第4話 ツレ
ヒナタには同じクラスにオフジと呼んでいる友達がいた。入学して初めてのホームルームで席が隣だった生徒だ。
元々転校生に近いヒナタだが、そんな事で遠慮するヒナタではない。
「あんた、名前なんやったっけ?」
ヒナタは隣の席の生徒を突っついた。
「え?佐々木やけど」
「佐々木なんて言うの?」
隣の生徒は何やいきなりとあからさまに眉を
「フジオ」
「ふじお?」
「男ちゃうで」
「それは判るわ。どんな字?」
「藤井さんの藤に中央の央でフジオ」
「ふうん、ちょっとタカラヅカみたいやなあ」
その一言はその生徒の顔を
「まあね。お母さん好きやからなあ宝塚」
「へーえ、あたしのお母さんなんかキティちゃんやけど」
「えー、ヤンキーみたい」
「そう、そうやねん。元々ヤンキー。今もそれっぽい」
「あんたは似てへんけどなあ、ってあんた誰やったっけ?カケ…」
「掛川ヒナタ」
「そうそうヒナタ!眠くなりそうやって思ててん。せやけどちょっと目のところ、塗ってる?」
「判る?目だけやけどな。ちょっと大きく見える」
そう言いながらヒナタはペンケースからアイライナーを取り出した。
「アイシャドウ塗ってからちょっとこれ引くだけ。それも百均!」
ヒナタの瞳を覗きこんでフジオは言った。
「目と髪が似合ってるわ。あんた髪きれいやな。真っ黒で」
「ふふん、ヒナタでええよ。あたしはオフジにするわ。るろ剣にも出て来そうやし。ほんで髪はな、絶対このままにすんねん。長い黒髪って女の命や思うてるから」
「ふうん。ウチはもうちょっと明るくしたいな」
「染めたら怒られるんちゃう?さっき先生なんか言ってたし」
「チャンスは二学期。夏休みに日焼けしましたーって言うねん」
「そこまで考えてんの?執念やなあ」
宣言通り、2学期からは少し茶色になったオフジの髪の色は、秋の深まりとともに徐々に薄くなった。連続写真で撮ると、きっとグラディエーションに見えただろう。勿論担任からは注意を受けたが、オフジは「いやー、段々薄くなってきちゃってえ、先生の頭と一緒ですねー」と堂々と誤魔化した。
2年生でも同じクラスになった二人は、ヒナタの部活が休みの日は一緒に帰った。剣道部は土日を入れて週休3日だったのだ。
剣道部の練習は体育館だ。公立中学には専用の武道場なんてないから体育館を他のクラブと交代で使う。一週間のうち剣道部か使えるのは二日ほどで、他の日は他の場所を校内で探すのだが、素振りだけにせよ竹刀を振り回すのだから天井が高く、モノが少ない場所に限られる。そう言った場所は同じ事情の他の部と取り合いになる。そこで剣道部はブラック部活対策と言う名目もあって平日も週に1日は休み、土日と合わせると週休3日とした。しかし、根が真面目なヒナタは、こんなことでは強くなれないと、練習が休みの日は竹刀だけを持って帰って団地の階段の下で素振りを心掛けていた。
「オフジ、帰ろ」
「うん、今日練習休み?」
「そう。昨日バスケと入れ替わったから今日が休み」
「そっか」
オフジとは横断歩道を渡るところまでは一緒だ。ヒナタは竹刀袋を肩に担ぎ、スクバをブラブラしながらオフジと喋る。
丁度路線バスが来て、同じ年頃の女の子が降りてきた。制服は校区が隣接する栂東中だ。オフジが急に立ち止まった。
「あれ、どうしたん?」
ヒナタはオフジを見た。オフジの目が尋常じゃない。その視線の先にはバスから降りてきた栂東中の女子生徒がいた。
突然オフジが叫んだ。
「何しに来たんよ」
相手の女子生徒も答える。
「私かて用事くらいあるわ。あんたには関係ないやろ」
いきなり喧嘩腰だ。ヒナタは少々驚いた。オフジって普通の子じゃないの?
