未来には

 いつの間にか本心で笑うことが無くなっていた。いや、自己欺瞞ができるようになっていったという方がきっと明確で、とても的確な指摘だと思う。

 全ての未来が見えるようになってから、私は笑えなくなっていた。笑う、という感情を忘れてしまっていた。きっと私は嘘つきなのだ、自覚しているはずなのに、私はその感情に嘘をつく。嘘をつかなければ、私は私でなくなる。その変わりようのない未来に絶望し、膝をつき、うなだれることしかできない私になってしまう。

 そんな私にはなりたくなかった。だから、震える両足を踏ん張って襲いかかる未来と対峙し絶望に咽び泣くことを選んだ。自分の感情に気がつかないようにして、自己欺瞞し、後ろ髪引かれるような未練をやや強引に断ち切る。


 そうでもしなければきっと私は今頃、私の命をいとも容易く海へと投げ返していたかもしれない。



***


「……午前六時三十分、ご臨終です」


 未来を見た。


「母は、苦しまずに死んでくれましたか?」

「えぇ、きっと」


 未来を、変わらない未来を見た。


 きっと自分を欺かなければ狼狽してしまう、ひどく理不尽な未来を見た。


「なんで、なんであんたなんかが!!」

「私はただ、仲良くしていただけで……」

「仲良くしていた? 一方的に分かりやすい好意を浴びせられて、それに気がついていないフリをすることが仲良くすることなの?」

「私は……」

「あぁ、もういいよ。そんなさ、どうせ嘘泣きでしょ? やめてよ、見苦しい」


 近い将来、離れていってしまう人たちとの、別れの未来を見た。


「なぁ、もうやめにしないか」


 聞きたくない、セリフを聞いた。一番言われたくないセリフを、一番言ってほしくない人に言われた。

 やっぱり絶望しかないじゃないか。未来に希望なんてない、希望というものは過去に存在するものだ。希望は過去を振り返ることで芽生える感情で、未来を見てしまえば、それはきっと絶望に変わってしまう。

 私はやはり、絶望に塗り固められた青春を垣間見て一人悲しく、ただの一人にも理解されない孤独を胸に抱きながら夜の暗闇に冷たい涙を声を殺しながら流すことしかできないのだろうか。


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