3話「哀しき再会」

「――ほらー席付きなさーい」


 本鈴が鳴り終わるぐらいのタイミングで、戸松とまつ先生は教室の中へと入ってくいく。わざと教室のドアは開けたままで。そして教壇についたところで、先生はどこかニヤニヤした表情でみんなを見つめていた。


「今日はみんなに転入生を紹介します、入ってきて」


 いよいよ来てしまった、この時が。それに私の心臓の鼓動が早くなっていく。なので私は一度、軽く深呼吸して、教室の中へと入っていく。どうしよう、今ちょっと緊張で見ることができないけれど、たぶんれんは歩く私のことを見つめているはず。そう思うと、余計に緊張してきてしまう。大丈夫かな、うまくできるかな。すごく不安だ。


「まずは自己紹介して」


 私が先生の隣に立つと、先生が私にそう合図をする。私は黒板の方へと振り返り、チョークを持って自分の名前をでかでかと書いていく。


「――私の名前は岡崎おかざきしおりです。早くみんなと仲よくなれるよう、がんばりたいです! よろしくお願いします!」


 そして振り返り、みんなに挨拶をする。そんな最中に、私は目で煉を探していた。結構な大人数だったけれど、意外にも煉をすぐに見つけることができた。だってその隣の席が空席だったから。あれは間違いなく煉だ。10年ぐらい経って、大人っぽくなってるけど、顔は変わってない。昔の、あの頃の、記憶の中の煉とおんなじだ。言うなら、あの頃の煉がそのまま大きくなったみたい。そんなことを思いながら、挨拶を済ませて、私はお辞儀をする。すると、みんなから歓迎の拍手を受ける。そしてお辞儀から元に体勢に戻り、ふと煉を見つめると、彼はどこか怪訝けげんそうな顔をして、私を見つめている。


『もしかして、私のこと――?』


 そんな淡い希望を抱いてしまう私がいた。でもきっと、そんなことはないだろう。あってもお父さんが言っていた『記憶が漏れ出す』状態なのだろう。ここではむやみにポジティブな考え方をしちゃダメ。余計に悲しくなるだけだから。


「これからは、あそこの席が岡崎さんの席よ」


 そんなことを思いつつ煉を見つめていると、先生が煉の隣の席を指さしてそういった。私はそれに軽く返事をして、その席へと歩いてく。煉の方はまだなにか考え事をしているようで、どこか遠い場所を見ているような感じだった。


秋山あきやま煉くんだよね、よろしく」


 席に着き、私はいよいよ煉に話しかける。これが実に約10年ぶりの会話。なんか、そう思うと感慨深いものがある。でも何度も言うけど、今の彼は私のことを覚えてはいない。だから正直なところ、煉の返ってくる反応が怖くて怖くてしょうがなかった。


「よろしく、でもなんで俺の名前わかったの?」


 やっぱりその反応はあの頃のような、懐かしい記憶の中のそれではなかった。また怪訝そうな顔をして、そんな質問を投げかけてくる。


「えっ……そっ、それは……」


 そっか、それで気がついた。煉からすれば、私とはこれが初対面。だから『名前』すらも知らないと思っているんだ。その質問に対する、うまくごまかせる答えを用意していなかった私は、言葉を詰まらせてしまう。それにしても、関係のリセットってホント怖い。彼は本当に『あの頃の工藤くどう煉なの?』って思えてくるほど、目の前にいる彼は他人のようにしか思えなかった。それはまるで、『煉』という仮面を被った別人のような感じがした。


「あーそうだ秋山。あんた、岡崎さんを昼休みにでも学園案内してあげなさい」


 そんな気まずい私たちに、助け舟をだすかのごとく、先生がそんなことを言ってくれる。これも事情を知っている故のサポートなのだろうか。


「えーかったるいなぁー……それに別に俺じゃなくても委員長が――」


 その先生の言葉に対する煉の反応に、なんとなく昔の煉の面影が見え始めてきた。そういえば、あの頃の煉もめんどくさがり屋だったっけ。よく煉のお母さんに、それで怒られてたのを今でも覚えてる。


