僕のカノジョの首が長過ぎる

小高まあな

僕のカノジョの首が長過ぎる

 小柄ですばしっこくって、妊婦さんには電車で席を譲って、自分だってそんなに力持ちじゃないくせにお年寄りの荷物を持ってあげて、クラスの子の頼みも断らなくて、

「でも宿題は自分でやらなきゃだめ! わかんなかったら教えてあげるから」

 それでいて言うべきことはちゃんと言って、頭もいい。一重なのを気にしているけれど、僕はそこだってチャーミングだと思う。

 それが僕のカノジョ、ミーちゃん。付き合ってもうすぐ一年になる。


「ヨーくん!」

 むこうの方からミーちゃんが小走りでやってくる。僕は立ち止まって彼女を待つと、走っている間に脱げかけたパーカーのフードを直してあげる。

「ありがと」

「いいえー」

 ミーちゃんは一重なのを気にしている。クラスのませた子にこっそりと、二重にする方法を聞いていたぐらい。

 でも、もっと気にしていることがある。

 それは首が伸びることだ。


 ミーちゃんとは小五になった去年、初めて同じクラスになった。その前から、ちんまりしていて、可愛い子がいるなって思っていた。いつもフードを被っていてちょっと変わった子だな、とも思っていたけど。

 同じクラスになって、中身もすっごくいい子だなって思った。

 勇気を出して告白したら、ミーちゃんってば少し躊躇ってからこう訊いてきたのだ。

「とっても嬉しい。だけど、私、ろくろ首だけどいいの?」

 ミーちゃんは、お父さんが人間で、お母さんがろくろ首らしい。つまり、妖怪とのハーフ。他は殆ど人間だけど、ミーちゃんも首だけは伸びるらしい。

 いつも被っているフードは、首伸び防止らしい。確かにフード被っていれば、つっかえちゃって首が伸びなさそうだもんね。

 フード被っていると怒られる授業中なんかに、よく頭を抱えるような、抑え込むようなポーズで頬杖ついていたのも、そういうことらしい。

 で、つまり、どういうこと?

 事態がよく飲み込めない僕に、ミーちゃんは実際に首を伸ばしてみせてくれた。ミーちゃんが、

「ほんのちょっとだけど」

 と言って伸ばしてくれた首は、一メートルぐらいの長さになった。

 正直、びびった。

「……ごめん、ミーちゃんのこと嫌いになったとかじゃないんだけど。ちょっと理解するまで待っててもらっていい?」

「うん。急にびっくりしたよね、ごめんね」

 ということで、その日は一旦保留にしてもらった。だって、可愛いミーちゃんの首が伸びるんだもん、そりゃあ、びびるよ。

 だけど家に帰ってから一人でじぃっと考えて、やっぱりミーちゃんのことが好きだなって思った。そりゃあ、ろくろ首なことにはびっくりしたけど、そんなこと関係なくミーちゃんが好き。

