戦闘チュートリアル

 ルーナは仮想フィールドで一頭の狼を召喚した。

 実際は召喚というか、前触れもなく現れたので生成したというのが正しいのかもしれない。


「まずは基本攻撃です。刀を抜いて構えてください」

 ルーナに言われるがままに、ボクは刀を鞘から抜いた。

 そして正眼に構え、次の指示を待つ。


「本来、戦士職であれば剣と盾、または槍と盾を使います。時にはメイスと盾など駆使して相手の弱点や隙を突いた戦いを行います。ですが、刀士や道士の方はそういったスタイルでの戦いは行いません。特に道士の方というのは、どうしてもトリッキーな戦いをしなくてはいけない傾向にあるでしょう。まずは動かないこの狼に攻撃をしてみてください」

 ルーナがピクリとも動かない狼を指さして攻撃指示を出してくる。

 なので、ボクはそれを機に正眼に構えた刀を一気に振り下ろした。

 真っすぐ振り下ろしたつもりだったけど、重さに耐えかねて目測を誤り、狼の手前の地面に刀身を突き刺してしまう。


「おもっ……。ゲームなのに何で重いのさ……」

「最初はみんなそういうものです。その辺りは徐々に慣れていけばいいと思います。最初からうまく攻撃できる方などそう多くはありませんから」

 柔らかな微笑みを浮かべながら、ルーナはボクを慰めるようにそう言った。

 そうは言っても、まともに攻撃できないゲームが面白いとは思えない。

 どうにかできないかなぁ……。


「基本的には慣れなのですが、レベルが上がるまでの間は別の武器を使うという手段もあります。例えばナイフですね。初心者用ナイフをお渡ししますので、これで攻撃してみてください」

 ルーナが軽く指を振ると、ボクの目の前に小さなナイフが現れた。

 本当に小さなもので、果物を切る程度にしか使えないと思う。

 

「それでは、その果物ナイフで攻撃してみてください」

 ルーナの言葉を受けて、ボクは果物ナイフを狼に向かって突き出した。

 深くというほど深くはないが、浅くもない程度に果物ナイフは狼のお腹に突き刺さる。


「最初の攻撃というのは、思い切りが大事です。この先、この狼のように待ってくれる相手はいませんので、上手く的確に攻撃できるようになりましょう。それでは次は鉄扇です」

 ルーナがそう言うと、ボクの目の前に鈍色の扇子が一本現れた。


「鉄扇子は護身用とは言いますが、現実では使えたものではありません。ただこの世界ではそれなりの強度があり、先端が刃のようになっているため、攻守に向いた武器となっています。閉じた状態で相手を突き、開いた状態で相手を斬る。また攻撃を優雅に受け流すことにも使えます」

 ルーナの説明を聞いて、ボクはさっそく狼に鉄扇で攻撃をする。

 一発目は袖口から抜くようにして閉じた鉄扇を突き出す。

 駆け寄りながら狼に突き出すことによって、狼が衝撃でひっくり返った。

 そこからすかさず鉄扇を開き、むき出しになった腹を先端で撫でるように斬りつけた。


「いい連携です。では狼の攻撃を受け流してみましょう」

 ルーナがそう言うと、ひっくり返っていた狼が起き上がり、唸り声を上げながらボクに飛び掛かってきた。


「うわわっ!?」

 素早く飛び掛かられたので、かなり驚いた。

 その拍子に、噛みつこうとしていた狼の頭の横を閉じた鉄扇で叩いてしまう。

 勢いが乗っていたため、そのまま軌道がずれ、狼はボクの横を通り過ぎるようにして着地した。

 やばい、優雅に決めるはずだったのに、どうしてこうなった!?


