第29話 ゴルドの頼み

 ゴルドさんの真剣な表情を見て、ボク達はそれぞれにソファーに座っていく。

 それを確認したゴルドさんは、おもむろに口を開いた。


「お話というのは、二つあります。一つ目は絆の要塞のことです」

 絆の要塞のこと、つまりは汚染された世界へと旅立つための最初の関門だ。


「知っての通り、絆の要塞はハイオークの将軍ゴディアスによって占領されています。ですが、ゴディアスでは絆の要塞の真の力を引き出すことは出来ないのです。それが我々にとっての救いであり、最後の希望なのです」

 時々話に出てくる絆の要塞、詳しくはボク達も聞いてはいない。

 どんな力があるのかは分からないが、団結の力であるクランシステム開放の条件でもある。

 だから、ゴルドさんの話にはものすごく興味があった。


「絆の要塞の機能の一つは団結の力を纏めることです。これは異世界人にとっては、クランと呼ばれる集まりを作った際に力を与えてくれることになるでしょう。成長させていけば、騎士団規模や国家規模などに育って行くはずです。そして二つ目の機能ですが、この世界の住人達に抗う力を与えてくれます。これは簡単に申しますと、今まで勝てなかった敵にも勝てるように、さらに成長することが出来るようになるということです。絆の力は想いの力です。それを利用し、さらに力を与えてくれるのが絆の要塞の機能なのです」

 絆の要塞は想いの強さの分だけ諦めない抗い続ける力を与えてくれるということらしい。

 どんなに強い想いがあっても、この機能が停止してるために最後まで抗うことが出来なかったのだろう。

 その機能が稼働した時、NPC達は今までよりも断然強くなるに違いなかった。


「そして二つ目のお話ですが、絆の要塞を解放した後、我々と同じ精霊達の住まう集落を助けてあげてください。そこには、こことは違う世界を維持するための装置が安置されているはずです。汚染の力がどこまで影響しているかは分かりませんが、いくつかの機能が停止したのは実感しております」

 どうやら精霊達の住む場所には大事なものが隠されているらしかった。

 世界を維持するための装置があるため、この集落はNPC達から見えないように作られたのだろう。


「この世界の知り合いをここに連れて来ても大丈夫なんですか?」

「えぇ、許可があれば問題ありません。装置は我々と異世界人、そして神のみが認識することが出来ますので」

 ボクの懸念はゴルドさんの「問題ない」という発言で解消した。

 もしかしたら、マーサさん達を連れてくるかもしれないからね。


「ボク達だけでは戦力にはなりません。ですが、みんなで協力すればあるいは……」

 ボクはそう言いながらも懸念していることがあった。

 それは、プレイヤー達が集まってくれるのかということだ。

 ガチ勢もエンジョイ勢も、まったり勢もたくさん集まってくれなければ勝てないかもしれない。

 そんな漠然とした不安があるのだ。


「それであれば、旗頭として名のある者を起用するのがいいでしょう。身近にいたりしませんか? もしいるならばその者にお願いするのがいいでしょう。名声とはとんでもない力を生みますから」

 ボクの懸念を察したのか、ゴルドさんはそうアドバイスをしてくれた。

 そうだ、ボク達にはアーク兄やアモスさんがいるんだった。

 二人にお願いすればあるいは……。


「我々からも報酬は用意しましょう。世界バランスを崩す物は用意できませんが、実用的であり必ず欲しがりそうなものを提供することにします」

 続けてゴルドさんはそう言った。

 それも力強く。


「その時が来たらお願いします。ボク達はただの一介のプレイヤーですから、言うほどの力はありませんけど頑張ります」

「そうだね、あたしも頑張るよ!」

「そうですね。みんながやるなら私もサポートに徹します」

「ふふ、回復なら任せて? こう見えてもお母さんの娘なんだから」

 みんなが同意するようにそう言ってくれた。

 いよいよがんばらないと!


「おぉ、ありがとうございます。メルヴェイユの街は最初のスタート地点にすぎません。汚染された世界でなければ、貴女方はもうとっくに旅立っていたことでしょうね」

 ゴルドさんはそういうものの、のんびり屋のボクがほいほいと旅立つかというとちょっと怪しいかな?

