第30話 新拠点と祭りの前夜祭

「ねね、お姉ちゃん。そろそろ」

 マイアが袖口をくいくいと引っ張る。

 何事かとマイアの方を見ると、手に持った端末を指さしていた。


「端末?え~っと……」

 マイアの指示通りに端末のメニューを起動させる。

 すると、そこには12時という時間が表示されていた。

 しまった、もうお昼だったのか。


「そうだね、そろそろか。ルードヴィヒさん、個人の部屋はどこですか?」

「はい、お嬢様。お部屋でしたらお好きな場所をお使いいただければと思いますが、お嬢様がここの権利者ですので、とっておきのお部屋をお使いいただくほうがいいでしょう。ご案内いたします」

 ログアウトするのに安全な場所といえば、第一に部屋だ。

 そんなわけで、ボク達は早速屋敷内でお部屋探しをすることになった。

 とりあえずルードヴィヒのオススメを先に見に行こう。


 一階のサロンから玄関まで戻り、そこから階段を使って三階まで上がっていく。

 三階に到着するとそこから一番奥にある扉へと向かった。

 場所的には角部屋のようなので、おそらく広めの部屋だと思われた。


「こちらでございます。スピカお嬢様がこちらのお部屋をお使いいただき、マイア様が廊下を挟んだ右側、エレクトラ様がその反対側、そのお隣がケラエノ様。スピカお嬢様以外のお三方のお部屋は同じ大きさとなっております。調度品に関してはこちらである程度は用意いたしましたが、お好きな物をご購入されるのがよろしいかと」

 ルードヴィヒさんは出来る執事だと思う。

 実際、屋敷臭いてある調度品などは派手すぎず地味過ぎず、かといって安いと思えるような代物は置いていなかった。


「男性女性、それぞれが不快にならないものをと思い選ばさせていただきました。一部は私の手製の物もあるのですが、お気づきになりましたでしょうか?」

 簡単に調度品の説明をするルードヴィヒさん。

 どうやらこの中に、ルードヴィヒさんのお手製の物があるらしい。


「う~ん……。さすがにわからないなぁ。まだそういうのには疎くて……」

「お姉ちゃんと同じく! でも、あの辺りの物は温かみを感じるなぁ」

 マイアの指さす先には、机の上に置かれた一つの白い花瓶があった。

 すっきりした見た目にも関わらず、地味には見えないそれは著名な陶芸家が作ったと言っても過言ではないと思った。


「さすがマイア様です。あの花瓶は私の趣味である工芸作品でございます。何かご要望があればいつでもお申し付けください。作れるものであればご用意いたしますので」

 マイアの答えがまさかの正解とは、うちの妹恐るべし!


「ぐぬぬ、わからなかった~!!」

「さすがに私も分かりませんでした。マイアちゃんすごい観察力ね」

「ふふん、どう? 見直した?」

 みんなが口々に褒めるので、ちょっとずつ調子に乗っていくマイア。

 姉としては止めるべきなのだろうけど、でもボク自身答えが分からなかったので言うに言えない……。


「さて、それではお部屋の紹介の続きと参りましょう。ここがスピカお嬢様のお部屋となっております。少し広めになっており、日当たりもよくバルコニーもありますので、お寛ぎいただけるかと思います。一応ですが、ミア様のお部屋もご用意させていただきました」

 ルードヴィヒさんが明けてくれた扉の先は、木製の机やテーブル、ベッドにクローゼットなどがたくさん置かれた広い部屋があった。

 窓からは集落の様子を一望でき、バルコニー側もみんなでティーパーティーが出来るくらいには広かった。

 部屋の中にはさらに扉があり、その先は落ち着いた和室となっていた。


「奥の扉の先には武蔵国風の畳敷きの部屋をご用意いたしました。お部屋の基本はメルヴェイユの街の貴族の邸宅を参考にさせていただいております」

 一般的な邸宅というのがどういうものかはわからないけど、少なくともこの部屋の床や壁は磨かれた木材で作られているようだった。

 木製の家ってなんとなく落ち着くよね。


「お気に召していただけましたでしょうか? ご不満があれば別の部屋でも――『うん、ここでいいよ!』で、ございますか。かしこまりました」

 ルードヴィヒさんが別の部屋をといいかけたので、ボクはこの部屋にすることを伝えた。

 落ち着いく部屋があるのはいいことだし、ここなら色々出来そうだからだ。

 みんなで集まって遊ぶことも出来そうだしね?


