10話「新たなる希望、そして私の決意」
「ねぇ、次さ2年生の2組に行ってみない?」
少し歩いて行く場所が決まったのか、煉はパンフレットを私に見せながらそう提案してくる。ただその行こうとしているクラスの催し物は――
「えっ……そ、それはちょっと……やめない?」
それに思わず足を止め、初めて煉の提案を拒否する。いくら煉が行きたいとはいえ、『あそこ』はちょっと……無理だよ。
「えっ、なんで? なんか、ダメだった?」
やっぱり私がどうしてダメなのかわからない煉。
「や……だって……」
理由を訊かれ、言葉に詰まってしまう。説明したいけど、怖くて説明ができない。お願い、私の思いを
「あっ、もしかして……
その願いが通じたのか定かではないが、私がどうしてダメなのか察してくれる煉。でも――
「キャッー――!!」
私は思わず大声で叫び、耳を塞いでしゃがみこんでしまう。
煉のバカ! その言葉は聞きたくないの! お化け怖い! お化け怖い! お化け怖い!!!
「じゃ、じゃあ、やめて他いこっか」
そんな優しい提案に、私は何度も頷く。とりあえず、アレは避けられてようなので、一旦深呼吸して再び立ち上がる。すると――
「ああー!
あーあ、藤宮さんに見つかっちゃった。もしかしたら、私の大声で気づいたのかもしれない。それだとしたら、申し訳ないな。ここはまだ1年生の階だし、思いっきし危険地帯にいたわけだから。
「やべっ」
そんな状態に煉は私の方をチラチラと見ながら、一歩、また一歩と下がっていく。たぶん煉はここから逃げる気満々なのだろう。でも私がお荷物で、どうしようか考えている。そんなところだろう。残念だけれど、私は運動がそれほど得意じゃない。だから煉だけだったら逃げられても、私が足かせになってしまうかもしれない。でもそんなことを考えていても、時は流れている。藤宮さんも一歩、また一歩とこちらへと近づいてくる。その時だった――
「Ladies and gentlemen! It's a show time―――」
スピーカーからどこか聞き覚えのある声が聞こえてくる。かと、思ったらロックみたいな音楽が流れ始める。
「なにこれ?」
藤宮さんも私と同じようで、この謎な放送に疑問符を浮かべている。
「よっし、今のうちだ。いくぞ岡崎!」
そのスキをつくつもりなのか、煉はなんと『私の手を握って』全力で走り始める。
「えっ? ちょ、ちょっと、れっ……秋山くん!!」
突然の事態に、一瞬混乱してしまうが、すぐに逃げるのだと理解し、コケないように必死にそれについていく。あまりにも唐突だったから、思わず煉を名前呼びしそうになったけれど、なんとか堪えていつもどおりの呼び方をする。
「アッ! ちょっと、まちなさーい!!」
私たちが走り始めたことで気づいたのか、藤宮さんは音楽に負けないくらいの大声で私たちを追いかけてくる。それから私たちは必死に逃げ、階段をどんどんと降りていく。結構な距離を走るので、体が
「はぁ……はぁ……これ、なにぃ……?」
私は肩で息をしながら、スピーカーの方を指差して煉に問いかける。
「
放送ジャックなんて、いかにも不良がやりそうなことを煉がしているのはちょっと意外な部分もあった。
「でも、なんでそんなことを?」
「まー言ってみれば、バカ騒ぎしたいからかな? やっぱこういうお祭りの日は騒がないと損でしょ?」
「ふふ、なんか秋山くんらしいね」
昔の煉も子供っぽかったけど、今でもそれは変わらないんだね。それにしても規模がでかすぎると思うけど。
「あー、そうだ。このことはくれぐれも秘密にするように」
『秘密』という言葉に嬉しさが私の心に立ち込めた。これはごく少数の人しか知らないこと。それを知れて、嬉しくて仕方がなかった。それに、これで私と煉は友達にまた一歩近づけるのだから。
「うん、大丈夫、秘密にするから」
「ああ、頼む」
それから私たちは本来やるべき仕事をサボり、このクリパを楽しむことに全力を注ぐこととなった。とりあえず危険地帯の私たち1年生の階を避け、とりあず近場の体育館での催しなどを見に行くことになった。なんか、こういう見つからないようにこっそりと行動しているのが、なんとなく警察なんかから逃げてる悪者みたいで、背徳感があった。でもこうしてると、あの頃の私と煉を思い出して、少し楽しくもあった。そんな気持ちに苛まれながらも、私は煉と共にクリパを楽しんでいた。