 それに、わざわざ僕にろくろ首だなんて言わなくてもいいのに。黙っていることもできたのに。教えてくれたこと、とっても誠実だなって思った。

 翌日、そう言ったらミーちゃんは、

「ヨーくんが真剣に言ってくれたから、私も真剣に言わなくっちゃって思ったの。それに、ヨーくんなら言いふらしたりしないって、信じてたから」

 ってにっこり笑って言った。

 ああ、本当可愛い。僕のことを信じてくれている、自慢のカノジョだ。


 ミーちゃんは首が伸びることを除けば、普通と同じぐらい、寧ろ普通よりもいい子だ。

 だけど、この首が伸びることが曲者なんだ。

 ミーちゃんにとって首は多少伸びている時の方が自然らしい。普段は無理して首をすくめている状態なんだって。だから、少し油断すると首が伸びそうになってしまう。

 例えば、

「くしゅんっ」

「ミーちゃん、首っ!」

「ふわぁぁ、ねむーい」

「ミーちゃん、首っ!」

「あははは!」

「ミーちゃん!」

 こんな風に。

 だから僕はいつも油断なく、ミーちゃんを見ている。おかげでクラスの子には、ラブラブだのなんだのからかわれているけれども、ラブラブなのは事実だからどうでもいいよ。

 授業中なんか、ミーちゃんが退屈になって、気もそぞろになっていると危ない。

 ミーちゃんより後ろの席の僕は、ミーちゃんの首が少しでも伸びると、

 かっしゃん。

「……またお前か」

「ごめんなさい」

 筆箱を床に落とす。

 ミーちゃんはびっくりした顔で振り返って、それから慌てて片手で頭をおさえる。

「本当、おっちょこちょいだなぁ」

 先生に呆れたように言われても気にしない。

「ヨーくん、さっきはありがとう」

 あとでミーちゃんがそう言ってくれるから。


 ところで、僕には高校生のお姉ちゃんがいる。

 ある日、お姉ちゃんが帽子とマフラーが一体になったものを買ってきた。毛糸の帽子の両脇に、ながーくマフラーがくっついている。帽子を被ってそのマフラーの部分を首に巻くらしい。

「どー? 可愛いでしょー?」

 わざわざ僕の前にきて、見せびらかして来る。

「うん、可愛い可愛い」

 お姉ちゃんは買った物を一通り、家族に見せたいタイプなのだ。迷惑だけど。

 僕の返事にお姉ちゃんは満足そうに頷いてから、

「ってか、あんたも似合うんじゃない?」

 何を思ったのか。その帽子をすぽっと僕に被せた。ぐるりとマフラーも巻かれる。毛糸が少しちくちくする。

「あはっ、かわいー! 女顔でよかったねー」

 楽しそうに笑いながら、お姉ちゃんはまったく褒めてないことを言う。

 女っぽいとか言われて僕は少しむっとする。

 けれども、それよりも気になるのがこの帽子。首とくっついているから、これ、フードと同じように利用できないだろうか。マフラーをきゅっと巻いていたら、首が伸びにくくならないかな。