「たまにはあんたも仕事をしなさい」


「……分かりましたよ……じゃあ俺がやりますよ、はぁー……」


 そのやり取りに、私は内心1人で笑っていた。そのやり取りが、まさにあの当時のお母さんと煉のやり取りそのものだった。それが懐かしくて懐かしくて、やっぱり彼はあの『工藤煉』なのだ、と再認識する。でも再認識してしまうと、悲しい事実が私の中へと入ってくる。


『工藤煉は私に関する記憶を無くしている』


 この事実が現実味を帯びてきてしまうのだ。もちろん、それは事前に知っていたことだし、私の中でそれを受け入れて覚悟は出来ているつもりだった。でもこうしていざ面と向かって、その事実が突きつけられると、辛いものがあった。


「――あのさ、俺、君のことなんて呼べばいい? 名字でいいよね?」


 それからホームルームが終わり、私が1時間目の準備を始めようとした時、意外にも煉がさっそく話しかけてきてくれた。


「あっ……うん、じゃあそれで……」


 でも煉のその言葉は、無自覚に私の心を締め付けてくる。名字呼びなんて、煉に一回もされたことなんてなかった。でも、まさか今日出会ったばかりの女の子を『栞』なんて呼んでくれるはずがない。仕方がないとはいえ、煉がどこか遠くへ行ってしまったみたいで悲しかった。


「俺は岡崎の好きなように呼んでいいから」


「うん、わかった」


『――でも『煉』って呼んだら嫌がるんでしょ?』


 なんて、心の中で煉にあたってしまう私がいた。もはや私はこの数分の間で、ちょっと煉と話すのが怖くなってきた。話せば話すだけ、私の心が痛みに、苦しみの声をあげる。先生が言っていた通りだった。流石は『先を生きる人』だ。あれだけシミュレーションして、大丈夫だと思っていのに、現実はそれの遥かに上をいった。煉の声による一言は、頭の中で並べた言葉と比較にならないほど、私の心をボロボロに引き裂いていった。そんな辛い時を遮るように、転校生が珍しいのか、話しかけてきてくれる子がいた。


「はじめまして、私石川いしかわしずかっていいます!」


 満面の笑みで、私に自己紹介をしてくる石川さん。


「私は高坂こうさか七海ななみです!」


 石川さんと同じくらい笑顔で、そう自己紹介する高坂さん。


「うん、よろしくねー」


 よっぽどクラスメイトさんたちとお話している方が、私には心地が良かった。これはしばらくは煉との関係を修復するのは難しそうだ。そんなことを心の中で思っていた。


「でも珍しいね。こんな時期に転校だなんて」


 そんな会話の中、石川さんがそんなことを言ってくる。


「うん、ちょっとお父さんの仕事の関係で……」


 『煉に会いに来た』なんてバカ正直に言えるわけないので、適当な理由をつけてごまかす。実際、お父さんの仕事が落ち着いたから、帰ってきたわけだし、嘘はいっていない。


「しかもこの島に転校してくるなんて!」


 高坂さんが続いてそんな気になることを言ってくる。


「え、そんなに珍しいの?」


 私が前いた高校でも、転校してくる子、転校していく子はそう珍しくはなかった。ここは離島ということもあってか、やはり珍しいのだろうか。


「うん、奇跡レベルだね!」


「えぇー……」


 『奇跡』とまで称されることに、ちょっと不安になる私がいた。そんなにこの島には外から新しい人は来てないのだろうか。私たちも結局は『出戻り』で、島に帰ってきた人たちだし、やっぱりお父さんが言っていたように『田舎』だから住む人がいないのだろうか。


「でさ、私たちオカルト研究会に所属してるんだけど――」


「オカッ――!?」


 それを聞いただけで、様々な恐ろしいものが脳裏をよぎっていく。もはや私は背筋が凍るような思いだった。


「で、こんな時期に珍しい転校生って興味あるんだ! よければ何かの縁で仲良くなろうよ!」


「うん、ありがと。私も新しい学校で友達できるか不安だったから」


 12月、クラスのグループ関係なんてとうの昔に出来上がっている時期。お父さんの仕事が落ち着いたのが今頃だったから仕方がないとはいえ、そんな時期だから新しい学園で友達ができるか不安だった。だからこうやって、不純な理由でも話しかけてきてくれる人は嬉しかった。彼女たちの所属している部活は、ちょっと怖いけど、それでも仲良くなりたいなと思う私がいた。そんなわけで、私は静ちゃんと七海ちゃんとお友達になったのであった。