 ただ、なんだかんだと促されて流されて、知らない土地に行きそうな気はする。

 とりあえず武蔵国が今は一番見てみたい場所だ。


「失礼いたします。お茶とお菓子の用意が出来ましたので、お持ちいたしました」

 頃合いを見計らったのか、ルードヴィヒさん達がティーセットとお菓子を持ってきてくれた。

 お茶と言ってはいたけれど、どうやら緑茶とかではなく紅茶やハーブティーのようだった。

 お菓子はよくあるクッキーとその他の焼き菓子で、バスケットに結構な量が詰め込まれていた。


「ふふ、この紅茶はいい香りがしますね。クッキーも丁寧に作られているようで。優秀ですね? ルードヴィヒさん」

 カップに紅茶を注いでもらい、香りを嗅いでからの一言だった。

 ケラエノは本物のお嬢様なだけあって、その姿は子供ながらに凛としたものがあった。


「お褒めいただき光栄でございます。茶葉の選定は私が。焼き菓子の類はメイド達が作りました。お口に合えばよろしいのですが……」

 ルードヴィヒさんはとてもまじめな人のようで、所作は美しくそして丁寧で、優しい表情をしつつも主人達の一瞬の変化も見逃すまいという眼でこちらを見ていた。


「ん。素晴らしいです。その眼力は大したものですね。身体にすーっと染み渡るように入っていきました。後の余韻も素晴らしくとても合うお茶でした」

 ケラエノはにっこりと微笑みながらルードヴィヒさんにそう伝える。

 すると、ほっとしたのか少しだけ表情の緩んだルードヴィヒさんがそこにいた。


「ほえぇ。ケラエノすごいね。さすがにボクにはそんなことは出来ないなぁ。育ちはそこまでよくないし……」

「あら? スピカならすぐに出来るんじゃないかしら? なんなら私がじっくり教えてあげますから」

 ケラエノはそう言うと、少しずつ、ほんの少しずつボクとの距離を詰め始めてきた。

 これは……まずい!!


「あっ、そうだ。ボクはマイアの様子を見ないと~」

 ボクはそう言いつつ、マイアの方向を見た。

 すると――。


「このハーブティーはおいしいね。どうしたらこう入れることが出来るのかしら?」

「はい、マイア様。こちらはですね」

 マイアは精霊メイドの一人といつの間にか打ち解けていた。

 二人は話に夢中になっており、そのままマイアはお茶の入れ方などのレクチャーを受けていたのだ。

 

「エレクトラは~……」

 援軍を求め、エレクトラを探す。

 すると――。


「まぁ! エレクトラ様の入れたお茶、とても美味しいです」

「ふふん。でしょう? こう見えて、うちのメイド達よりもずっと上手いのよ? なんたってお茶は大好きだからね!」

 エレクトラもいつの間にか精霊メイドの一人と打ち解けていたのだった。

 その上ものすごいドヤ顔をしながら、お茶について熱く語っているのだ。

 そのドヤ顔、叩いていいですか?


「孤立無援……。万事休す……」

 ボクが諦めかけたその時、胸元で何かがふるふると動き出した。

 そう、抱きかかえたまま忘れていたミアだった。

 あまり重さがないため、気が付かなかった。

 そしてなんと、ミアはそのまま人型になると、ボクの前に立ってケラエノからガードしてくれたのだ。


「ケラエノ様? ご主人様が困っています。今はご自重ください」

「むっ。邪魔が入りましたか。せっかく隙を窺っていたというのに、ミアさんの存在を失念していました」

 ミアの登場により、ケラエノは引き下がった。

 抱きかかえているものとか、死角に入ると見えなかったりするからね。

 見落とすのも分かる気がする。


「ありがとう、ミア。助かったよ」

「いえ、お守り出来て何よりです」

 ボクはすぐにお礼を言う。

 そんなボクにミアは、あまり変わらない表情を少しだけ緩ませたように見えた気がした。

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