 フードだけじゃ味気ないし、これミーちゃんが被ったら絶対可愛い。

「これ、どこで買ったの? いくらぐらい?」

「なに、あんたも欲しいの?」

 お姉ちゃんは意外そうな顔をして逆質問をしてくる。それから、ははーんと何かに気づいて、にやりと笑う。

「ミーちゃんにあげるんだ?」

 図星をつかれて、僕はちょっと赤くなりながら頷く。

「あは、生意気、かわいいー。今度ミーちゃん連れてきなさいよねー」

 ミーちゃんとも仲良くて、ミーちゃんに、

「ヨーくんのお姉さんはちょっと、ブラコンだよね」

 と少し呆れ気味に呟かれたお姉ちゃんは楽しそうに笑った。

「これね、駅ビルの雑貨屋さんだよ。あんたのお小遣いじゃちょっと高いかもなー。あ、でも待って、クーポンあるからあげるよ」

 お店の場所をお姉ちゃんに教えてもらって、五百円の割引クーポンももらった。

 今度のお休みの日、ミーちゃんと一緒に行こう。


 ミーちゃんには、帽子をプレゼントしようとしていることは黙って、ただ買い物に行こうと誘った。

 ミーちゃんがリラックスできるように、普段はミーちゃんの家で遊ぶことが多い。でも、ミーちゃんも僕も外の方が好きだ。

 久しぶりのお外デートにミーちゃんは浮かれていて、それに首が伸びないかハラハラしながらも僕もウキウキしていた。

 お姉ちゃんに教えてもらった雑貨屋に、さりげなくミーちゃんを誘導する。

「あ、この帽子可愛いよ?」

 そう言ってミーちゃんに例の帽子を渡す。

「わー、ほんとだー!」

 ミーちゃんはそれを被ってから、鏡を覗き込む。

「かわいー」

 うん、かわいい。

 ミーちゃんにマフラー部分を巻いてあげながら、

「首、どう?」

 小さい声で訊いてみると、

「フードほどじゃないけど、いいかも」

 と笑った。よしっ。

「んー、でもちょっと高いね」

 値札を確認しながら、ミーちゃんが唇を尖らせる。

 ここのメインターゲットは、お姉ちゃんみたいな女子高生だからね。小学生にはちょっと、難しい。

 でも、僕にはお姉ちゃんにもらったクーポンがある! ……それってちょっと、ダサイけど。

 ミーちゃんがお手洗いに行っている隙に、そっとその帽子を買った。ミーちゃんが特に気に入っていた、ピンク。

「ミーちゃん、これ」

 渡すとミーちゃんは、目を大きく見開いて、心底驚いたような顔をしていた。

「え、え、いいの? え?」

 ミーちゃんはただただ、帽子と僕の顔を見比べる。

「もうすぐ一年になるから、記念」

 言うと、ミーちゃんの目がますます大きくなる。

「そうだね! え、でも、いいの? 私なんにも……」

「僕があげたいからいいの」

「だけど」

「半分はお姉ちゃんからだよ」

 ミーちゃんがあまりにも困ったような顔をするから、僕はそう言った。

「ミーちゃん、あんまり遠慮するのも失礼ってもんだよ」

「え、あ、うん」

 ミーちゃんは頷くと、帽子を見る。じわじわと、笑みが広がっている。

 それから、ぱっと弾けるように笑い、

「うん、とっても嬉しい! ありがとう」

 ぺこり、と頭を下げてきた。

「うん、よかった」

 僕も笑い返した。

 お店の人がちゃんとタグをとっていてくれたから、ミーちゃんは早速その帽子を被ってくれた。可愛い。

「ヨーくんは何がいい?」

「んー」

 ミーちゃんと一緒に居られれば、それでいいんだけどな。

 ミーちゃんは右手で何度もマフラーの部分を撫でている。大事そうに。それがなんだかとっても嬉しそうで、僕まで嬉しくなってくる。本当、それだけで十分だ。

 帽子を買った後も、二人でお店を色々見て、そろそろ帰ることにした。

「本当にありがとうね」

 駅ビルを出たところで、ミーちゃんがもう一度言ってきた。

「ううん。気に入ってくれてよかった」

「うん、大事にする」

 ミーちゃんが、ふにゃりんと笑う。僕もつられて笑う。

 たまには、手を繋いでもいいかな、なんて思っていると、

「あっ!」

 ミーちゃんが大声をあげた。

「火事!」

「えっ」

 ミーちゃんが指差した方を見る。前方の方、道路を挟んで反対側。遠くに見える高いマンションから煙が出ていた。冬で乾燥しているから火の扱いには気をつけましょうってテレビで言っていたのに。

 消防車はすでに来ているみたいだった。家に帰るには、普段この道をまっすぐ行くけれども、あの辺りは危ないから避けて帰ろうかな。そんなことを思っている横で、ミーちゃんがぱたぱたと駆け出した。火事の方に向かって。

「ミーちゃん!」

 もう、意外と野次馬根性あるんだから。

 僕も慌てて後を追う。野次馬達の最後尾で、ミーちゃんがぴょんぴょん飛び跳ねながら火事を見ている。

「ミーちゃん、危ないから」

 名前を呼ぶと、

「ヨーくん、大変」

 ミーちゃんが僕の片手を引っ張る。

「上の方、小さい子がいる!」

 言われて、よぉく目を凝らしてみると、一年生ぐらいの男の子がベランダで泣いていた。

「ヨーくん! 助けなきゃ!」

 ミーちゃんが言う。当たり前のように。

 ミーちゃんのそういう責任感が強くて、優しいところ大好きだけど、これはさすがに危ない。僕たちみたいな小学生のやることじゃない。

「ミーちゃん、大丈夫だよ。レスキューの人がどうにかしてくれるよ」

 ほら、はしご車がどんどんはしごを伸ばしていく。あれで助けるんだ。小さい頃、絵本で見た。

 はしごが伸びて伸びて、

「ああっ」

 ミーちゃんが悲鳴みたいな声を漏らした。はしごが、届かない。足りない。ああもう、無駄に高層マンションだから。野次馬の中で溜息のような声が漏れる。

 あんな高いところ、どうしたらいいんだろう。そう思っていると、

「ヨーくん」

 ミーちゃんが背伸びして僕の耳に顔を近づけると、

「私なら、届くよ」

 告げた。顔を離すと、今度は僕を真っすぐ見てくる。

 ミーちゃんなら、届く?

