第17話


 中学校三年間の行事で、一位二位を争うイベントと言えば、五月中旬の修学旅行だろう。そして修学旅行の定番といえば、京都である。


「なぁ、別に金閣って大した事なくねー?」

「晴翔ぉー、お前絶対そんな事言うなよ?」


 移動中のバスの中、後ろから二番目の右側の窓側に座る晴翔が頭の後ろで手を組み、既にしらけたアピールをする。


「次はどこ行くんだっけ?」

「えーっと、清水寺だね」

「また寺かよ…」


 修学旅行前の事前下調べで、神社やお寺が多いという事は知っていたが、団体行動でお寺ばかり回られると、明日の自主研修(という名の自由行動)で行く場所がなくなってしまう。


これまでも散々有名どころの神社やお寺を回っている。しかも、「どうせ参拝ぐらいしかしないだろう」とでも思っているのか、一箇所辺りの滞在時間が短い。おかげで周回ペースもそれなりに早くなるので、回れる神社やお寺が増えるのだ。

 そして、清水寺は最初にしわを寄せていたおかげか、ある程度の行動時間が確保されていた。

 これで明日の自由行動を自主研修と言うなら、ただ放浪するだけになってしまうのではないだろうかと、ため息を押し殺す。


「ルート的には、清水寺はもっと序盤に回ったほうが効率よく回れたんじゃねーの?」

「確かにそうだけど、多分、遠回りする理由があるんだろ。清水がライトアップしたところを見せたかった、とか、そんな感じかなぁ〜?」

「ライトアップされても、物が変わるわけじゃねーだろ」

「そんなにつまらなさそうにしなくても…」


 晴翔は比較的アクティブな人間だ。アクティブ故に、こういう神社やお寺巡りという様な静かな趣深さを感じたり、感慨にふけるということが苦手なのだろう。

 そもそも、気楽さと賑やかさ目当てで空研に入ったぐらいの人間だから、なんとなく理解できなくもない点で、反論が見つからない。

 だから、俺ができることは、晴翔の言葉を聞いたことに対して返答するぐらいとなっている。


 それ以外にすることと言えば、二つ前の通路を挟んで左側にに座る、星宮さんの様子をただただ眺めるだけだった。

 隣に座る笠間さんとのガールズトークに盛り上がっているようで、気付く気配など微塵もない。そのおかげで好きなタイミングで視界に入れては物思いにふける。


「なぁ、そういえば黒瀬って、星宮のこと好きなのか?」

「え?」


 晴翔の言葉にとてつもなく驚かされた。しかし、俺は悟られまいと石のように固まって動かないでいた。いや、正確には動けなかった。

 俺が星宮さんのことが好きか?晴翔からの問いに、再び自分に問いかける。


「あんまり怖がんなよ。そろそろ素直になってもいいんじゃねーか?」


 答えが出る前に晴翔は言葉を続けた。

 このセリフの真意は「勇気を出して告白しても良いんじゃないか?」というものではなく、俺自身が持つ、“過去の出来事”との決別、という意味である。

 要するに、「俺は星宮さんが好き」、「俺は星宮さんに恋をしている」ということを肯定すれば、過去との決別になるということだと……思う。


「考えてみるよ」


 結局はそれしか言い出せなかった。

 星宮さんに対する俺の気持ちを「恋」ではないと否定して、それが正しい俺の感情だとしても、過去との決別は必須なのだ。必須なのだが…それを乗り越える力が今の俺にあるのかどうか…。

 過去の出来事を思い出してみる。しかし、ジワジワと頭に悪い血が上っていくような感覚になり、右手で頭を抑える様にして考えることをやめる。


 その時、俺にとっては最高のタイミングでバスが止まり、到着の合図が出た。

 これで、過去のことを無考える間も無く、勝手に気がまぎれる…。


「はい、それじゃあ、一時間の自由行動を開始します。集合時間の10分前には戻ってきて着席しているように!」


 正弘先生の指示が飛ぶ。尻上がりに声の調子を上げているのは、伝えた情報の後半枠が大事だからだろう。


「黒瀬ー、お前、どうする?」

「うーん、とりあえず参道の店を見て回って、その後に清水の舞台に行こうかなぁ。家族から頼まれたお土産もあるし、先に片付けようかなと」

「なるほどな、じゃあ俺もそうすっかな」


 どちらにせよ付いてくるんだろ!と心の中でツッコミを入れる。

 しかし、晴翔は何でも御座れマンなのに、俺のペースに合わせてくれるところは本当にありがたい。古賀さんは、こういうところを見て好きになったりしたのだろうか、それともまだ知らないことなのか…。


「おーい、こっち見てないで早く降りろー」

「あぁ、ごめん」


 つい晴翔の方を見ながら古賀さんのことを考えてしまってボーっとしてしまった。

 通路側の俺が先に出なければ、窓側の晴翔が降りるのは少々困難なので、それを晴翔が促した形だ。

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