前夜祭・集合編

 ゲームからログアウトしたボク達は、さっそく前夜祭に行く準備を行うことにした。

 ボク達の住んでる街のお祭りは『前夜祭』と『本祭』の二つに分けられている。


『本祭』はそのままで、お祭り本番。

 踊ったり花火を打ち上げたりととにかく派手だ。


『前夜祭』は本祭とは違って派手な要素はほとんどない。

 ただし、のんびりとお祭りの雰囲気と屋台の味を楽しむことができるため、本祭よりも来る人は多いと思う。

 本祭は人が多いので、ボクは行くかはわからない。

 人ごみで酔っちゃうんだよね……。


「お姉ちゃん、着替え大丈夫そう?」

 ミナがひょっこりボクの部屋に顔を出してくる。

 一応ログアウトした時に渡された浴衣はあるので、それを着ることになるわけだけど、帯だけは一人では無理そうだった。


「一応着方は分かるけど、帯がね」

「そんな気がしたよ。私はお母さんに手伝ってもらったけどね。お姉ちゃんの手伝いは私がするから安心してね」

 優しい妹の言葉にボクはちょっとうれしくなる。

 いつもいたずらをしてくる妹だけど、お姉ちゃん思いなところもあるんだなぁ。 


「にしても、すっかり女の子に慣れちゃったね? 不自由ないの?」

 ボクの帯を巻きながらミナがそんなことを聞いてくる。

 不自由かぁ。

 考えてみれば不自由はなかったかな?

 というかあまり変わっていないのかも。

 実際手入れ方法も変わらないし、抜け毛の量も変わるわけじゃない。

 ボクの体はそもそもフラットなので、心配するようなこともない。

 いや、でも、微増した気配はある……。


「言うほどはないかな? そもそも前のボクも今のボクもあまり変わらないし」

「ふぅん? そうなんだ。あっ、そうそう。お母さんがね、『九月から体が結構変わってくるから注意しなさい』っていってたよ?」

「えっ? 何のこと?」

「さぁ? 私も分からないよ。『人それぞれだから一応注意しなさいね』とは言ってたけど。はいできた」

 ミナはそう言うと、腰の部分を軽くたたいた。

 どうやら帯締まで終わったようだった。


「ありがと、ミナ」

「どういたしまして~。にゅふふふふ」

「ひゃぁぁぁぁ!」

「いいお尻をしてるね~。お姉ちゃん?」

「ミ~ナ~!!」

 お礼を言って振り向く瞬間、ミナがボクのお尻をなでまわしたのだ。

 お祭りには変化していくため、尻尾に気を遣う必要はない。

 そのため、お尻が無防備になるのだ。


「あはは。いやぁ、やってみたかったんだよね~。私がお姉ちゃんを欲しかった理由の一つだよ!」

 ゲームを始める前から散々お姉ちゃんになってほしいなとか言っていたのは、こういう目的があったからなのか……。

 純粋に寂しいんだろうなと思ったボクの純情を返してほしい!


「もう、そんなに怒らないの。お姉ちゃんなんだし」

「だったら触らないでほしいよ。はぁ。まぁ言っても無駄なんだろうけど」

「そうそう、女の子どうしなら合法って言うじゃない?」

「そんなわけあるかー!!」

 ミナの思惑がどうとかは分からないけど、ボクが女性に傾いたのは間違いなく兄のせいだ。

 優しいからいけないんだ。

 まったく!!


「そう言えば、お兄ちゃんは先に行ってるみたいだよ? 友達と待ち合わせがあるらしいけど」

「そうなんだ? 通りでいないわけだ」

 兄不在の情報に、ボクは少しだけ寂しい気持ちになる。

 別に見せたかったわけじゃないよ?

 ただたまには一緒に居てもいいかな~? なんて……。


「お姉ちゃんがお兄ちゃんのことで一喜一憂する様は、妹としてはなかなか複雑ですけど、同時においしいと思う気持ちもあるのです。血のつながった兄妹だったらナンセンスだっただろうけど、お兄ちゃんは養子だからね~」