 ああ、確かに、ミーちゃんは前言っていた。高層ビルの屋上ぐらいまでなら伸びるよ、って。だけど、

「でも駄目だよ。危ない」

 それに、

「バレちゃうよ」

 ミーちゃんがろくろ首だってこと。

 バレて生きにくくなったら、妖怪横町に引っ越して、妖怪小学校に転校させられるかもって、ミーちゃんが言ってたんじゃないか。そんなの、嫌だよ。

「消防の人はプロなんだから、助ける方法はちゃんとあるよ」

「だけど、もたもたしているとあの子死んじゃうよ」

 ミーちゃんが少し潤んだ目で、僕を見てくる。僕はぐっと言葉に詰まる。

「助けにいかなかったら、私、絶対後悔する」

 そうだね。ここで助けにいかなくてあの子になにかあったら、ミーちゃんは多分寝込んでしまうだろう。それも嫌だ。

「だけど、危ないよ」

 火事だって危ないし、バレてしまうことだって危ないよ。

「ヨーくん」

 ミーちゃんが右手で首の辺りに触れた。まっすぐに、射抜くような鋭い眼差しで僕を見てくる。

「私ね、この首のこと、嫌いになりたくない」

「……嫌いに?」

「今は嫌じゃないの。ヨーくんがそれでも好きだよって言ってくれたから、首のこと、嫌いじゃないの。だけど、でもたまぁに心のどこかでいやだな、って思うの。なんにも役にも立たないくせにって。だけど」

 ミーちゃんがちらりと、マンションの方に視線を移す。

「今、役に立てる。これで役にたてたら私、嫌いにならないですむ」

 寧ろ見捨てたら、首のことも自分のことも嫌いになる、とでも言いたげだった。

「いつもヨーくんに助けてもらってるから、私だって誰かを助けたい」

 そんなこと気にしなくったって、ミーちゃんはいつも、誰かを助けているじゃないか。

 なんだか、泣きそうになる。

 だって、ミーちゃんの目は真っすぐに僕を見ていて、僕が駄目だって言ったら、僕の手を振り払ってでも助けにいっちゃうだろうな、っていうのがわかったから。そういうミーちゃんのこと好きだけど、嫌いだよ。大嫌いだ。

「……条件があるよ」

 溜息まじりそういうと、ミーちゃんは少しほっとしたように表情を緩めて、頷いた。

 野次馬の群れを抜け、大人の間をすり抜けて、火事になっているマンションの、隣のマンションに向かう。マンションの裏辺りにある植え込みのかげにそっと隠れる。

「これ被って」

 駐車場に置いてあった、バイクのヘルメットをミーちゃんに被せる。これで顔が隠れる。

「勝手に持ってきて、泥棒……」

 ミーちゃんがごにょごにょ言ってたけど、

「こういうのはキンキューヒナンって言って許されるってテレビで見たよ」

 強気に押し通した。

 こうやって被せておけば、ミーちゃんの顔が見られることもないし、顔にやけどとかすることもない。

 ミーちゃんの手をぎゅっと握る。

「危ないと思ったら、途中でも止めるからね」

 止めてもミーちゃん、きかなさそうだけど、だからって僕が折れるわけにはいかない。

 ミーちゃんは頷いた。

 ミーちゃんの首がするすると伸びていく。火事のマンションの方に向かって。

 ある一定の長さ以上を伸ばすには、時間がかかるってミーちゃんが言っていた。首の伸びる速度は、少しゆったりしたものだった。

 僕はミーちゃんの体を守るようにしながら、物陰に隠れてそれを見ていた。

 ミーちゃんの首はどんどん伸びていく。被ったままになっている帽子のマフラー部分が、ひらりと風に揺れた。

「なんだあれっ!」

 誰かの叫び声がする。野次馬のだろうか。ああもう、ミーちゃん本当気をつけて。

 祈るように握ったミーちゃんの手に力を入れる。

 野次馬のざわめきを無視して、ミーちゃんはマンションに向かっていく。ベランダで泣いていた子どもも、あっけにとられたようにミーちゃんを見ている。ミーちゃんは、ベランダまでたどり着くと、くるり、と子どもの周りをまわる。