 それから静ちゃんや七海ちゃんたちから、この学園のこと、授業のことなんかを教えてもらったり、逆に私が本土で通っていた学校のこととかも話したりして、交流を深めていった。そして気がつけば、もう4時間目が終わり、お昼休み。私は静ちゃんと七海ちゃんたちと一緒に机を合わせてお昼を食べていた。そんな中、ふと煉の方へ目線を向けると、彼がこちらへと向かってくるのがわかった。


「私……えと、秋山くんに案内してもらいに行くから、ごめんね」


 結局、煉のことは『名字呼び』で呼ぶことにした。ただ私の中では煉は『工藤』で通っているから、『秋山』という名字になかなか慣れない。


「うん、いいよー」


 そう断りを入れて、一旦お弁当を片付け、煉の元へと歩いていく。


「あれ、いいの? まだ昼飯途中だったぽかったけど?」


 煉は私に気づいたようで、そんな気遣いをしてくれる。やっぱりその優しい一面も、昔から変わっていないみたいだ。よかった。優しい子のまま育ってくれて。なんて、お母さんみたいなことを考えていた。


「うん、秋山くんに悪いし」


 それから私たちは教室を後にして、煉の案内のもと、校内を見て回ることとなった。ただその道中、まるで会話がない。学園の説明ぐらいで話しかけてきてくれるけど、それもなんか業務的。それに私からはもうこれ以上傷つくのが嫌だから、むやみに話しかけられない。こうした負のスパイラルのせいで校内を、男女2人で、無言で歩いてる、そんな変な光景になっていた。


「――あのさ、俺ってどこかで岡崎に会ったことあったっけ?」


 おおまかに一通り案内してくれたとこで、珍しく煉から案内以外の言葉が出る。


「えっ……?」


 それに思わず足を止め、煉を見つめ、驚いてしまう。やっぱり煉にも私という『刺激』が加わって、過去の記憶を思い出し始めているのだろうか。たぶん、最初に私が挨拶した時に煉がしていた『怪訝そうな顔』――あれはきっと私に『デジャブ』のようなものを感じてそんな顔になっていたんだ。ただそれでも、今の煉の表情からみても、どうもまだ半信半疑で確信には変わっていないようだ。まだ『完全に』とは言えないものの、お父さんの言ってた通り、やはり記憶を取り戻せるようにはなっているんだ。


「いや、何かどこかで会ったきがするだけど、思い出せなくてさ……」


「きっ、きっと人違いだよ」


 でも、ゴメンね、煉。私からその事実を直接は言えないよ。やっぱりこういうことはちゃんと『自分の手』で見つけてほしいから。私からただ事実を告げられるんじゃなくて、自分で探して、自分で掴み取ってほしい。


「……そっかそうだよね、覚えてないわけないもんな」


「そっ、そうだよ!」


「ごめん、変なこと訊いちゃって」


「ううん、大丈夫だよ」


 でもこれで『会ったことがない』と確信しちゃったらマズいなぁ。思い込みってよく勘違いを引き起こすから。昔会った事実が見えてきても、その思い込みで、疑いになるまでに時間かかるだろうし。その勘違いを解消するのに、また手間がかかっちゃうだろうし。そんなことを考えていると――


「あっ、鳴っちゃったね……チャイム」


 どこまで案内してくれたのかはわからないけれど、お昼休みは終わってしまった。たぶんその言動から、まだ全て回りきっていないみたいだ。でも煉はたぶんめんどくさがりだから、これで終わりなんだろうな。


「うん、そうだね。教室戻ろっか」


「だね」


 私たちはそのまま教室まで戻ることになった。その道中も、何かを考えているような仕草をしている煉。でもきっと私のことではない、別のことだと思う。どうせ私のことなんてもう、そこら辺のクラスメイトと変わらない存在なのだから――

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