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時間が経つのは早いもので、気がつけば時刻は17時を回っていた。その間も、朝に行けなかった煉のお姉さんのクラスの劇なども見て回っていた。今日は完全に煉と2人きりで、まるで恋人みたいにクリパを堪能できた。それが嬉しくて、嬉しくて仕方がなかった。だから帰るのが惜しく、まだ煉と離れたくなかった。だから――
「――ねえ、秋山くん。このまま一緒に、帰らない?」
私は勇気を出して、そう煉を誘ってみることにした。そうやって直接誘うのは恥ずかしかったけれど、今日はとことんまで攻めたかった。まだまだ2人だけの時間を過ごしたい。その時間を存分に楽しみかった。せっかく2人の仲も進展を見せ始めているのだから、ここで終わるのはもったいない。
「うん、別にいいけど」
それに、快く了承してくれる煉。それを受け、私は天にも昇るような気持ちだった。理性がなかったら、そのまま抱きついてしまっていたかもしれない。でもそれほど煉との一緒にいられるのは、嬉しい。祭り効果からか、それとも煉と一緒にいるからか、いつになくテンションが上がっている私は、そうだとは思いもしないであろう煉と共に帰ることになった。
「うぅー……外寒いねぇー……」
この時期のこの時間帯ではもう既に外は暗くなって、外気温もかなり冷え込んでいた。防寒具はしているけど、それでも寒かった。私は腕をさすりながら、煉にそんな会話を投げかける
「だなぁー……こたつが恋しい」
煉も煉で、同じように寒そうな仕草をして、そう答える。
「うん、そうだねー」
そんな他愛もない会話をしながら、私たちはいつもの帰り道を歩いていく。そういえば、今冷静になって考えてみると、これが人生で初めての煉との下校になるわけだ。そう考えると、なんか途端に緊張してきてしまう私がいた。だからさっきまで出来ていた普通の会話も、テンパって何を話していいかわからなくなってくる。そして隣を歩く煉も煉で、何か考え事をしているようで、私に話しかけてはこなかった。煉は今、何を思っているのだろうか。ふと、そんなことが気になってしまう。私のこと? それとも……別のこと?
「あっ、雪だ……ホワイトクリスマスだね」
そんなことを考えながら歩いてると、空から、まるで私たちへの贈り物のように真っ白な雪が降り注ぐ。これだけ冷え込んでいたから、もしかしたら降るかもと思っていたけれど、ホントにそうなるとは思わなかった。
「たしかに、朝は結構晴れてたのになー、きっと神様が空気読んでくれたのかな」
「ふふ、そうかもね」
私と同じように、恥ずかしいことを考えている煉。それがちょっとおかしかった。
「あっ、そうだ。岡崎って今日誕生日だったよな、おめでとう」
そんな折だった――煉はまるで記憶を取り戻したみたいに、そんな衝撃的な発言をサラッとしてくる。
「えっ……? なんでそれを……?」
私はそんな天地がひっくり返るような発言に、思わず固まってしまう。あまりにもそれが衝撃的すぎて、まともな思考できずに混乱していた。煉も煉で、同じように固まっている時点で、無意識だったのだろう。
「あっ、えーと……い、いいい、
この止まった状況を打開するため、煉はこの短時間で必死にもっともらしい答えを
「あっ、あぁー静ちゃんに教えてもらったんだ……」
これ以上、話がこじれてしまってはいけない。それにこのまま空気を読まずに会話を続けてしまえば、気まずい空気になるのは間違いない。それだけは避けたかった私は、煉に話を合わせることにした。でもね、煉。残念ながら、私は静ちゃんにも、もちろん七海ちゃんにも誕生日は『まだ教えてない』んだよ。だからそれは、煉自身が覚えていたことなんだよ。
「そっ、そう、だから知ってたの」
「なーんだ、急にいうからびっくりしちゃったよー」
私が話を合わせた事で、うまく話の流れが出来たようだ。気まずい空気になるのも回避できた。私も軽く笑いながら、話を続ける。
「はは、ごめん、ごめん。だからさ、受け入れたの」
「えっ?」
