第2話 ヒカゲからコカゲ

 ヒカゲがやって来た松永家はお祭り騒ぎだった。待望のBaby、寝具からオムツからオモチャからあらゆるものが全力で揃えられ、ヒカゲは純白のベビーベッドで安らかに眠っていた。


「名前、どうしよう。やっぱりヒカゲちゃんじゃあんまりやねえ」


 いきなり母になった松永莉(まつなが まり)がおっとり言った。


「うーん。なんでそんな名前にしたんやろねえ。きっと意味はあると思うんやけどね。折角生まれて来たのにいきなり日陰者みたいでちょっと抵抗あるなあ」


 やはりいきなり父親になった松永勝重(まつなが かつしげ)は家具の輸入を手掛ける実業家だ。東欧から北欧にかけての、すっきりした家具の目利きが得意で、自家用車も北欧ブランド、勿論自宅は断熱性に優れた北欧住宅だ。どうみても成功者、裕福な生活を営んでいた。赤ん坊の上には早くも北欧製のベッドメリーが回っている。莉が言った。


「ねえ、やっぱりなんか想いがあると思うから、似たような感じで木影ちゃんてどう?」

「ほう、いいね。ほら名前カタカナって先生言ってたやろ。せやからそれは受け継いであげよう。コカゲちゃんで」

「うん、悪くない。なんか可愛いな、漢字より」


 元々双子だという事も全く知らない松永家の両親は、精一杯実の両親に配慮した名前をつけた。こうして戸籍には『松永コカゲ』が登録された。


 コカゲは両親の愛情をたっぷり受けながら大きくなった。小学校から自宅近所にある私立に通い、中学はエスカレータ式に上がって、やはり歩いて通える私立中学に入学した。両親の影響を受けたのかおっとり型だったが、頭もよく運動も出来た。しかしそれを振りかざすことは決してなかった。コカゲは小学生の頃からフルートを習い、中学入学時にはそこそこ吹けるようになっていたが、部活には入らず、個人レッスンを続けたのでクラスメイトもその才能には気づかなかった。時々学校の帰りにレッスンに通うためフルートのケースを持参していたが、誰もそれを詮索することはない。友人も大人しいタイプの友人がちらほら、決して騒ぎまくるような学校生活ではなかった。そして両親もそれを好ましい事と捉えていたので、総じて家庭も学校もまったり上手くいっていると言えた。

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