「少々違いましたがまぁいいでしょう。鉄扇子での守備の基本は受け流しです。一応斬撃を受け止められなくはないですが、力の入れ方に慣れてからチャレンジしましょうね。それでは、次は符術です。雷の属性を込めた呪符を使って、狼に雷を落としてください」

 再びルーナがそう言うと、ボクの目の前に稲妻のような絵が描かれ難しい文字の書かれた符が出てきた。

 ボクがその符を手に持つとどうやって使えばいいのかが自然と理解できた。


「【雷符】」

 符を指に挟んで狼に向けた後、初期呪文の【雷符】を唱える。

 すると、狼に向かって頭上から一本の雷が落ちたのだ。


「はい! これで初期に覚えるべき攻撃は一通り学ぶことができました。今完全にできなくても、戦いの中で少しずつ覚えていけばいいので、焦らずにがんばってくださいませ」

 両手を合わせて嬉しそうにそう言うルーナは、ボクの近くに降りてくると、その姿を甲冑を着用した姿に変えた。


「いずれは私を召喚することも可能となるでしょう。私はスピカ様の守護天使でございます。今からお見せするのは攻撃のほんの一部です。まずは急降下による槍での一撃です」

 戦乙女のような姿をしたルーナは、軽く羽ばたくと空へと舞い上がった。

 そして、ある程度高度が上がると空に円を描くようにして飛びまわり、狼へと槍を向け突撃したのだ。


 その姿は猛禽類のようであり、餌食になった狼は槍で突き上げられた後、空中で錐もみしながら地面へと落下していった。

 そして追い打ちをかけるようにして、手に持っていた槍を投げつけ地面に狼の体を槍で縫い付けたのだ。


「高速での連続攻撃ですがこれは序の口です。スピカ様次第では私の能力はもっと上がるでしょう。それでは最後に、私のスキルの一つをお見せしておきますね」

 ルーナはそう言うと、さらに高く舞い上がり、少しずつ魔力を溜め始めた。

 集まってきた魔力の塊は、ルーナの周囲を陽炎のようにゆがめながらルーナの中へと入っていく。

 そして、少しずつルーナの周りが光を帯び始めていく。

 

『特殊兵装使用許可申請。……承認確認。特殊兵装展開……。疑似神槍グングニール発動』

 どこか機械的なやり取りを行った後、ルーナに集まっていた魔力の塊と光は、一本の槍の形に形成されていった。

 

 ルーナは、光の槍をその手に持つと狼に対し投げつける。

 光の槍は一筋の光となって狼に直撃し、同時に膨大な光を生み出しながら広がっていく。

 そして光が収まった後には、狼がいたはずのその場所に大きなクレーターがだけが残っていたのだ。


「すっ、すごい!!」

 たった一本の魔力を凝縮した光の槍だが、その威力は凄まじいものがあった。

 こういうのって、すっごくあこがれる!!


「今のは必殺技の一つです。他にも使えるには使えますが、私の権限だけではあまり使えません。なので、是非二次転職を終えて私を召喚してください」

 ボクがルーナを呼び出せるようになるのは二次転職以降ということになるらしいけど、ルーナ以外の天使も召喚できたりするのだろうか? もしそうなら他にどんな子がいるのか気になる。


「ほかの天使を召喚したりはできないのかな? ルーナ以外の子も見てみたいなと思って」

「専属でナビゲートしたりサポートする天使は自動的に選出される仕組みになっています。最も適した相性のいい相手を選ぶようになっています。ご期待に添えられず心苦しくはありますが、私以外にすることは現状ではできません。ですが、私はスピカ様に召喚していただきたいと思っていますので、他の子と言われると少し悲しくなってしまいます」

 ボクの質問に、ルーナは少し悲しそうな表情でそう答えた。

 悪いことしちゃったかな?


「大丈夫だよ。ただの好奇心だから」

「ありがとうございます、スピカ様。さて、お名残り惜しいですが、そろそろアルケニアへ向かいましょう。次回、私と会うことができるようになるのは二次転職後となります。楽しみにお待ちしております、スピカ様」

 ルーナはそう言うと、一つの扉を創りだした。


「この扉は?」

「この扉はメルヴェイユの街に繋がっています。すべての冒険者の始まりの地です」

 ルーナがその扉を開くと、中から光が溢れだす。


「了解だよ。それじゃあ、行ってきます。また二次転職後にね」

「はい、お待ちしております。いつでも見守っております。スピカ様」

「じゃっ!!」

 ボクは微笑み手を振るルーナに手を振り返りして扉をくぐる。

 振り返った時にはもうルーナの姿は見えず、ただ光に満ち溢れているだけだった。

 始めよう、冒険の旅を。

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