「岡崎にとって最高の一日なればなと思ったから。石川の頼みを受け入れたの」
「そう……なんだ……」
その言葉に、嬉しくも恥ずかしい気持ちに苛まれる。でも、煉。絶対それ今考えたでしょ。私には分かるんだからね、だって煉は私の『幼馴染』だから。でも嬉しいよ、煉。心からそう思って言ってくれてるの、分かるから。ありがとう。
「岡崎にとって、今日は楽しかった?」
「……うん、最高に楽しかったよ!!」
そのあまりの嬉しさが抑えきれず、もう表に出てしまうほどだった。それほど煉がそう言ってくれたのが、嬉しい。だから煉のその質問に、私は満面の笑みで返す。
「そういってもらえると助かるよ、ホントおめでとう」
「あっ、ありがとう……」
改めて、面と向かって誕生日を祝ってくれる煉。それに思わず照れて、俯いてしまう私がいた。やっぱり他の人にいくら『おめでとう』と言われても、もちろんそれも嬉しいけど、煉に、私の一番好きな人に言われるのには敵わない。嬉しくて、幸せで、ホント最高の一日だ。そんな風に、私が幸せを噛み締めている折、隣の煉はどこか時計に目を向けて何かを待つような仕草をしていた。それに不思議に思いつつ、ふと煉の見ている方向を目で追うと――
「――なにあれ?」
学園の、付属棟の方からゆっくりと光が空へと向かって上がっていくのがわかった。それを首を傾げながら見続けていると、パーッと花咲いて、キレイな彩りを見せた。花火だ。こんな冬に、しかも雪が降り注ぐ中、でもそれが新鮮でとてもキレイだった。しかもこの並木道からは学園まで遮るようなものはなく、最高の眺めになっていた。
「よしっ、成功!」
それに、煉はまるで子供のようにガッツポーズを決め、喜びを噛み締めている。たぶんこれも煉と木下くんの『遊び』なのだろう。それがさっきの言動と、今のそれでなんとなく察しがついた。それにしてもこんな大掛かりな『遊び』を用意できるなんて、煉ってすごいなぁ、と思う。そんなことを思いながら、私はその花火を見つめていた。
「キレイ……」
光のつぼみはどんどん連発で発射され、上空へと舞い上がり、花開いていく。この滅多に見ることのできないこの風景に、私はただただ心が奪われていた。でも流石に生徒だけでの企画だからなのか、いつもの花火大会とかの時間よりも遥かに短く終わってしまった。まだその花火の感動が冷めやらぬ中、私たちは再び歩を進め、それぞれの自宅へと向かっていく。私はそれから今日のことを振り返り、あることを思った。
煉ともっともっと仲良くなりたい、そして出来ることならば――
もう過去のことなんて――どうでもよくはないけれど、でもそれは関係なしに煉との関係を進めていきたい。私は今日、一日『今の煉』に触れてみて、気づいたことがある。『昔の煉』も好きだけど、今の彼も同じぐらい大好きだ、ということだ。だから――
「――じゃあ、また明日ね、煉くん!!」
だから私は煉との別れ際、そう彼の名前を呼び、新たな一歩を歩み始める。呼び捨てはまだ、煉がビックリしちゃうから。そしてついでに明日来てほしいということもさりげなく付け加えておいた。『明日ね』と言えば、流石に煉の意識の中にも『ミスコン』が出てくるだろう。後はもう
「おっ、おう! じゃあな!」
その私の挨拶に、ちょっと不思議そうな顔をみせつつ返事をする煉。そして私たちはそれぞれの家の方へと、帰っていくのであった。
「――ふふっ、効いてる効いてる」
1人で家まで帰る道中、私はあの煉の顔に少し笑ってしまっていた。たぶん煉はきっと、私が呼び方を変えたことを疑問に思っているはず。それは表情だけでわかった。つまり、煉は私の思惑通りに動かされているというわけ。それがちょっと楽しくて、面白かった。それにしても今日、私はまた一歩、煉に近づくことができた。もう恐れるものなんて何もなない。ただただひたすらに攻めていこうと思う。恋敵は多そうだけれど、なんとか頑張って、煉の想い人になれるように頑張ろう。そのためにもまずは明日のミスコンを、圧倒的に私が不利だけれど、頑張って優勝しよう。そして煉と一緒に……私はそう覚悟を決めて、自宅へと帰っていった。
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