ。


「もーう! 煉ったら――」


 私はそれにたまらずムッとなって、思わずそんな失言をしてしまう。それに私は途中で気づき、すぐさま手で口を抑えて言葉を自分で遮るけど、時すでに遅し。


「えっ?」


 その失言は煉の耳へと届き、それに唖然あぜんとしてどこか困惑しているような感じだった。


「……あ、れっ、煉くん! ふざけないでよー!」


 私も私で沈黙してしまい、変な間ができるが、すぐに私が我に返ってそう言ってさっきのをごまかしてみる。


「はは、ゴメン、ゴメン」


 まだ困惑してる感じだったけど、私のそれに軽く笑いながら謝る煉。もうさっきまでの怒りというものはどこかへ消えてしまっていた。それよりも、私が失言してしまったということに焦りを感じていた。


「もう、早く行くよ!」


 だからこれ以上言及されないように、私は煉の手をとって引っ張っていく。煉は突然のそれに戸惑いつつも、私につられて足を進めていた。でも、冷静になって考えてみると、あの失言はいい方に転んだかもしれない。引っ越す前にお父さんが言っていた『ヒント』がまさにこれだろう。今、隣を歩いている煉はあきらかに考え事をしているみたいだ。たぶん、私のことを訝しんでいることだろう。それがきっかけとなれば、私への疑いが積もってくる。それはいずれ煉に見つけてほしい答えへと繋がるかもしれない。そんなことを思いながら付属棟へと着くと、煉はなんと『エレベーター』を使って6階へと行くようだ。私はアレは教員専用だと思っていたから、煉が使うのに驚きを隠せないでいた。それを煉に訊くと、どうやら『使えるやつは使っていいんだよ。暗黙の了解だけど』らしい。そんなの、私の学校ではなかったことだから、ただただ驚かされるばかりだった。そしてそのままエレベーターで目的の音楽室へと辿り着く。後はそこの黒板に名前を書くだけ。


「――ふふっ」


 ここで私はちょっとした古風なおまじない……というか煉に仕掛けてみようと思う。今、煉は教室の奥側の方へと行き、黒板に自分の名前を書いている。だから私はあえて手前の、廊下側の黒板に『2人の名前』と『傘』を書いていく。もちろん傘の頭にはハートマークを添えて。流石に名前をそのまま書くのは露骨だし、面白みもないので、イニシャルにすることにした。後はこれに煉が気づいてくれればいいだけ。


「――よし、んじゃ、いこっか」


 煉が私の書き終わったのを確認して、そう切り出す。位置の関係から、私が先に出て煉が出てくるのを待つ形になる。だからその時間の長さで、なんとなく確認したかどうかがわかってしまうのだ。まず私は先に教室から出て、ちょうど月明かりが差し込んでいるところで待っていた。


 煉、見てくれるかな。私からの秘密のメッセージ。でも、煉が先に終わって私の書き終わるのを待っていたから、その時間の長さを不思議がって見てくれるかも。煉はそういう好奇心の強い所があるから。もし見てくれたとしたら、煉はどう思うんだろう。そんなことを思いながら、私は夜の星空を見上げていた。正直、自分でそんなことをやってみたものの、緊張と不安で悶々もんもんとしていた。そして数秒して、足音で煉が教室から出てきたことがわかった。なので私は煉の方へと振り向き、手招きしてこちらへと呼ぶ。たぶんこの時間から考えて、アレを見たと……思う。