「そうねぇ、私も気に入ったし、ここにしようかしら」

 さっそく提案された部屋を見て来た様子のケラエノは、満足そうにそう言った。


「私の部屋もいい感じだし、何よりお姉ちゃんの隣だしね~」

「あたしも文句ないわよ? あたし達の故郷のことを考えれば、木材で作られた部屋ってやっぱり安心感が違うのよね」

 どうやら、マイアもエレクトラも満足しているようだ。


(ご主人様、私にまで頂いてよろしいのでしょうか?)

(うん、もちろんだよ。錬金術するの?)

(はい、趣味というか生き甲斐でもありますので)

 プルプルと動きながら、念話を送ってくるミア。

 どうやら部屋でも大好きな錬金術を行うようだ。

 ポーションの山が出来そうなので、定期的に消費する必要がありそうだ。


「さて、一回落ちなきゃ。準備しないとだし」

「ん? 何かあるの?」

 ボクは用事があるので、ログアウト準備をする。

 すると、エレクトラが食いついてきた。


「うん、今日前夜祭だし」

「前夜祭?」

「ほら、お祭りのよ? エレクトラ」

「あぁ~。ほとんど行かないから忘れてたよ」

 ボクの答えにきょとんとしていたエレクトラだったが、ケラエノの補足で全部理解したようだ。

 それにしても、エレクトラってお祭り行ってなかったのか。

 好きそうなのに……。


「でも、何で行かなかったの? 好きそうじゃん?」

「あぁ~。人ごみが好きじゃないだけよ。お祭り自体は好きだけどね」

 コミュニケーションしっかりとれそうな風に見えるエレクトラだけど、実は結構人見知りする方だったりする。

 ボク達の場合は幼馴染という要素が働いているので、問題なく軽口を言い合えてはいるけど、一人だけの場合だと結構困っているようだ。

 そこに助けに入るのが妹のケラエノというわけだ。

 エレクトラがケラエノに頭が上がらない理由はここにあった。


「行かないの?」

 ボクはちょっとだけ誘いをかけてみることにした。

 たぶん断ると思うけど。


「ん~。行かない」

 予想通りというか、少し考えはするものの行かないという答えが返って来た。


「お姉ちゃんと私は浴衣で行きます」

「行く」

「もう、エレクトラったら……」

 マイアの一言を聞いたエレクトラはすぐさま前言撤回。

 それはもう目を輝かせて行く気満々になっていた。


「えぇ~。ボクは着るというより着せられるって感じだよ?」

「いいのいいの! 可愛い子の浴衣姿は何よりのご褒美です。あたしは俄然やる気出てきたわ」

 下心に火をつけたエレクトラは、それはもう尻尾があったら振り切ってるんじゃないかというくらいテンションが上がっていた。

 ほんと、女の子好きだよね。


「んじゃ~、準備したらそっちいくよ~!」

「はいはい、待ってるから転ばないようにね」

 元気なエレクトラはログアウト準備を始める。


「では、私も行きますね。スピカの浴衣姿楽しみです」

 にっこり微笑みながら、ケラエノもログアウト準備を始めた。


(ご主人様いってらっしゃいませ。後のことはお任せください。また来られましたらご一緒しましょう)

(ん、ありがとう。それじゃまたね)

 ログアウト寸前、ミアからそんな言葉を掛けられた。

 ミアは甲斐甲斐しくボク達のお世話をしてくれるので、なんだかんだと頼り切ってしまう。

 スライムなのに母性があるっていうかなんていうか……。


 そして前夜祭のため、ボクとマイアは共にログアウトするのだった。

 

 

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