第2話 カフェを出ると、そこは……

 マスターにお辞儀をし、アクセサリーを探しに外へ出た。

しかし、そこは、町ではなかった。

何が何だかわからず、辺りを見渡すが、草原がどこまでも続いているだけで何もない。後ろを振り返っても、ついさっきまであったはずのカフェは、跡形もなく消えていた。

不安と恐怖に支配されてしまい、その場にうずくまる。

怖い、町に戻りたい、みんなの顔が見たい……。もう、それしか考えられなくなってた。


「にゃあ。」

どこからか猫の鳴き声が聞こえ、ハッと顔を上げると、きれいな茶色の猫がいた。不安や恐怖から逃げるように、猫にゆっくりと近づく。猫は逃げることなく、私の周りをクルクルと歩き、そっと私の手に鼻を当てる。その姿にほっとして、少し落ち着きを取り戻すことができた。

私は、猫に話しかける。

「私も、みんなみたいに自分の思いを言葉にできたらいいのにね。」

「にゃ~。」まるで、相づちを打ってくれたかのようだった。

 突然、猫はすっと立ち上がり、歩き出した。

「――どこに行くの?」

猫はこちらを振り向くも、また歩いていく。

「あ、待って……。」

私は、その後についていった。

 草原を抜け、森を抜けると、そこには、それは素晴らしい花園が無限に広がっていた。その中をさらに歩いていくと、丸テーブルと二つのイスが中央にあり、猫はイスの上にちょこんと座った。私もつられて、イスに座る。


 さあぁぁ……と吹いた風に、花びらが舞う。

「ようこそ、メル。無事にここへたどり着いたようですね。」

「……!」

突如響き渡った声に驚き、怯える。

「私ですよ。」

しゃべっていたのは、なんと、目の前にいる猫だった。

「う、嘘よ……。猫はしゃべらないもの!」

「もちろん、しゃべっているわけではありません。猫に付けた首輪にある小型通信機から話しかけているのです。」

確かによく見ると、猫の首には、赤い首輪が付けられていた。

「申し遅れました。私、あなたが毎朝祈りを捧げているお方の召使いです。……こちらをご覧ください。」

 私の右側にモニターが現れ、町が映し出される。私は、息をのんだ。町が大変なことになっていたのだ。

悲鳴を上げる人、泣いている人、意識を失っている人――。幸いにも、けがをしている人はいないようだ。しかしそれでも、胸が苦しくなる。

モニターが切り替わり、メルの住む教会が映った。そこには、教会へ避難した町のみんな、みんなと教会を守り、励ますシスター達の姿があった。

「みんな――!!あぁ…‥!」

そこでモニターは消えた。

「見ていただいたように、メルの住んでいる町が、大変なことになっています。メル、あなたが、町を救うのです。これは、あなたにしかできないこと。そのために、ここにご案内したのです。」

「そんな――……。」

町に戻って、早くみんなを助けに行かないと。

そんなのわかっている。

でも――。

「……私には、何も、できない――。」

自分の無力さが、愚かさがどうしようもなく、涙はぽたりぽたりとこぼれ落ちていく。ワンピースを握る手が痛い。けれど、力を弱めることも、できなかった。

「諦めないでください。あなたにもあるではありませんか。――あなたにしかできないことが。」

「私にしか、できないこと……?」

「祈りを捧げ、歌うのです。毎朝、あの方にしてくださっているように。あの方は、あなたの歌声が大好きで、毎朝楽しみにしておられるのですよ。それに、あなたの歌声には、不思議な力があるとも言っておられました。」

「私の歌声に、力が――。」

「メル。あなたは、あなた自身を信じてあげなさい。そうすれば、きっと自分の思いを誰かに伝えられるようにもなれるはずです。」

自分を信じる。今まで私ができていなかった、一番大切なこと。私は、私自身から、逃げていたんだ――。

「……私、歌います。大好きな町とみんなを守るために。」猫をまっすぐ見つめる。

――もう、私は私から逃げない!

「ついに決心なされたのですね。今のあなたの瞳には、光がある。強い覚悟が感じられます。もう大丈夫ですね。こちらが町への道です。まっすぐお進みください。あと、これは私から。お守りです。お受け取りください。――どうか、忘れないでください。私達がいつも見守っていることを。そして、自分を信じてあげることを。」

私は頷き、道へ踏み出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る