第13話

「黒瀬ってさ、何で一人称が“俺”なの?」

「はひへぇっ!?」


 予想外の質問に自分でもよくわからない奇声をあげてしまった。

 お化け屋敷の中とあって、笠間さんも流石に笑う気にはならないようだ。

 それにしても、半袖の袖をちょこんとつまみながら質問されると、恐怖とは別の意味でドキドキが…。

 

「え?一人称なんて、何でも良くない?」

「良いけどさ、なんとなく私の中のイメージでは“僕”の方が合ってると思うんだよねー、黒瀬は」


 そういうのが気になる人もいるのかと感心を寄せたところに、ちょうど不意打ちの驚かしの仕掛けが目の前で発動する。そろそろ慣れてきたのか、何も言わずビクッと体を震わせるにとどまった。


「えっと…何で“僕”の方が良いと思うの?」

「なんか、“俺”だとちょっと傲慢っていうか、自分の主張が強いイメージっていうか、そんな感じするから。でも、黒瀬は全く当てはまらないじゃん?だから“俺”呼びに何か意味があるのかなぁ?と思って」


 言われてみれば、親同士や先生同士の会話では“俺”という単語はあまり聞かない気がする。聞いた事のある一人称といえば、自分、私、僕、(赤城限定で)我、とかか…。まぁ「俺」は確かにないかもしれない。でも、クラス内でも、友人間であれば普通に俺呼びだよなぁ…。


 不意に記憶の奥底に、一つ思い当たることがあった。しかし、それは胸にしまって鍵をかけておくべきものだ。

 だから俺は、嘘をついた。


「うーん、別に意味はないけど、そんなに“俺”が似合わないかな?」

「私的には、違和感大あり。私の“俺”呼びのイメージとかけ離れてるから」

「それじゃ、慣れてもらうしかないなぁ…」


 苦笑いでその場を収める。

 こんな話をしているうちに、ゴールへ到着した。


「怜ぃ〜!」

「うわっ!どうしたの!?」


 星宮さんは出口から出てくる笠間さんを認めた途端、抱きついてきた。

 どうやら、相当お化け屋敷が堪えていたらしい。

 それを慰めるように胸の中で星宮さんの頭を撫でる。


「怖かったヨォ〜!」

「そうかそうか、ヨシヨシ…」

「怜は怖くなかったの?」

「えっと、まぁ、ね?」


 俺との視線を合わせないように言う。

 あれぇ〜?いちいち腕を掴んできたのはどこのどちら様でしたっけ?


「はぁ…水月が落ち着くまで、ちょっと休もうか」

「んじゃ、俺と黒瀬でなんか飲みもん買ってくるから、三人はここで待ってて!行くぞ、黒瀬!」

「お、おう」


 古賀さんの提案により、小休憩に入った。





 私たちは、お化け屋敷からすぐのベンチに腰掛けて二人を待つことにした。



「ごめんね、せっかく白河君と一緒だったのに…」

「ほんとだよー!水月怖がってばっかなんだもん」

「え!智ちゃん、晴翔くん好きなの!?」

「「あ…」」


 そういえば、まだ怜ちゃんに話していなかった…。


「え、あ、大丈夫!私、応援するから!」


 必死に取り繕おうとするが、智ちゃんのHPは確実に削られているようで、空いた口がふさがらない。


「智ちゃん!しっかり!ほら、怜ちゃんも協力してくれるって!」


 これでは、お化け屋敷出たときと立場が逆だ。しかし、なんとか智ちゃんを取り戻し、会話に戻る。


「そういえば、お化け屋敷入る前、黒瀬に変な事聞かれたなぁ」

「ん?何何??」


 興味ありげなのは智ちゃんだ。

 なぜ、黒瀬くんの話でそこまで食いつくのだ。と、一瞬ドキリとするが、冷静にスイッチする。


「優し過ぎる人って、どう思うかー、って聞かれたんだよねー」


 再び胸にドキリと一際大きい脈を感じる。


「ふーん、で、何て答えたの?」

「それは優しさって言うより、余計なお世話とか、お節介じゃないかー、みたいなこと答えた。まぁ、優しいなら、別にいいと思うんだけど」

「確かにー!」


 そっか、黒瀬くん、あの帰りに言ったことを気にしてるのか…。

 確かに、あれから黒瀬くんの優しさに甘えないように気をつけようとして距離を置いているけど…。


「水月はどう思う?」

「えっ?私!?」

「え、きいてなかったの?」

「いや、そんなことないよ!」


 人差し指を顎に当て、天を仰ぎながら考えてみる。


「確かに、優しいのはいいと思うけど、自分の居場所も取って代わられてしまうというか、責任すらとらせてもらえないというか、そういうのが続くと息苦しく感じる時もあるかなー。でも、それがその人の優しさって、わかるから、無下にもできないし、どう言ったら相手に伝わるのか、考えるのが難しいよねー」


 言い終わって二人を見ると、ポカンと口を開けている。


「あ、あれ?私、変なこと言った、かな?」


 無理に笑おうとして口角がぎこちなく上がるが、自分でも引きつった笑いだとわかっている。しかし、これ以上の笑顔ができない。


「やっぱり水月っち、聞いてなかったんだね…」

「え!?」

「今はさ、晴翔と黒瀬が持ってくる飲み物の予想をしてたんだけど…」

「えぇー!!」


 周囲の人から注目される程度には、大きな声が出てしまった…。

 恥ずかしくなり、うつむいて顔を手で覆う。

 やっちゃったぁー!何やってんだ!私のバカ!


「まぁまぁ、ドンマイ!」

「そうだよ水月っち!」

「うん、ありがと…」


 顔を覆ったままの精一杯の言葉だった。

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