「ねぇ、煉くん、ちょっとお話しよっか」


 この薄暗い場所にいつまでも居座るのは嫌だけれど、煉と2人きりになりたかった。せっかくのこの機会だから、話しておきたいことがあった。


「ああ、いいけど」


 それに頷きながらそう言った煉は、私の隣へと歩いてきて同じように窓に背を向ける。


「ねぇ、煉くん、知ってる? 友達は互いの秘密を知っているものなんだよ」


 そして私はいつか煉が言ってくれた言葉。それを今の煉に返す。


「……まあ、そうかもな。俺も修二しゅうじの秘密とか知ってるし」


 それに考えるような仕草をして、私のそれに納得する煉。


「てことは、私たちも友達だよね?」


 傍から見ても、今の関係はあの頃の『クラスメイト』や『知り合い』からは進展していると思う。でも私はその確かな保証がほしかった。煉から、その言葉を直接聞きたかった。最初は忘れられていたということもあって、私たちの関係はとても曖昧で、複雑だったから。


「まあ、友達って部分は否定しないけど、俺の秘密を知ってんの?」


「ふふ、いっていいの?」


 あのこと、たぶん今の煉に言ったらさぞビックリするだろうな。たぶん今も相変わらずモテるからやっているだろうし、それに煉は優しいから、たぶんそれは秘密にするだろうし。ついでに、さっきからかわれた仕返しもできるかも。


「べ、別にいいけど、でもどうせウワサだろ?」


 それに少し動揺しつつ、私を警戒している煉。


「どうかなー? ねぇ、バレンタインの日って絶対カレーでしょ」


 相手を探るような感じで、煉を攻め始める。1回で全ては言わず、少しずつゆくっりと順序を追って、煉を追い込んでいく。


「……確かに」


 その言葉に、一瞬ドキッとしただろう煉。絶対に焦ってる。ふふふ、顔に出てるよ、煉。


「その中にはチョコいれてるでしょ?」


「……うん、そうだけど……」


 だんだんとその表情が青ざめていくのがわかって、なんか楽しい気分になってきた。この表情から見て、やっぱりまだあのことを隠しているみたい。流石に煉のお姉さんの明日美あすみ先輩は知っているだろうけど、他の人は誰も知らないんだろうな。たぶん、あの幼馴染である諫山いさやま姉妹も。


「実は、そのチョコは女子からもらったものなんだよねー! あーあ、女子のせっかくの気持ち踏みにじるってサイテー」


 もう楽しくてしょうがなかった。まだ煉の、数少ない人が持つ秘密を私が持っていること。そして、煉が困惑している姿を見るのが楽しかった。意外と私の心の中にも、悪魔が住んでいるのかもしれない。


「なっ、なんでそれを……」


 暴かれてはいけない重大な自分だけの秘密を明かされて、絶望したような顔を見せる煉。どうしてその誰も知らない秘密を知っているのか、それを必死で考えているのが。でも、それが理由が分からなくてすごい困惑しているみたいだ。


「ふふふ、すっごく戸惑ってるー、おもしろーい!」


 もうそれがあまりにも面白くて、思わず表に出てしまう。でも冷静になって考えてみれば、そうだ。私が知らなくてみんなが知っている煉があるなら、その逆もまたしかりで、私だけが知っている煉だってあるんだよね。私だけが知っている『昔の煉』との思い出。やっぱりそれが今の煉に見えてくると、嬉しくて仕方がない。


「そ、そそ、そのことは誰にもいうなよ!?」


 焦っているような様子で、私に口止めを求める煉。


「大丈夫だよ。秘密なんだから、言わないよ」


 それに、さっきまでのテンションから真面目なテンションに切り替えて、そう約束をする。この秘密は絶対に誰にも言わない。教えたくなんてない。教えてしまったらそれはもう……『秘密』じゃなくなるから。私たちの友達だという証の『秘密』がなくなってしまうから。


「私たちはこうやって互いの秘密を共有している。だから、私たちは友達だよね?」


 色々とあって、話は逸れてしまったけれど、改めて煉に確認を取る。


「ああ、俺と岡崎おかざきは友達だよ。互いの秘密を知ってんだから」


 煉も私に合わせて真面目な表情をして、私が一番ほしかったその答えを出してくれる。


「そっか、よかった。じゃあ、戻ろっか」


 ということは煉もまた、私を友達と思ってくれているということ。それはつまり、最初のクラスメイトだけの関係から、また一歩前進したということだ。その事実に安心しつつ、私は帰るため、煉を急かす。すると――


