第3話 引越

 ヒナタは中学に上がると同時に市営団地にやって来た。これまで住んでいた団地は建直しのため取り壊すことになり、建て直した後は家賃が倍になるためヒナタの両親は住み続けることをあきらめ郊外の市営団地にやって来たのだ。住んでみると悪くない。中学校も近かった。友だちは誰もいなかったので転校生のようだったが、コカゲとは対照的に負けん気が強く活発なヒナタには苦ではなかった。


 しかし郊外のゆったりした気風の中では、街の真ん中で育ったヒナタは周囲から一歩引かれた。何しろ目の周囲には薄い化粧をしている。髪こそ地黒のままだったが、これはヒナタの信条の一つである「髪は女の命」を実践しているからに他ならない。  

 部活は剣道部に入った。理由は「るろうに剣心」が大好き ただそれだけだった。しかしヒナタは二つの点を楽観視し過ぎていた。


 一つ目は防具だ。あんな大層でしかも他では絶対使えないものなんだから学校で貸してくれるだろうとヒナタは思い込んでいた。しかし実際は個人で買わねばならなかったのだ。入部後に顧問の足立先生から説明を聞いたヒナタは悶絶した。竹刀や防具を全て揃えると数万円近くなる。ヒナタの父は植木職人だが植木を愛する余り手が遅く客受けは今一つ。いつもカオリが溜息をついていた。


「だってさ、お父さんっていちいち植木に話しかけながら剪定せんていするんよ。他の人なら一日で庭全部終わるのにお父さん三日かかるんよ。お客来るわけないよ」


 ヒナタも判らんではない。植木だって生き物なんだから、そりゃ話位聞いてくれるだろうよ。でもな父上、家族はどうなる。ヒナタも一緒に溜息ついた。そんな感じだから数万円は言い出せない。ヒナタはこっそり足立先生に相談した。恥ずかしいとは思わない。この近隣には大きな家が多いからそんなことを相談するのはあたし位だろう。だけどしゃあないやん。見栄張る方がしんどいわ。そう思って正直に話した。


 足立先生は理解があった。ネットで探しまくって全部で一万円ポッキリというのを見つけてくれた。


「モノは悪くないな。問屋や店を通さん分、下げられるんやろうな。たた名前垂の字体がPOP調でな、あんまり強く見えへん」


と笑って、親への手紙まで書いてくれた。それを読んだ宇吉は感激し、任しとけと言いながら実は「弁当の分量は半分で充分」とカオリに話していたのだ。そんなこんなで捻出された一万円を握りしめてヒナタは学校へ行き、足立先生は学校のパソコンからこっそり注文してくれた。


 もう一つの誤算は二刀流だ。ヒナタが憧れたのは「るろ剣」の四乃森蒼紫、二刀流である。しかし中学の剣道では二刀流は認められていなかった。これまた足立先生に相談したのだが試合では如何ともできない。それにそもそも普通に竹刀が振れて初めて二刀流が出来るんだと言われ、ヒナタは納得した。でもな、先生が言った。


「女子が二刀流っておもろいからよ、部活の後でこっそり稽古つけたるわ。オレ知ってねん二刀流やってる奴。お巡りなんやけどな。まあ一応振れますってなってから週イチ位で考えてやる」


 実際は中2になってから県警の巡査が時々現れて30分ばかり仕込んでくれるようになった。元々運動神経はあるし根性もある。ヒナタの腕はメキメキ上がった。巡査からは、将来県警に来いや と誘われたほどだ。


 ヒナタは成績も良かった。何しろ母親であるカオリは、公立トップ高校でベスト20位以内をキープしながらくるぶしまでのスカートを履いて化粧し、生徒指導の先生にはにらまれるが進路指導の先生には期待される稀有けうな存在だったのだ。結局カオリは高校卒業後すぐに就職し、進路指導の先生をがっかりさせ、そしてヤンママへの道を突っ走った。それは今でも続いていて、宇吉の手伝いのため軽トラの助手席に乗る時もキンキラのサンダル履きに茶髪をなびかせ、軽トラのお尻にはキティちゃんのステッカーを貼った。そしてヒナタからは時折『師匠』と呼ばれていた。一言で言えば、似た者母娘だったのだ。


「まあええけどな・・・」


 軽トラのお尻の『掛川植木店』の楷書体の横に並ぶピンクのキティちゃんを見て、宇吉は顔をしかめた。でもそんな父がヒナタは結構好きだった。

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