第34話「『ザ・サバイバル』生き残り戦ってことか!」

「おいっ! 愛里、これは一体どういうことなんだっ!」


 アリーへと掛かってきた電話を受けると、すぐに誰か分かる内容と声が響く。

 電話越しでも声が聞こえて来たあたり、かなりの大声だったのだろう。アリーは耳が痛かったのか、表情を苦悶くもんゆがめる。


「とう、いえ、伊坂様、これはどうやら何者かによる妨害工作だと思われます。現実で言えば毒が仕込まれていたのですね」


「な、なんだと……」


「本来こういった場合は復帰をさせてあげたいのですが、ルールはルールですので、一度外に出た方の復帰は認められません。会長が決まった後でしたら、このギルドスペースへの入場が可になりますので、3日程お待ちください」


「そうだよな。父さんはそういうところがあるからな。分かった!」


 そこで電話が切れたようで、アリーは一息つく。

 すると、今度はニョニョに何やら仕事の電話が掛かってきたようで、皆に頭を下げてから、食堂を出て電話を受ける。


 数分後に戻ってきたニョニョは、今度は僕とアリーを連れ出して、食堂外の廊下へ出る。


「ちょっと、2人に相談なんだけど、今から護衛の依頼は受けても大丈夫?」


 なんでも先ほどの電話は、伊坂さんだったようで、最近少し話題の探偵、灰色探偵事務所に依頼の電話をして来たのだった。

 もちろん、僕とニョニョが探偵だったということを知らない伊坂さんは当初、毒の出所を捜査してもらう為に掛けたそうだが、電話の相手がニョニョという事に驚いたものの、これさいわいとばかりに護衛に依頼を変えたそうだ。


 伊坂さんは、自分はもう会長にはなれないが、せめて犯人には会長を勤めさせたくない。

 犯人を突き止められれば一番だが、なにぶん時間も少なく、危険な賭けになるところだったが、運よくもっと確実な方法が取れるようだ。

 犯人である可能性が一番低い、『座谷みゆき』さんを擁立ようりつするのが一番だと考えた。

 そして彼女を死亡させない為、護衛を依頼した。


 しかし、ニョニョは立会人という立場上、一人に贔屓ひいきするというのはいかがなものかと考え返事を決めかねていた。

 伊坂さんは、「絶対に大丈夫だ。もし不安なら愛里に確認を取ってくれ」と言い残し、一度電話は切れた。


 アリーはそんなニョニョの苦悩など知らないように、あっけらかんと、「いいわよ」と言ってのけた。


「貴方達が自発的に誰かを守るのはNGだけど、社長からの依頼ならいいわ。ただし犯人を見つけるというワタシの依頼も忘れないでちょうだいね」


 アリーはウインクを1つすると、再び食堂へ戻った。



 食堂ではまだ、伊坂さんが死んだ衝撃からか、全員呆けたように立っていた。


「これはどうなるんですかね~」


 真っ白な顔色の坂東さんは、さして困っている風でもない、生気のない声で質問する。


「試験はこのまま続行されます。社長の伊坂さまは残念ながら失格となります」


 淡々としたアリーの口調に対し、一番ショックを受けたのは、座谷さんのようで、口を覆い、驚きの声を漏らした。


「そんな……。兄さんが一番会長に相応しいと思っていたのに」


 そのまま座り込む座谷さんに、坂上さんと類家さんが駆け寄った。


「いや、しかしよぉ~。いったいどうやって社長に毒なんか飲ませたんだ? あ、いや、『イーノ』や『アリー』には可能かな」


 犯人を割り出そうと、番匠谷さんはアリーを挑発する。


「確か、会長からの差し入れだったんだよね。このスープは」


「ええ、そうよ」


「ハッ! ああ、そうか、『ザ・サバイバル』生き残り戦ってことか! 俺らは会長の罠から生き残れってことだな!」


「ワタシの口からはなんとも……」


「ああ、そうだよね。分かってる!」


 番匠谷さんは、目的が見えたからか、楽しそうに鼻歌まで歌い出した。


 各々が十人十色の反応を示す中、アリーは次に説明すべきことを行う。


「すみません、皆様、不測の事態でご不安のある中ですが、まだ3日間使うスペースの説明が終わっていません。個室もご用意してありますので、休憩されたい方はそちらへどうぞ」


