第18話
駐車場を後にすると、清水の舞台までに続く道が売店で賑わっている。とりあえずはお目当の品を探しつつ境内を目指す。
空が段々と夜のカーテンを閉める様に、暗くなっていく。そこに、参道の売店の明かりが、どこから懐かしい雰囲気を醸し出して、温かみのある光となっている。
とりあえず、お目当ての品がありそうな店の前で、店頭に並ぶ品々を手に取ってみる。
「うーん、脂取り紙…キャラものが良いのか、無印のが良いのか…」
「無難に無印で良くね?」
「でも、キャラ付きの方がオリジナル感あって良くない?」
「それって、誰に対してのお土産なの?」
「親、だけど…」
「だったら尚更無地じゃね?」
「言われてみればそうか…」
親が使う場面を想像すると、さすがにキャラのものは使いにくいかな…。周りの目もあるだろうから、恥ずかしくて使いにくいと困るもんね。
最も、脂取り紙を人前で使うことはあまりないと思うし、あっても、お手洗いで使うぐらいだろうから、気にすることもないのかもしれないけど…。
「「隙ありー!」」
「「いでっ!」」
突然、脳天に垂直チョップが振り下ろされた。隣の晴翔に目をやると、同じ衝撃を受けていたようだ。
「へへーん!修行が足りぬぞー!男ども!」
どうやら星宮さんと笠間さんによる一撃だったらしい。
「あのなぁ、人間の目は前にしかついてないの!」
「だから修行が足りないんじゃない!」
「修行したって目の位置は変わんねーよ!」
「目に頼るからいけないのー!」
言い合いをする笠間さんと晴翔をよそに、星宮さんはクスクスと笑っている。
と、そこにどこから声を聞きつけたのか、古賀さんが勢いよく突っ込んでくる。
「なぁーにを話してるのかなぁー?」
狂気に満ちた笑顔に、二人が戦慄する。
「笠間さんには、事情を知った上での行為で逆鱗に触れて、晴翔には、何私以外の女子と楽しそうに話してるのかで逆鱗に触れた、みたいな感じかな」
「うん、そうだね」
少し離れた位置で星宮さんとその様子を観察する。
俺たちと古賀さんはクラスが違うため、合流しにくいのだが、これならどこに居ても大丈夫そうだ。何が大丈夫なのかは知らないけど…。
合流した五人で、各々のお目当てを探しつつ、境内を目指す形となった。
しかし、未だに先ほどの出来事の収まりが悪く、晴翔と笠間さんは古賀さんに付きまとわれている。
と、いうことで、星宮さんと並んで歩けることになった。
「それにしても、星宮さんまでイタズラに参加してくるとは…」
「びっくりした?」
「まぁね、ちょっと意外だったかも。そういう一面もあるんだなぁー、って思った」
「そうでしょー?私だって、楽しいことは楽しむんだから!」
「そりゃそうだよねー」
あははと二人で笑いあう。
こういう楽しい会話はどこまでも話していたいと思った。いや、相手が星宮さんだから楽しい…のか?
境内に着くと、道幅も広くなるが、人もそれなりに多くなり歩きにくい。
清水の舞台に着くと、女子三人組が写真を撮りに行った。
晴翔と二人でその様子を見つめる。
「ずいぶん付きまとわれてたみたいだね」
「あぁ、参っちゃうよなぁ…」
流石の晴翔もちょっと、賑やか疲れな様子だった。後で古賀さんにあんまりがっつきすぎないように言っておくか…。
「そういえば、黒瀬もだいぶ星宮と話すようになったよな」
「そうかなぁ?」
「そうだと思うぞ」
正直、話すようになったという自覚はない。
以前のように、挨拶こそすれど、教室内ではまず話さない。かといってこちらから話しかけに行くのも、変な目で見られかねないので行けない。これは星宮さんも同じだろう。だからこうやって、自由になるところでなければ話は殆どしない。無論、ラインの個人部屋での会話はしたことがない。
それなのに、どうして「だいぶ話すようになった」などと言ったのだろうか。
「お待たせー!」
「なぁ、奥のほうに行ってみると、教科書の写真と同じ角度から見えるみたいだぞ!」
「え!ほんと!?行こ行こ!」
こういうときにリードする晴翔は頼もしい。まぁ、受け答えするのは全部古賀さんなのだけれども…。
晴翔がリードする姿を見ていると、俺と星宮さんをくっつけたがっている様な気がしてきた。正直、ここまで、バスの中での言葉が尾を引いていたとは、自分でも意外なのだが…。
バスの中での会話を思い返す。「素直になってもいいんじゃねーか?」というセリフがリピートされ、はしゃぎ倒している四人の中にいる星宮さんを見つめる。
素直…俺は星宮さんに恋をしているのか?恋などしていないと、無理やり思い込みたいのか?確かに、一緒に話せたら嬉しいし、顔を合わせれば心臓の鼓動も早くなる。でもこれは、思春期の体の反応に過ぎないんじゃないか?
ゆっくりと目を瞑り、感覚を自分の内側に向ける。
『健介くん、素敵…』
過去の感情と比べてみようと思ったが、やはりどこか苦しくなり、首を上によじって横に振る。こうすると首の後ろのところに力が入り、気が紛れるのだ。過去との気持ちを比べる前に、その時の気持ちまでたどり着けない。
拭った一筋の涙が、自分の無意識のレベルで、思い出すことを拒んでいるようだった。
気付くと、はしゃいでいた四人はどこかへ行ってしまっていた。恐らく先々に行ってしまったのだろう。
明るい境内、ライトアップされて幻想的な清水の舞台、活気溢れる雑踏。これだけ心が温かくなる要素があるというのに、俺は少しも満たされなかった。まるで、この世界の優しさから自分だけが切り離されたかのような感覚だ。
俺はゆっくりとバスに向けて歩き始めた。
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