 下で誰かが悲鳴をあげる。なんにもしない大人は黙ってろよ。

 子どもは怯えたような顔をしていたが、ミーちゃんがなにか言ったようだ。ミーちゃんの首の、上の方にそっと掴まる。ミーちゃんはくるり、と自分の首をその子に巻き付けて支えると、ゆっくりと下に降りていく。

 地上では、もうなんだかわからない声が響いている。ところどころで、子どもが助かってよかった、という声も聞こえて、僕はひとまず安堵する。

 ミーちゃんは地面にそっと、子どもをおろした。子どもの名前を呼んで、母親っぽい人が駆け寄って来る。子どもはまた、途端に大声で泣き出した。

 うんうん、無事に助かってよかった。

 僕がそう思っていると、

「化け物っ!」

 そんな叫びと一緒に、小さな石がミーちゃんの方に飛んでくる。

 それに後押しでもされたように、野次馬達が悲鳴や罵声をあげはじめる。ミーちゃんの傍で子どもを抱えていた母親も、小さく悲鳴をあげると子どもを庇うようにしてミーちゃんに背中を向けた。

 だって、ミーちゃんが助けたのにっ!

 飛び出ていって、そこにいるやつらを片っ端から殴りつけてやる! のを、ぐっとこらえる。そんなことしたら、一番傷つくのはミーちゃんだからだ。

「ミーちゃん、はやく戻って!」

 ミーちゃんの首がするすると縮み出す。

「逃がすか!」

 誰かが叫び、投げた石がミーちゃんのヘルメットにあたった。

「ミーちゃん!」

 それでもミーちゃんは止まらずに、こちらに戻ってくる。

「追いかけろ!」

 誰かが叫ぶ。

 ミーちゃんの首を辿って、こっちに来られたらミーちゃんのことがバレてしまう。どうしよう。

 何かないかと意味もなく視線を動かし、

「あっ!」

 ミーちゃんの鞄についている、防犯ブザーが目にとまった。ミーちゃんごめん、これ借りるね。返せないけど。

「手、離すよ!」

 ミーちゃんに一度声をかけて、ミーちゃんから手を離す。それから防犯ブザーを手に取ると、火事のマンションの方に向かって走る。

 火事現場だからと、野次馬は消防士さんに止められて先に進めないでいる。この隙に。

 僕は、防犯ブザーのスイッチをいれると、それをミーちゃんがいるのとは反対の方、野次馬の背後に向かって思いっきり投げた。

 びーっという大音量が、響き渡る。

「なんだ?」

 野次馬達の視線がそっちに逸れるのを確認すると、僕はまた急いでミーちゃんの元へ戻る。

 ミーちゃんは、大体いつもの長さに首を縮めたところだった。

「ヘルメット脱いではやく!」

 急かすと、ミーちゃんも慌ててそれを脱いだ。

「ありがとうございました!」

 一応お礼を言って、それを地面に置くと、ミーちゃんの手をひっぱって走り出した。とりあえず、ここから離れないと。

「なんだよ、この防犯ブザー」

「っていうか化け物!」

 背後に聞こえる声に、どうにかミーちゃんのことがバレずに済んだのだけは感じられて、それには少し、安心した。


「ヨーくんっ、ちょっとっ」

 ミーちゃんに名前を呼ばれて、慌てて足をとめた。気づいたら、駅ビルの辺りにまで戻ってきていた。無我夢中で走ってきたから、息があがっている。

「も、無理っ」

「ごめんっ、ミーちゃん」

 肩で息をするミーちゃんに慌てて謝る。近くにあった低い花壇にミーちゃんを座らせた。

「ミーちゃん、ごめんね、大丈夫?」

「うん」

 頷くもののミーちゃんの息は荒い。申し訳なく思いながら、僕は外れかかったミーちゃんの帽子を直してあげた。

「……ヨーくん、ごめんね」

「え? 何が?」

「せっかくくれたのに、マフラーのとこ、ちょっと焦げちゃった。外せばよかった……」

 泣きそうな顔でミーちゃんが指し示した先、確かにちょっとマフラーが焦げている。だけど言われないとわからない程度だし、そんなことよりも、

「マフラーなんてまた買えばいいんだよっ! それより、ミーちゃんが無事でよかった……」

 そんなことよりも、もっと気にすることがあるじゃないか。

