第3話
「実はね、私、好きな人ができたんだ。その人は、バイト先の1つ上の先輩。ねえ優季、苦しいよ…。こんな時、どうすればいいかな?」
俺は、理加子のその言葉を聞き、愕然とした。理加子に好きな人ができた…。その事実は、悲報として、俺の頭の中を駆け巡った。そいつは、どんなヤツなんだろう。1つ上の先輩らしいが…、もしそいつが、どうしようもないチャラ男だったりしたら、殴り飛ばしてやりたい、俺は瞬時にそう思った。しかし、仮にも理加子が好きになった男だ。理加子は人を見る目はある方だから、そんな男ではないだろうと、俺は少し気を取り直して、話を聞くことにした。
「私が看護の学校に入ってから、レストランのバイトを始めたって、前にも言ったよね?その人は、そこの1つ上の先輩なんだ。それで、私の学校の近くにある大学の、医学部の学生なの。見た目は…、背が高くて、爽やかなイケメンって感じ。もちろん見た目もかっこいいんだけど、何より、『医者になる』っていうはっきりした夢を持ってて、私に対しても、
『理加子ちゃんは、看護師になりたいんだね。僕も医療関係を目指しているから、お互いに頑張ろうね!』
って優しく言ってくれて、それで私、キュンとしちゃった。本当にその先輩は、優しい人なの。」
…医学部生か。どうやら、頭は良さそうだ。こう言っては何だが、俺が通う大学は、決して偏差値の高い大学ではない。頭脳では、完全に負けている…っぽい。でも、理加子を想う気持ちは誰にも負けない。俺は心の中でそう思いながら、しかし表情には出さずに、話の続きを聞いた。
「先輩は、バイト先でも優しくて、初めての仕事ばかりの私にも、丁寧に仕事を教えてくれたんだ。それで、私が注文を間違えた時も、
『誰にでもミスはあるよ。次、頑張ればいいからね!』
って、優しく声をかけてくれたの。何かさ、医学部の学生って、偏見かもしれないけど、『自分、頭いいです。だからできない人の気持ちなんて、分かりません。』
って感じの人、多そうじゃない?でも、その先輩は違う。先輩は、私みたいな、何の取り柄もない人に対しても、優しいんだ。」
理加子が何の取り柄もない?それは明らかに謙遜だ。だって理加子は…、俺は心の中で、そう思ったが、この話になると俺の頭はのぼせてしまいそうになるので、途中で思考するのを止めた。
でも、待てよ?実は、その先輩とやらは、単に遊びたいだけで、優しいふりをしているだけかもしれない。本当は、理加子の言う一般的な医学部生の、人を見下す態度を持っていて、それを隠して、表面上は優しくしているだけかもしれない。その上で、理加子を単なる遊びの対象と思って声をかけているのかもしれない―。いや、きっとそうだ。騙されるな、理加子!本当は、そいつは…。
それに、そんなヤツなら、たとえ医師免許をとったとしても、ろくな医者にはならない。まあ、医師になって、ゆくゆくは教授を目指して、出世街道まっしぐら―、そんな青写真を、思い描いているのだろう。
「それに、先輩の夢は、地元に帰って、立派な町医者になることなんだって。」
…あれ?
「実は先輩は医学部内でも優秀で、主席をとれるぐらいの成績らしいんだ。それで、教授からも、『将来の私の後継者』みたいに思われてたらしいの。でも、先輩は、
『お気持ちはありがたいのですが、僕には他に夢があります。実は、僕には数年前に亡くなった、祖母がいました。その祖母と、僕は『将来、この町の人の役に立てるような、立派なお医者さんになるからね。』
という約束を、祖母の生前にしたんです。だから、申し訳ありません、教授。僕は将来、地元に帰って、町医者になりたいと思います。もちろん、立派な町医者になりたいので、今まで以上にご指導、よろしくお願い致します。』
って、言ったらしいの。」
なんと、いい話ではないか。どうやら、出世を目論んでいるわけではないらしい。ということは…、単なる遊び目当てではなく、根っからの優しい人間、であるのか。
そして、ふと、俺は理加子の顔を見た。その先輩のことを語っている理加子の目は、本当に輝いていて、その表情は、俺が今まで見たことのないものであった。「目がキラキラしている」これが理加子の表情、気持ちを表す、ベストな言葉であろうか。ともかく、その顔を見た瞬間、
「俺の負けだ。」
俺は、素直にそう思った。理加子は、その先輩と幸せになればいい―。俺は、理加子を応援しよう、そう一瞬のうちに決めた。
「それで、その先輩の連絡先は知ってるの?」
俺はそう訊いたが、理加子から帰って来たのは、意外な答えであった。
「うん、知ってるよ。でも、その先輩、今日、留学先のアメリカに旅立っちゃうんだ。その前に、ちゃんと気持ちを伝えなきゃ、って思ってたんだけど…。結局無理だった。」
「無理だった?どういうこと?」
「今、19時40分だよね?実はその先輩、20時発のフライトで、アメリカへ行くの。確かに連絡先は知ってるけど、向こうへ行っちゃったら、連絡する勇気なんかないよ…。今からだったら空港へは絶対に間に合わないし、私の恋も、終わっちゃったのかな。」
「諦めんなよ!」
理加子がそう言い終わるか言い終わらないかのうちに、俺は叫んでいた。
「ごめん、大声出して。でも、理加子が好きになった男だろ?だったら、ちゃんと気持ち伝えなきゃ。今からでも間に合うかもしれない。車とってくるから、ここで待ってて。」
「えっ、でも、今からだと…。」
「いいから!」
俺はそう言い残し、理加子を待たせて、車を取りに家へ戻った。俺は免許を取ったのが最近なので、初心者マークはまだ外せず、つたない運転かもしれない。でも、理加子のために、何かしないといけない―。俺は、そう思った。それに、時間の件は、瞬時に閃いたことがあった。
そうだ、アンケートだ!俺は理加子から話を聞いた瞬間、そう思った。このアンケートを使えば、フライトの時間を遅らせることができるかもしれない。いや、遅らせてくれ!天候のせいでも何でもいいから!俺は、そう祈った。今まで俺は自分のためにアンケートを使ったことはなかったが、1度ぐらいなら、それも許されるだろう。その時俺は、そう思ったのである。そして、家に帰り、車の鍵とアンケート、それにペンを持った俺は、アンケートに、
「○○先輩を乗せた飛行機のフライトが、遅れますように。」
と記入した。そして、いつものように、名前等の欄にも、記入した。
「真山優季、22歳、『女性』」
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