 アリーはまず、7つある個室を案内した。

 各人に部屋が割り当てられているが、左右逆というだけで、全てが同じ内装になっている。

 その内の1つ、立会人が使う為の個室を実際に開けて、説明する。

 クイーンサイズのベッド、60インチの4KTV、鏡台に、なぜかトイレとバスルームまで完備された、一流ホテルのような個室だ。


「ゲーム内ですので、気持ちだけにはなりますが、我がギルドの最高級の個室でゆっくりとくつろいでください」


 続いてアリーは、娯楽室や客間、トレーニングルーム等を説明して周った。

 それから、各々自由に過ごすことになり、休憩したいという副社長2人と専務の座谷さんは個室へ。

 番匠谷さんは娯楽室とトレーニングルームで遊んでくると子供のように駆けて行った。

 最後に類家さんは、本当に何を考えているのか分からないが、1人食堂に残った。


「さて、それじゃ、あたし達、灰色探偵事務所は護衛を開始するわよ!」


 張り切ったニョニョの声が場違いに響く。


「ええ、いってらっしゃいな」


 アリーは手を小さく振って僕らを見送った。



 僕ら2人は、座谷さんの部屋が見えるけど、向こうからは見えづらい絶好のポイントを確保すると、2人で見張りながら、先の毒殺事件について話し合った。


「ねぇ、ニョニョ。犯人はどうやって社長を殺したと思う?」


「そんなの簡単じゃない。全部に毒を入れればいいのよ!」


 ドヤ顔で答えるのだが、それくらいは僕でも分かる。


「そうじゃなくて、どうやって『イーノ』さんからの差し入れだって思わせたかだよ。あれが無ければ、誰も食べなかっただろうし」


「え? そんなこと? ティザン、引きこもり過ぎが祟ってこんな簡単なことも分からなくなってるの?」


 うっ、そんな可哀相なモノを見る目は止めてほしい!


「仕方ないからあたしが説明してあげるわ。ティザンは何かを買うときどうしてる?」


「ん? 直接店に買いに行くか、CTG内で注文かな」


「まぁ、そうよね。でもね。世の中には電話注文ってものがあるのよ!」


「いや、それくらい知ってるよ! ああ、でも電話注文なら名前も自己申告だし、簡単になり済ませるか、それに今じゃCTGのおかげであまり見ないけど、ネット注文でも偽れるね」


「ええ、犯人が元々、妨害工作を企てていたなら、事前に準備は容易いわよね。ただ、警察みたいな専門家ならここから犯人が辿れるかもしれないけど、あたし達じゃ無理ね。電話注文なら男女は分かるかもしれないけど」


「なるほど。たぶん伊坂さんも同じ結論に達したから、護衛を依頼したのか」


「まぁ、もしかしたら、あたし達がハッキングとかそういう技術を持っている事を期待した可能性もあるわね」


 こうして、誰々が怪しいとか、ミステリードラマだとこうなるとかをニョニョと話しながら時間が過ぎていった。


「貴方達だけでも楽しそうで何よりだわ」


「――ッ!!」


 アリーの突然の声に、ニョニョは叫びにならない叫びを上げた。

 張り込み中なので、大声を出さないというプロ意識からだろう。

 ついでに僕は後ろから忍び寄るアリーに気づいていた為、さして驚きはない。


「一応、夕食の時間なのだけども、まぁ、集まって食べる意味もないし、各々で食べるようね。貴方達は夕食はどうするのかしら?」


「僕は栄養バランス食品があるから大丈夫かな」


「ティザン。またそんな食生活してるのっ!!」


 ニョニョは僕を問い詰めるように睨みつける。


「いや、この3日間だけだよ。普段はちゃんとしたもの食べてるからっ!」


「本当でしょうね。今度おばさんに聞くけど、いい?」


 僕は力強く頷いた。

 最近はわりとちゃんと食べてるし、母さんもそう証言してくれるはずだ。


「痴話喧嘩はよそでやってほしいわね」


 アリーは呆れたように肩をすくめた。


「もし、夕食をしっかり取りたいなら食堂へいらっしゃい。ワタシからディナーをプレゼントするわ」


 そう言って僕らの元を離れたアリーは、最後に、目の前の部屋の座谷さんに声をかけてから食堂へ向かった。


 僕はニョニョに交代で食堂に行くよう提案し、受け入れられた。


「じゃあ、ここは見張っておくから、ニョニョが先に行ってきなよ」


 ニョニョは僕一人を残す事に気が咎めたのだろうが、ディナーの前に屈し、僕を残して食堂へと向かった。


 30分後、僕はニョニョと交代して、CTG内でディナーにありついた。

 実際に食べられるのはこれより1時間後になるのだけど、犯人が用意したものに劣らない素晴らしいディナーだった為、期待が膨らむ。


 ニョニョと合流し、今度はリアルの方で交代して食事を楽しむ。


 夜も更けていき、そろそろニョニョが起きているのが辛そうになってくる。

 

「ニョニョ。あとは僕に任せて寝てきなよ」


「ううん。ダメよ。ダメダメ。ティザンだけにするなんて……。むしろティザンが寝てきなさいよ」


 もはや眠すぎて意識が朦朧としているクセに変なところで意固地だ。


「だったら、交代で寝よう。まずニョニョが寝てきなよ」


「う、う~ん。そういうことなら。3時間で戻るわ」


 ニョニョは立会人に与えられたスペースへ戻り、仮眠を取ることにした。


 僕はニョニョは一回寝ると、なかなか起きないので、絶対3時間じゃ戻ってこないなと思い、お茶を1口ふくんだ。

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