「あのね~。血のつながりがなくてもどうかと思うよ? ボクのはただの憧れというか、男の子だったら兄みたくなりたいというか……」

「はいはい、わかったからわかったから。夕方くらいにはみんな来るんだから、それまで浴衣に慣れようよ」

 ミナの言うことにはわかるので、空いてる時間で家の中を歩き回ったり着直したりしてみることにした。


 それから数時間後、ボク達の家には珍客がやってきた。


「たのもー! あなたのアイドル美影ちゃんですよ~!!」

「美影、静かに入りなさい」

「瑞樹のいけず~」

「いらっしゃい、みかげちゃんとみずきちゃん」

「来て早々コントとか。もう漫才師になればいいんじゃないの? 美影」

 家にやってきたのは、瑞樹と美影の姉妹だった。


 そして――。


「こんにちは~」

 美影達が着て少しあと、再び誰かの声が聞こえた。


「は~い。って花蓮さん?」

「うん、こんにちは。前夜祭ということで一緒に楽しもうと思って」

「よいしょっと、こんにちは~」

「こ、こんにちは」

 花蓮さんに続いて鈴さんとこのはちゃんがやってきた。

 どうやら三人は一緒に来たらしい。


「そろいもそろって前夜祭に?」

「うん、それと昴ちゃんに会いに」

「昴ちゃんに会いに来た」

 花蓮さんと鈴さん、そしてこのはちゃんの三人はすでに浴衣を着て来ていた。

 三人はそれぞれ色も柄も違う浴衣を着ている。

 ゲームとは違う服装がかなり新鮮に感じる。

 三人とも黒髪であり、花蓮さんは赤い布地にぼたんの花をあしらった浴衣を。

 凛さんは紺色の布地に百合の花をあしらった浴衣を着ている。

 このはちゃんのは前一緒に選んだので覚えているけど、水色に菊の模様をあしらった浴衣を着ている。

 そしてボクのが白地に紫とコバルトグリーンの色で描かれた紫陽花柄の浴衣で、ミナが白地にミントグリーンの鉄線柄の浴衣を着ている。


「こうしてそろうとなかなかに派手だよね」

 花蓮さんがスマフォを取り出し、さっそく撮影する。


「こら、花蓮。いきなりは止めなさいって言ってるでしょ?」

「そうだけど、昴ちゃんとミナちゃんはレアでしょう? あ~。袴持ってくればよかった。着せて撮影するべきだったよね」

 鈴さんに怒られつつも、スマフォのシャッター音は鳴りやまない。

 それどころか、新しい服について何やらつぶやいている。


「えっと、何の話?」

「えっとね、花蓮が最近、袴スカートとレースアップブーツを入手したのね。それを着せて撮影したいって言ってたんだけど、このはが警戒して逃げちゃうものだから昴ちゃんに着せようとたくらんでるのかもね」

「ん。昴ちゃんとなら着る。おそろい」

 このはちゃんは鈴さんの話が始まると、そそくさとボクの側に寄ってきて袖口をつかんでいた。

 ボクが振り返ると、そこにははにかみながらもうれしそうにそう言うこのはちゃんの姿があった。

 

「えっと、まぁ。そのうち?」

「ちょっと~、何騒いでるの?」

「新しいお客様?」

 ボクが曖昧な返事をしていると、リビングの方から美影達がやってきた。

 どうやら騒いでたのが聞こえていたようだ。


「わっ、黒髪美少女二人!」

「あれ? もしかして烏丸家のお嬢様?」

 最初に花蓮さんがそう言って驚き、次に鈴さんが二人について言及する。

 どうやら鈴さんは二人のことを知っているようだった。


「なに? 昴の友達?」

「こら美影。二人とも年上でしょ? 敬語使いなさい」

「あはは、全然かまわないよ? ところで二人の姿だけど……」

 そういえば、瑞樹と美影は浴衣を着て来ていなかった。


「あっ、これ? おじい様がこれにしろってうるさくて」

「私もです。何でもトレンドは着物と袴とブーツだ! って言って聞かなくて……」

 そんな二人の服装は、花蓮さんの言っていた着物と袴スカート、そしてレースアップブーツという組み合わせだったのだ。


「おじいさんに感謝!」

「もう、花蓮ったら。ごめんなさい、花蓮はかわいい子に目がなくて」

 花蓮さんはもっとクールな感じだと思っていたけど、結構おちゃめな人だったらしい。

 そんな花蓮さんは再びスマフォを取り出すと、シャッターを切り始めた。


「花蓮お姉ちゃんはクールぶってるだけ。本当は犬や猫にも赤ちゃん言葉で話すくらいかわいいもの好き」

 このはちゃんはこっそりボクの耳元で花蓮さんについての情報をささやくのだった。

 絶対この二人の服装は浮くだろうなぁ。

 ボクはそんなことを考えずにはいられなかった。

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