第3話

 教室に戻る際、少し思いつきでつぶやいてみた。


「俺、美推(美化推進員の略)やろうかな…」

「はー?もしかして、紹介が胸に刺さった?」

「うーん、それもあるけど、紹介順的に美推も人少なそうだし、内申書に書いてもらえること増えるし、空研との両立も余裕かなぁ、って」

「ほぉー、ずる賢っ!」

「楽して内申書の文量増えるんだからいいだろ!むしろ効率的といってほしい!」

「ふーん、まっ、俺は別に構わねぇーけど!」


 俺は嘘をついた。

 本当はあの紹介、いや、星宮さんの歌に惹かれてしまった。

 しかし、全てが嘘というわけではない。人数が少ない委員会なので、たまに星宮さんと話が出来ると思った。だから、晴翔に対して人数のことを言った事は嘘ではない。

 空研の連中と騒がしくするより今は…。


 そこでふと、他愛無い疑問が浮かんだ。


「そういえば、晴翔ってなんで空研に入ったの?」

「ん?俺か?俺は賑やかなところがいいからな〜、かといって、大会に向けて〜とかも嫌だったしなー、委員会だと、賑やかワイワイ!って感じもしないし…。まぁ、消去法だな!」

「晴翔って、運動も勉強もなんでも御座れマンなのに、色々勿体無いし…何かむかつく」

「じゃあ聞くなや!」


 できる事が多いのに勿体無い、というのは本音のつもりだったが、オチのインパクントで、晴翔の返答がオチに対してのみのものになった。

 まぁ、真意を伝えるつもりないし、伝わるとも思わなかったけども。


「にしても、美推、斬新だったよなぁ〜、まさか歌姫の生演奏の手前、美推活動の写真をスライドで流すなんてなぁ〜」

「まぁ、色んな演出方法があるからね。斬新なのは認めるけど」

「でも面白かったよなぁ、外国語の曲に沿って、『あなたの美化活動で、この学校は美しくなる』だもんなぁ〜」

「こじつけ感は否めないけど、座布団ぐらいは取れそうだね」

 

 流石晴翔、あの外国語の曲を知っているらしい。




 放課後、俺は美化推進委員の顧問、斉藤さいとう正弘まさひろ先生に加入届けを提出しに職員室を訪れていた。

 ちなみに、斉藤先生は我が三年一組の担任でもあり、空研でも名前だけの顧問でもある。

 空研も美化推進員も人が少ないため、兼任なのだろう。

 受理はあったいう間に終わり、人のいないガラガラの教室へ戻る。

 早く帰ろうと思い、荷物をまとめていると、一つの足音が近づいてきた。


「黒瀬くん!」


 咄嗟のことでビクッとなるのは…って、なんか、このパターンには覚えがあるぞ。

 声の主は、星宮さんだった。

 初めて話しかけた時と同じく、隠す様に後ろで手を組んでいる。


「ど、どうしたの?そんなに大声出して…。」

「えっ?あっ…。」


 どうやら、星宮さんは自分で思っているより大きな声が出てしまっていたらしい。

 幸いにも、教室には二人だけ、廊下も人がほとんどいない為、誰にも聞かれていない、と思う…。


「あ、えっと、何か用、かな…?」

「…うん、あの、これ…。」

 

 そう言って後ろに組んでいた手を外し、前に出したのは昨日貸した折り畳み傘だった。


「なかなか返すタイミング無くて、放課後になっちゃったけど、荷物あるっぽいからまだいると思って、なんとか返せないかなぁって…」

「え、別に…その、わざわざ放課後じゃなくて…明日とかでも良かったのに…」

「えっと…なるべく、早く返さなきゃ、って思ってたんだけど、他の人に見られて、変な噂立つといけないから、このタイミングしかなくて…。」


 あー、そっか。クラスのみんながいる前で返すと変な噂が立ちかねないし、そしたら星宮さんも困るもんな。


「そっか!俺、返す時の事まで考えてなかったー!変な気遣いさせてごめん!」

「いや!良いの!あの時は本当に助かったし!」

「ほんと!?なら良かったぁ〜」


 ぎこちない会話をしつつ、折り畳み傘が俺の手に戻る。


「うん…それじゃあ、私、帰るね」


 星宮さんが教室のドアへ向かう。

 俺は自分の脳内にないことをしていた。


「あっ、あの!」


 俺は無意識に星宮さんの事を呼び止めていた。

 立ち止まり振り返る星宮さん。

 おーい、俺の思考回路どこいったー、帰ってこーい…。

 こういう時、誰が咄嗟に思いついた事を言わないでいられるか。


「星宮さんの歌、すごく良かった!」


 星宮さんは見事に豆鉄砲を食らったようだった。

 思考回路がお留守な俺は構わず続けた。


「俺、あんな歌、初めて聴いてさ、なんていうか、上手とか、綺麗とか、美しいとも違っててさ、いや、全部あるんだけど、星宮さんのうたぁ〜って感じがしてさ…」


 あらゆる方向に暴走した後、都合悪く思考回路が帰ってきた。

 「ハッ」とする俺の耳には「ありがとう…」と微かに聞こえた気がした。

 星宮さんにピントを合わせると、星宮さんは口と鼻を手で覆い、目が潤んでいた。

 今にも泣き出しそうな顔を見てしまった為に、俺は誤魔化すように言った。


「あ、えっと…それで、まぁ、俺、美化推進委員やる事にしたから…」


 言った途端、星宮さんの表情がパァーッとなり、顔を近づけてきた。

 この表情の変わりようはすごい…。


「ほんとっ!?」

「お、うん…。今さっき、加入届け出してきた」

「わぁー、良かったぁ〜、このクラス美推いなくてさ〜、ちょっと寂しかったんだぁ〜」

「へぇ〜、そうなんだ…でも、俺、わからない事だらけだからさ、色々教えて欲しい…なんて…」

「もちろんだよ〜!よろしくね!黒瀬くん!」

「こ、こちらこそ…」


 お互いに俯く。

 夕日の赤が俺の顔面紅潮を隠してくれることを願った。

 気を紛らわすために心ないことを言ってみる。


「星宮さんって、結構喋るんだね」

「えっ!?いや、そんな…」

「あ、ごめん!気にしないで!俺も出会ってまで数時間の人と話すのは緊張するし!」


 これは失礼な事を言ってしまった…。反省。


「そ、そうだよねー!はぁ、でも良かったぁ〜」

「ん?何が良かったの?」

「だって、自分だけ話すの緊張してる、ってわかったら嫌じゃない?お互いに緊張してるってわかると、何だかホッとしちゃって…」


 変な感じだが、激しく同意できる…。


「あはは、確かに…」

「ま、まぁ、徐々に慣れればいいよね!」

「そう、だね」


 少しずつだけど、俺は星宮さんと話す権利を得られた、という事でいいんだよね…?


 結局、しばらくは星宮さんとの会話の余韻で、一緒に帰ることは叶わなかった。

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