「うん、あの子助けられてよかった」

 そう言って笑うミーちゃんは、本当に満足そうな顔をしていた。あのあと、化け物だ、とか言われたのに。

「関係ない人になにを言われても平気なの」

 ミーちゃんは、僕の心を読んだように、笑いながら言う。

「ヨーくんがわかってくれていて、あの子が助けられたからそれでいいの」

 笑いながらも、ちょっとだけ悲しそう。口元は笑っているけど、眉根が寄っている。

「うん、僕はわかっているよ」

 だけど僕はそれに触れずに、代わりにミーちゃんの頭を撫でた。

「ミーちゃん、格好良かった」

 そういうと、ミーちゃんは、今度は心底嬉しそうに笑った。ここでそうやって笑う、ミーちゃんが大好きだ。

 ミーちゃんの息が整ったのを見計らって、帰ろうと片手を差し出した。

「防犯ブザー、僕が投げちゃったから。ごめんね」

「ううん、だって助けてくれたんだもん。嬉しかった、ありがとう」

「たいしたことないけど」

 ミーちゃんがやったことに比べたら、なんでもない。

「だから、僕、今日送っていくよ。防犯ブザーないと危ないもん」

 だからほら、っとミーちゃんに差し出した手を近づける。恥ずかしいからはやくしてよ。

 ミーちゃんは少しきょとんっとした顔をしていたけれども、

「うんっ!」

 いつもより赤い顔で大きく頷くと、僕の手に手を重ねてきた。


 火事は結局、大した怪我人もなく無事に消火されたらしい。新聞の地方欄にちょろっと書かれているぐらいだった。

 男の子を助けた謎の首のことについては、どこの新聞やニュースでも話題になっていなかった。ミーちゃんが言うには、妖怪情報委員会っていう妖怪の組織があって、そこが情報をもみ消したらしい。

「私達が知らないだけで、結構あっちこっちで妖怪活躍してるんだよ」

 とミーちゃんは少し誇らしげに語ってくれた。そういう妖怪が活躍した情報を、妖怪情報委員会が情報操作して、僕たちは天気とか別の理由をつけて認識しているらしい。もっと妖怪のおかげだってアピールすればいいのに、とも思うけど、人と妖怪がわかり合うのも難しいのかもしれない。だって僕、ミーちゃん以外の妖怪はやっぱり怖いし。

「表立って褒められないのに頑張るのって、かっこいいね」

 僕が言うと、ミーちゃんはにっこり笑って頷いた。

 ミーちゃんは、今回のことをきっかけに、妖怪レスキューに将来なるんだって決めたらしい。妖怪として人間を助けるんだって。僕としては、危ないことはして欲しくないけれども、人助けしたいっていうのはすっごくミーちゃんらしいな、とも思う。夢の話をするミーちゃんはきらきらしていて、いつもより可愛いし。

 仕方がないから僕はお医者さんを目指すことにした。そうしたら、ミーちゃんが万が一怪我したりしても、治してあげられる。ミーちゃん、首以外は普通の人間だし。


「ヨーくん!」

 ミーちゃんが、僕の名前を呼びながら、駆け寄って来る。ひらひらと、帽子のマフラー部分が揺れる。

 あの時、少し焦げた部分は、ミーちゃんのママが小さなレースをつけてくれたので目立たなくなっている。ミーちゃんは可愛くなったって笑っているし、僕は密かに、それはミーちゃんの勲章だと思っている。


 ミーちゃんは、小柄ですばしっこくって、火事の中男の子を助けたりしちゃうような、優しくて勇敢な心の持ち主で、頭もいい。一重なのを気にしているけれど、僕はそこだってチャーミングだと思う。

 人とはちょっと首が変わっているけれども、それだって個性だし、それがミーちゃんだ。首を生かす仕事を目指し始めたミーちゃんは前よりもキラキラしている。

 これが僕の自慢のカノジョです。

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僕のカノジョの首が長過ぎる 小高まあな @kmaana

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