16話「悪魔の誘い」

 12月30日(木)


 今年もあと2日となったこの日。そして相模さがみ島で迎える、初めての年末。私は部屋の掃除でもしながら、その一時を過ごしていた。そんな時、携帯から着信音が流れ始める。大方、私はしずかちゃんか、七海ななみちゃんだろうと思いながら、携帯を取りに行く。でも、携帯を開けてそれを確認すると、それは意外な人物からの着信だった。


「珍しい、木下きのしたくんからだ……」


 ただ彼の評判は転校生の私でも知っているほどに、悪い。特に女癖が悪いと聞くから、それが木下くんからだと分かると、私は少し身構えてしまう。そのまま無視するわけにもいかないので、恐る恐るその内容を確認する。すると――


『今宵、我々の学び舎にて肝試しを行ふ。制服にて来られたし。』


 というおどろおどろしいフォントに、変な言葉遣いでつづられた文章が書かれてあった。


「ひっ!?」


 その言葉の一部に、私はものすごく拒絶反応を示してしまう。思わず携帯を投げ捨て、後退りして腕を掴んで、丸くうずまってしまう。そんなの、行けるわけがない。文字だけでもこんな恐怖心に駆られている私だ。とてもじゃないけど、実地なんて行けるわけがない。だから断ろうと、再び床に落ちていた携帯を取ろうとした時――


「あれ……でも――?」


 冷静になって考えてみると、これが私にも送られてきているということは、たぶんクラスメイト全員に送っている可能性がある。ということはつまり……『れん』にも送られている可能性があるかもしれない。それに木下くんと煉は仲がいいから、余計に誘われる確率は高いだろうし、来てくれるかもしれない。そうなると、私も行けば、冬休み中に煉と会うことができるかもしれない。なので、私は――


『ねえ、突然なんだけど、煉くんの電話番号教えてもらないかな?』


 と勢いに任せて、そんな積極的に攻めた行動に走る。まずは本人に出欠を確認しなければ。これがうまく行けば、番号も入手できて、なおかつ学園でも煉と会える。一石二鳥どころじゃないかも。そんな風に期待に胸をふくらませながら、私は木下くんの返事を待っていた。そしてそう時間が経たないうちに――


『ホント、突然だな……まあ、いいや。煉の番号は――』


 そしてすんなりと煉の電話番号を入手することに成功した。後は、煉に電話をするだけ……でも……


「うわぁー……すごい緊張するー……」


 いざかけようとすると、途端に緊張してきてしまい、タッチする手が震えてくる。胸もドキドキして、このままではまともに会話できるかも心配だった。でもこのままじゃ、いつまで経っても始まらない。せっかくのチャンスを逃してしまうかもしれない。だから私はめいいっぱい勇気を振り絞って、いよいよ煉へと電話をかける。


「――もしもし、煉くん?」


 数コールして、ついに煉が電話に出る。私は少し緊張しながらも、それが煉に悟られぬよう、あくまでも普通な感じでそう話しかける。


「おう、岡崎おかざきか。あれ、俺の番号って教えてたっけ?」


 勢いで訊いてしまったから忘れていたけれど、本人の了承なしに訊いてしまっていたんだった。でもこの感じからすると、木下くんも木下くんで、煉に『教えてもいいか』の確認は取ってないみたいだ。


「あーえっと、木下くんに……教えてもらった……」


 私は少しバツが悪く、そんな風に事の成り行きを正直に話す。


「あ、マジか……ん、まあいいや、で、どうしたの?」


 ちょっと都合悪そうな感じを見せるけど、すぐに普通の反応へと戻り、用件を訊いてくる。


「あぁ、えーと、今日の肝試し行くの?」


 そしていよいよ本題へと入る。これで煉が行かないなら、私も行かない。でももし行くのなら……私も行かなきゃいけない。でも『アレ』は怖い。だから行きたいけど、行きたくない。そんな複雑な思いで、私は煉の回答を待っていた。


「うん、せっかくだし行こうかなと、それに家にいても暇だし」


「そっか……行くんだ……」


 私はその返答に、ちょっと残念な気持ちにさいなまれる。会えるのはもちろん嬉しいけど、やっぱり『アレ』があることを思うと、今から不安と恐怖でいっぱいだ。それにルールもよくわかっていないし、もしかすると私1人で回るかもしれないのだし。だから余計に心配だった。


「あっ、ああ、そっかそっか、岡崎ってお化け――」


「キャッァァァー――――!」


 煉が私の反応でそれを思い出したのか、またしてもその悪魔の言葉を言い放つ。私はそう叫びながらすぐさまうずくまり、目をつぶる。


「あっ!? ゴメン! 大丈夫!?」


 そしてすぐ気がついた。これが電話越しでの会話だということに。だから煉の耳に大ダメージを無自覚に与えてしまったのだ。なので、私はすぐ謝って煉の安否を確認する。


「大丈夫……えーと、岡崎は……ホラー系が苦手なんだよな」


 煉はどこか私に気を遣って、言葉を選ぶかのように話を続ける。


「べっ、別に怖くなんか……ないもん!!」


 そう言われると、何か負けた気がして嫌だったので、思わず煉に反抗してしまう。


「ふーん、んじゃ今日は来るよな? 怖くないんだもな?」


 だけれど、それが逆に煉の悪戯心をくすぐってしまったようで、煉はさらに私を追い込むようなことを言ってくる。


「うー、煉くんのいじわるぅ……」


 私が怖いの分かってて言っている分、タチが悪い。そんなことを言われてしまえば、絶対に行かなきゃいけなくなってしまう。でも……アレは怖い。何が起こるか分からない。もしかしたら、大変な事になっちゃうかもしれない。私の心はそんな感じで揺れ動いていた。


「どっちなんだよ……」


 そんな私に、煉はちょっと呆れたようにツッコむ。


「か弱い乙女をいじめるなんてサイテー!」


「どうすりゃいいんだよ……」


「でも、行くよ……煉が行くなら……」


 でもやっぱり『恋』に勝るものはなかった。煉に会いたい。その気持ちが、この電話でより一層強くなってしまった。でもそれを言葉にしようとすると、途端に恥ずかしくなってきてしまい、最後の方はゴニョゴニョとして、言葉を濁してしまう。


「えっ、なんて?」


 やはり煉の耳には私の言葉はちゃんと届いていなかったようで、そんな風に聞き返してくる。それに、聞かれなくてちょっと安堵する私がいた。今の言葉はまだ聞かれてほしくなかったから。


「行くよ! 肝……試しに……」


「いいけど、あんま無理するなよ?」


 私が不安なのか、そんな心配してくれる煉。


「大丈夫だから! じゃあ、また学園でね!」


「おっ、おう……」


 それから私は別れの挨拶をして電話を切り、1人ベッドに飛び込む。言ってしまった。ということは私も『ソレ』に参加することになる。なので、私は木下くんに参加する旨を伝えた。相変わらず恐怖心でいっぱいだけれど、もう今から『煉に会える』ということをかてにして、学園へなんとか言ってみようと思う。そんなわけで私は今日、肝試しに……というより煉に会うために夜の学園へと行くこととなった。

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