4話「突きつけられた現実」

 それから私はれんおびえて臆病になってしまい、必要最低限の言葉以外、煉とは話さなくなってしまっていた。煉に触れれば触れるほど、見たくない現実が見えてきてしまう。それが嫌でしょうがなかった。だから私はそれから逃げるように、煉を避けるようになってしまっていた。ホントはこんなはずじゃなかったのに、本来なら今日で『普通に話すクラスメイト』ぐらいまで行ければと思っていたのに。現実はそう甘くはないようだ。そして気がつけば、もう時は放課後となっていた。私はしずかちゃんにつれられて、オカルト研究会の活動を見学させてもらうこととなった。でも、やはり心ここにあらずといった感じで、その内容はまるで頭には入ってはこなそうだ。こういう言い方は失礼だけれど、今は1人になりたい。誰もいない静寂の空間で1人、閉じこもりたい。それほどまでに今日の出来事が私に重くのしかかっているようだ。


「――はぁー……」


 1人寂しく歩く、帰り道。静ちゃんたちには申し訳ないけれど、私は適当な理由をつけて逃げてきてしまった。もう1秒でも早く1人になりたかった。この内に抱えているものが、今にも溢れ出しまいそうだったから。初日そうそうから友達の前で泣くなんてこと、かっこ悪くて出来ないから。


「はああー……」


 さっきからため息しかでない。足取りも重い。世界がまるで色を失ったかのように色あせて見える。朝通った並木道の感動も、この傷のせいかまるで何も感じることはなかった。むしろこの枯れ果てた木々が私を表してるかのように思えてくる。希望という花が全て散ってしまい、後はもう枝だけという絶望になってしまったみたいな。その姿に哀愁が漂うのも、それっぽい。たぶん今の私は傍から見ると、相当哀愁が漂っていることだろう。


 どうしてこんなことになってしまったんだろう。こんなはずじゃなかったのに。でもこれは『誰のせい』でもない。こうなってしまったのは、別に私をこんな風に苦しめるためじゃない。偶然が重なって、こうなってしまっただけ。でも、だからこそこのやり場のない気持ちが悔しくて、腹が立つ。


 もう早く帰ろう。こうして1人で歩いていると、どんどん考えなくていいことまで考えてしまって、負の感情が私の心を侵食していく。それを抑えようとして、おかしくなりそうだ。そう決意し、私は早足で帰ることにした。転校初日からそうそうなんとも暗く、重苦しい下校風景となってしまった。



 帰宅後、すぐに私は自分の部屋へと行き、着替えもせずにベッドに突っ伏す。そして頭の中で、あの頃の記憶を思い起こしてみる。幸せだったあの日々のことを。それで気を紛らわせようと思った。あの時のことを思い出せば、今の傷ついた心も少しはえるはず。


 私と煉との出会い。男子たちにいじめられていた私を、まるでヒーローみたいにかっこよく救ってくれた煉。それが始まりだった。私が怖いのが苦手なのを、バカにもせず受け入れてくれた。それから何かにつけては私を守って、助けてくれた。そんなかっこいい煉が大好きだった。煉の無邪気な笑顔、優しいところ、ぜんぶぜんぶ大好きだった。それなのに――


「うっ……うっ……ねえ煉、あの頃の煉はどこに行っちゃったの?」


 逆効果だった。昔のことを思い出せば思い出すほど、目から悲しみの涙が溢れ出してくる。今、この時だけは記憶を失くした煉を忘れたいのに、煉との思い出を呼び起こす度に、今日の出来事がフラッシュバックしてしまう。そのせいで、溜めていたもの、必死に抑え込もうとしていたものが限界を超え、溢れ出てきてしまう。悲しい感情はとどまることを知らず湧き出て、私の心を完全に飲み込んでしまう。


「返してよぉ……あのころの煉を……返してよッ!!」


 握り拳でベッドを叩きながら、子供みたい1人でそんなわがままを叫ぶ。でもそれは叶わぬ願い。現実はあまりにも残酷で、私を苦しめてくる。分かっている。あの頃の煉は今の彼の中には『もういない』なんてことぐらい。でもそれが悔しくて悔しくて、このたまりにたまった負の感情をベッドに何度も叩きつけていた。


「――はぁー……」


 それからどれぐらいの時が経ったのだろうか、これでもかというぐらい散々泣いて、いよいよ涙も枯れた。心の中に溜めていたものを涙として吐き出したからか、ちょっとスッキリしていた。でもそれはただ雨が止んだだけ、まだ私の心は黒雲に覆われたまま。これを完全に晴らすには、まだまだ時間がかかりそうだ。それに現実問題、解決しなきゃいけないことがいっぱいある。これからの煉との関係――どう煉と接していって、どう元の状態へと戻していくのか。そして煉の失ってしまった記憶の問題。私は仰向けになって、左腕を目に当て、これからを考えてみる。すると、自然とお母さんが言っていた言葉を思い出す。


『何事もポジティブに』


 そうだ。もう煉が記憶がないのは現実なんだ。これは紛れもない事実。だからそれを私がちゃんと受け入れてあげなきゃいけないんだ。それに、私と煉には10年ものブランクがある。その空白の期間、私も変わった。煉も変わった。だからお母さんが言っていたように、また1から仲良くなろう。もう一度、やり直そう。そこにはまだ、ポジティブに考えられないほど辛い事実があるかもしれないけど、煉と『転校生』として向き合っていこう。それにまだ私には希望の種がある。今日、煉が私と会ってきっと感じたであろう既視感。それは記憶が取り戻せるという、たしかな『証拠』なのだから。まだチャンスはある。煉は完全に記憶を取り戻せなくなったわけじゃないんだ。それは時間がかかるかもしれない。でも、私も出来る限りのことはして、それを待っていようと思う。一番大好きな人のことなんだもん、一番に信じてあげなくちゃ。


「よしっ!」


 私は頬を両手で思っきり叩き、気合を入れ直す。私は煉を好きということを諦めない。『今の煉』と仲良くなってみせるんだから。そして、頑張って記憶も取り戻してみせるんだから。そう決意を新たにし、私はいつもの生活へと戻っていた。

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