栂東中の女子生徒はすれ違いざま、オフジの足を踏んで行った。
「いったー!何すんのよ!」
オフジが振り返ってその女子生徒を掴もうとしたが、女子生徒は振り向きざまにスクバを振り上げた。しかしヒナタはその動きを読んでいた。素早く一歩出たヒナタは短く持った竹刀で相手の女子生徒の手首を打った。スクバはその場に落ち、女子生徒は手首を押さえてしゃがみこんだ。
「いたっ、おまえ関係ないやろ!」
きつい目でヒナタを見上げる。
「あるわ。友達やもん」
「何やねん、えらそうに」
言い捨てて栂東中の生徒は足早に去って行った。
「ヒナタありがと。助かった。凄いなあ、さすが剣道部」
「ううん、足立先生には内緒よ。武道は喧嘩の道具ではないって一番最初に言われたし、そんなにきつくは打ってへんから何ともない思うしな。でも、あれ誰?宿敵?」
「まあね。小学校一緒で、5年位から仲悪いねん。引越して東中行ってる子やけどいちいち突っかかってくるんよ」
「ふうん。なんでやろ」
「ちょっとね。バレンタインでいざこざあって」
「へーえ、女子っぽい話」
「女子やもん」
「中学別なんやからいい加減忘れたらいいのに」
「まあねえ。ウチはどうでもいいけど、あの子しつこいんよ」
「ふうん、根に持ってんのかな。今度は待ち伏せされるかもよ」
「それやったらヒナタも気ぃつけや。もう覚えられてるで」
「あの子の用事の予定を聞いとかなあかん」
「今日は多分塾やから大丈夫やと思う」
「へえ!あんな乱暴やのに塾?」
「そう。山木さんが一緒の塾で、ウチの事いろいろ聞かれた言うてた。そもそもクラスで塾行ってないのってウチとヒナタ位よ」
「えーそうなん?」
「うん、多分。ヒナタは賢いから行く必要ないやろうけどウチはなあ・・・。そのうち行かされそう」
「ふうん」
「なんでヒナタって成績いいんやろって時々思うわ。お化粧してるし剣道もずっとやってるし勉強してそうにないし」
「失礼やな。試験前は勉強するよ、あたしかて」
「まあヒナタヤマはよく当たるって信望あるもんなあ」
「だってすぐ判るやん、先生の授業中の雰囲気見てたら」
「それが判らへんのよ、普通は」
「剣筋見極めるのと同じやけどなあ」
「うわ、また剣豪トーク」
「あたしのお母さん、高卒で就職したけど雪原高校やし」
「そうなん?凄いやん」
「雪高でヤンキー」
「聞いたことないわ、秀才のヤンキーって」
「お化粧もして、すっごい長いスカート履いてたって。昔やから」
「似たもの母娘やねえ」
「自分でも時々そう思う。アイシャドウは借りてるし、『師匠!』って呼んでるねん」
オフジは本当に珍しそうにヒナタを見た。
「ヒナタ、やっぱりあんた変わってるわ。でも大好きやわ、そう言うの」
「はは、有難う。持つべきは友達やな」
「うん。また喧嘩の
「えー、あたし破門になるう」
「そしたら一緒に塾行こう」
変わってるのはオフジの方だ。ヒナタはちょっと涙ぐみそうになった。宿敵がいて髪を染めたがって、まだまだ他にも引き出しがありそうだ。自分から積極的に友達を作ろうとしたことないヒナタだったが、引っ越して来て1年、こうやって友達にも恵まれた。剣道部にも結構いい奴がいる。こう言うのって小さな幸せって言うのかな、オフジに手を振ったあと、竹刀袋を揺らしながらヒナタは団地の階段を駈け上がった。
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