第38話「ボクに電話なんて珍しいね」

 僕は一度部屋を出ると、座谷ざたにさんを見守れる物陰に入ってから電話を掛けた。

 時刻はすでに夕方になっていて、ほとんどがまた一人で活動していた。

 当初はニョニョがやると言ってくれたけど、僕は電話を掛けたい事もあり、無理矢理、張り込みを引き受けた。


 トゥルルルとコール音が数度すると、


「もっしも~し! ティザンくん、ボクに電話なんて珍しいね。というか初めてかな?」


「初めてだね。いつもは僕から出向いていたしね」


「そうだよね~。何どうしたの? もしかして匂いフェチから声フェチに鞍替くらがえでもしたのかい?」


「いつまでも引っ張らないでッ!」


「冗談だよ。で、テスターのボクに電話してきた理由はなんだい?」


 僕が電話をした相手、それは検証人として生計を立てるプレイヤー『ゴビー』だった。


 僕だけが知る情報、それはゴビーの元へ依頼が来ていたあの染色薬だ。


 社長である伊坂さんが亡くなったとき、顔がどんどんと青くなっていった。通常はそんな変化は起きず、ただHPが無くなり死んで光になるだけなんだ。毒を飲んだというイメージが強く、またアニメやゲームなんかの印象が強いから青くなることに違和感を覚えなかったんだ!


「ゴビー、情報が欲しいんだけど――」


「ボクのスリーサイズかい? 高いぜ?」


 僕が聞きたい情報を言う前に、間髪入れずおふざけを入れてくるのは、もはや呆れを通り越して、流石だと思わざるを得ない。


「そうじゃなくて――」


「なんだよ。キミももしかして、新種の毒薬についてかい?」


 ッ!?


「な、なんでその事を!?」


「やった。大当たり! これは何か賞品でも貰えるかな?」


「いや、それより何で?」


 ふざけるゴビーを急かすように同じ質問をする。


「ちょうど、数日前にボクにそういう依頼があったんだよ。だから、あの染色薬のことを教えてやった。たぶん作った当人は毒薬なんかじゃないっ!! って言いそうだけど、あんなもん、毒だ。毒ッ!! 一片の改良の余地もないゴミをボクに飲ませやがってっ!! まぁ、テスターを名乗っている以上そういう仕事が来るのは仕方ないよ。ボクだって金を貰ってやってるプロだからさ、そういう覚悟はしてるけど、愚痴くらいいいだろ。愚痴くらい。ねぇ、どう思うよ~」


「長いっ!! しかも知りたいことが出てこないッ!!」


 僕はゴビーの話をぶった切るようにツッコミを入れてしまった。


「むぅ~。いいさ。いいさ。どうせボクには愚痴を聞いてくれる彼氏も彼女も友人もいないさ。どうせティザンくんはいつも通り、ボクをいいように使って捨てるんだろ。ほら、知りたいことを言いなよ。今なら特別無料サービスで教えてあげるよ」


 こ、こいつ、なんて言い出し辛い雰囲気に持っていくんだ!!

 だけど、こっちは50万+αがかかっているんだ! これしきでひるむかッ!


「それじゃ、遠慮なく。その毒が欲しいって言ってきた人物を知りたいんだけど?」


「おいおい。ティザンくん、マジか。この流れで普通に聞くとかヤバいよキミ! どうした? ボクの知ってるティザンくんはもう少し良識あったはずなのに? 電子ドラッグでもキメて、最高にハイになっているのかい?」


「いや、ゴビーの中で僕がまともな奴認定は嬉しいけど、ドラッグとかやらないし、ハイにもなってないから。とにかく今はその情報がすごく必要なんだ」


 そこで、今までおちゃらけていたゴビーのトーンが低くなり、真剣な話だと受け取れた。


「本来なら顧客の情報は金を詰まれないと流さないんだぜ。そのことは肝に銘じておいてくれよ。それで、毒を探していた相手だが。名前はわからんっ! 男だったのは覚えているんだが、いかんせん装備しか見ていなくてね。だから代わりに装備を教えよう!!」


 そうしてゴビーが語った装備は――。


 漆黒のスーツ上下にドクロのネクタイ、死神の足音という足装備くつに敗北死のコイン、直死の時計。


 中2病全開な装備に聞こえるが、全部装備すると、意外と普通のリクルートスーツに見えるという装備だ。

 そして、今回の参加者でそんな装備は一人しかいないっ!


「そうか、あの人が犯人なのか!」


 僕が声を上げると、同時に、「うわぁ~~!!」という叫び声がスペース内にとどろいた。



 いったい何が起きたんだ!?


 僕はゴビーへのお礼もそこそこに電話を切ると、まず座谷さんの部屋へ向かい、なんの声かけもなしに、ガンッと扉を引いた。

 良しっ! ちゃんと鍵は掛かってる!

 座谷さんの安全を確かめると、次にニョニョの元へ急いだ。


 ここもいきなり扉を開けようとしたが、鍵が掛かっており、開けられない。

 くそっ! 鍵なんて教えなきゃ良かった!!


 そう思っていると、内側から扉が開かれ、ニョニョが顔を出す。


「ニョニョ。大丈夫?」


「ええ、もちろん。どう考えても今の悲鳴は男性だったし。むしろあたしがティザンを心配したわよ」


 いや、僕だって男の声っていうのは分かっていたけど、それでも一応心配して来たんだけどね。


 たぶん、今の僕は何とも言えない、ギリギリ苦笑いをしている様な表情をしているだろう。


「声の方向は、娯楽室とかの方よね?」


「うん。たぶん」


「じゃあ、見に行くわよ」


 ニョニョは扉を勢い良く開けると、そのまま一目散に娯楽室の方へ駆け出した。

 

「ちょっ! 待って。危険だから、ニョニョはここで――」


 ニョニョはそう言われるのを予見していたかのように、僕の言葉にかぶせて言った。


「ティザンがなんとかしてくれるでしょ!」


 僕は反論しようと思ったけど、そうする間にどんどんニョニョと離れて行くので、諦めて追いかけた。


 すぐに娯楽室へと辿りついたけど、異変が起きていたのは娯楽室の近くに位置するトレーニングルームだった。


 そこから、モンスターのゾンビが大群で押し寄せていた。

 そして、そのゾンビが目指していたものは、アロハシャツを着た人物、番匠谷さんだった。


 番匠谷さんは僕らを見ると、


「た、助けてくれ!!」


 手を伸ばしたが、すでに遅く、ゾンビの大群に巻き込まれて、姿が見えなくなった。


「どうやら、トレーニングルームの装置から無限湧きしてるみたいだね。ニョニョ、ここはいったん逃げよう!」


「ええ、そうね。でも、逃げる先はアリーの居る広間よッ!!」


 ニョニョは何か感づいたのか、確信を持って僕に指示を出した。

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