「あっ、岡崎、後ろにお化けが――!」


 煉が私の後ろを指差し、驚いた顔でそんなことを言ってくる。


「きゃっ!?」


 私は煉の元へと急いで走って、すぐさま煉に抱きついて胸に顔をうずめた。しっかりと抱きしめて、目をつぶって煉の体の中で震えていた。だけれど、その後すぐに煉がまた笑いながら、私に冗談だと告げてくる。


「もーう、煉くん! ふん、もう知らない!」


 もう煉ったら。昔はこんな子じゃなかったのに、なんでこんな意地悪な子になったんだろう。そんなことを考えながら、そっぽ向いて先へ歩いていく。でも悔しいけど、1人では帰ることは無理。だから煉を迎えに行こうとするのだが――


「あっ……」


 煉が考え事をしている。私のヒントが効いてるみたいだ。絶対に今煉は『バレンタインチョコの秘密』のことを考えている。どうして私が知っているのか、それが気になってしょうがないんだ。そんな煉を見て、私はまた機会があればヒントをあげようかなと思う。もちろん今の煉との関係を進めるのも大事だけれど、やっぱり過去の私たちも大事だから。こうやってヒントをあげて、それで私のことを怪しんで、答えへとたどり着いてくれればいいんだけれど。そんなことを思いながら、私は煉方へと戻っていく。


「――ほら煉くん、行くよ」


 そして考えている煉の手を握り、そう呼びかける。


「あっ、おう」


 そして手を繋いだまま、煉と一緒にみんなの待つもとへと戻っていくのであった。こうして私たちはなんとか無事に帰還し、煉との時間は終わりを迎えた。

だけれど――


「よーやく来たぁー……遅いぞ、お前ら!」


 生徒玄関先ではちょっと怒ったような感じで、木下きのしたくんが待っていた。後ろを見ると、他の人たちも同じような反応をしていた。私たちはその反応に訳がわからず、ただただ戸惑っていた。


「遅いって……そんなこと――」


 煉がそういいながら、時計を確認する。すると、あからさまに驚いたような様子で怪訝そうな顔をしていた。不思議に思い、私も同じように時計を確認すると、なんと『1時間近く』時間が経過していたのだ。


「なあ……岡崎。あそこにいた時間って……どれぐらいだったと思う?」


「んー……正確にはわからないけど、たぶん30分ぐらい? 煉くんはどう思う?」


 ちょっと音楽室前の廊下で雑談した程度で、後はただ目的地へ向かって歩いていただけ。だからだいたい30分ぐらいだと感じた。ただ、これでもちょっと多めに見積もっているぐらいだ。


「だよな……俺もそんな感じだった……」


 煉も同じ感覚だったようで、私たちはお互いに見つめ合って、この状況に困惑していた。


「はぁ? 何言ってんだ? こちとらお前らのために1時間も待ったんだぞー?最後だからって、何イチャコラしてたか知らないけどな、こっちの身にもなってくれってんだよ!」


 そんな私たちに、納得してくれない様子の木下くん。もちろん木下くんの言うことも分かる。だって、こんな冬空の下で1時間も待たされていたんだから。暖房があっても、寒いのは変わらないと思う。だからさぞその1時間は辛く、厳しい時間だっただろう。


秋山あきやまくん、不潔……」


 そしてその隣にいた藤宮ふじみやさんも藤宮さんで勘違いをしているようで、ジト目になって、でも変な想像をしているのか、少し頬を赤らめて煉を罵る。


「いや、違うんだって――!」


 それに対して煉は自分なりに説明をするけれど、そんな非科学的なお話はなかなか2人に信じてもらえず、タジタジだった。そして――


「ふふふ、しーおりちゃんっ!」


「わっ、しっ、しずかちゃん! そ、それに七海ななみちゃんまで……」


 私を驚かせるかのように、後ろから突然私の肩にタッチして、名前を呼ぶ静ちゃん。そしてその隣には七海ちゃんもいた。その2人に、私は嫌な予感しかしなかった。だって、その2人の顔があきらかにニヤニヤしているんだもの。


「ミス聖皇せいおうとミスター聖皇、夜の校舎2人で何してたのぉー?」


 七海ちゃんはとても興味あり気に、そんなことを訊いてくる。やっぱりこの2人もみんなと同じように誤解しているみたいだ。こちらにもその火の粉が飛んできてしまった。


「だーかーらー何もしてないんだってばぁー!」


 結果、私たち2人はみんなから茶化される始末となってしまった。でも、どうして私たちの感覚と、実際の時間に『ズレ』があったのだろうか。『楽しい時間は過ぎるのが早い』というけれど、それでもそんなズレにはならないような。


「あっ」


 もしかして――と思ったけれど、それ以上は考えないことにした。考えてしまうと、たぶんこれから眠れなくなってしまうだろうから。せっかく今日は煉とのことでいいことがあったんだし、気持ちのよいまま眠りにつきたい。というわけで、私は考えることを止めることにした。そして木下くんの閉会式のような何かが終わり、これで晴れて終了……とは行かず――


「――あぁ、そうだ、秋山くん。あなたはまだ仕事が残っているわよ」


 それが終わった後で、藤宮さんが煉にそんな事を言ってくる。


「はぁ?」


「教室のパスワード。アレ、全部元に戻しておいてねっ」


 今回で使われた教室のパスワードは全て『0000』になっていた。そんな簡単なパスワードじゃ、セキュリティの意味をなさないから、誰かが変更したんだろうと思っていたけれど、やはり変えられていたようだ。だから、それを今度は誰かが正しい値に戻さなきゃいけないんだ。でもそれにしたって、なんて原始的な方法でパスワードを設定しているのだろうか。どこかPCとかにひとまとめで管理できるようにしてしまえばいいのに。そんなことを思いながら、私はその会話を聞いていた。


「なんで俺が――?」


「お昼にしたのは私だから。それも『たった1人』でね!」


 藤宮さんは自分がお昼に1人でしたことを強調した言い方で、煉に言い寄る。同じ学年委員長として、今度は煉の番ということなのだろう。


「あぁー……さいですか……」


 その言葉で、煉も状況を把握したのか、憂鬱そうな表情をしていた。そして煉はいかにもやりたくなさそうな顔をしていた。ちょっと猫背になって、肩に重荷が乗ったみたいだった。


「それに帰るのが遅くなったのは誰のせいだったかしら?」


 そんな煉に、藤宮さんは嫌味ったらしくさっきのことを言及してくる。委員長という役柄とはいえ、ちょっと煉が可哀想だな、と思っていた。


「わーったよ、やるよ! やればいいんだろ?」


 ほとほと諦めた煉は、いさぎよく男らしくそう宣言する。


「うん、よろしい。じゃあ、お願いねぇー!」


 そう言い残して、藤宮さんは校門の方へと去っていくのであった。それからすぐに煉は私の方を見て、あきらかに『手伝って』と言わんばかりで私を求める顔をしていた。正直、その悲しそうに私を見つめる目が子犬みたいで可愛くて、キュンときてしまう私がいた。だけれど、私はそのお願いを聞き入れてあげることはできなかった。ただでさえ、夜遅くに出かけているというのに、これ以上遅く帰ることは残念ながらできない。親が心配してしまうから。なので私は煉に手を合わせて、口パクで『ゴメンね』と告げて泣く泣く帰ることにした。でも煉、ちゃんと責任を持ってやるのは偉いと思うよ。頑張ってね。なんて、心の中で煉を応援しつつ、夜の学園を後にしたのであった。

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