第29話「……最後の、決め手?」

 僕ら3人は、『チリペッパー』のギルドマスターの前へ姿を現した。

 ギルドマスターの『ウリ』は金色の鎧に身を包んだ女性プレイヤーだ。鎧は女性的なシルエットを存分に強調したデザインで、凛々しさと美しさを併せ持っている。

 ニョニョ程ではないけど、顔立ちも整っており、かわいいというより綺麗系な部類に入る。


「えっ! ちょっと、どういうことよッ!! なんで、なんで『リバティ』と『女王陛下』のギルドマスターがいるのよ!」


 しかし、今はその整った顔は崩れ、わめき散らすように叫ぶ。

 その驚きは当然である。相手としては今回の対戦相手は中小ギルドの『だいあもんど』のはずであったからだ。


「協力してもらったんですよ。貴方を追い詰める為にね。他に質問はあります?」


「わたしをめたの?」


「ですからそうですって。貴方自分が何をしたか分かってますよね?」


「な、なんのことかしら?」


 ここはしらを切り通すよね。普通。僕でもそうする。


 さて、ここからがニョニョの作戦の本命だッ!


「さて――」


 僕は全てを見通す名探偵のような口調で語り出す。


「事件のあらましを説明します。今回の事件は連続断頭殺人事件と言えばいいですかね。いろは歌の順番通りにプレイヤーが断頭されました。実行犯は傭兵を名乗る5人のチームでしたが、これには黒幕がいました。その黒幕。彼らに依頼した人物こそ、貴方ですね。『ウリ』さん」


 『ウリ』は顔面蒼白になり、冷や汗を浮かべながらも、犯人が定番で言う台詞を吐き出した。


「わたしが犯人な訳ないでしょ! ……証拠。そう証拠はあるのッ!?」


 ここで証拠とか言い出す時点で犯人と認めているような気もしなくはないけど、僕はさらに追い詰める為、ニョニョの言葉を代弁する。


「確かに、貴方を犯人だと断定する証拠は、まだありません。ですが、傭兵のリーダーがこのギルドに入って行く様子の写真から、このギルド内に犯人がいることは証明できます」


「それなら、わたし以外が犯人の可能性も充分あるじゃないッ!」


「ええ、困ったことにそうなんですよね」


 僕の言葉に安堵したのか、『ウリ』の顔色は戻り、汗も引いていく。


「何? 貴方達はその程度の証拠でわたしを犯人にしたてようとした訳?」


「そうですね。最後の決め手に欠けるので、ここに来たんですよ」


「……最後の、決め手?」


「ええ、この写真の日しか、傭兵のリーダーはギルドに来ていません。たぶん、来た理由はお金の支払いでしょう」


 この推理は間違っている。本当は報告の為に来ており、支払いは偶々だったはずなのだ。でも、この日に支払いがあった事実さえあっていれば問題ない。


「ですから、貴方が犯人ではないというなら、支払い明細を僕達に見せてもらえませんか?」


「そ、そんな事出来るわけないじゃないッ!」


 今度は顔を真っ赤にし、『ウリ』は怒鳴り声を上げ、拒否する。


「やり方でしたら、説明しますけど?」


「そういう事を言っているんじゃなくて」


「そうですよね。男性に見られるのは恥ずかしいですよね。では、アリーさんへご提示してください」


「なっ!?」


 わざわざニョニョが『クイーン』にも声をかけたのは、こういう目的も含まれていた。


「そうねぇ。ワタシなら問題ないでしょ? それとも、何か別の事かしら? ワタシ、別にBL本とか購入してても気にしないタイプよ」


 おっと、僕の予想の斜め下の発言に、思わず苦笑いを浮かべてしまう。


「そうじゃなくて……」


「それなら見せてくださいますよね?」


 アリーは口調こそ丁寧ではあるが、その瞳の奥には憤怒の炎が渦巻いており、見るものを威圧、畏怖させる。


「ぐうぅぅ。こ、こうなったらッ!!」


 『ウリ』は大剣を握ると、僕らに斬りかかって来た。


「ここで、お前らを殺せばぁぁ!!」


 確かに、今僕らを倒せれば、あとはGvGをやらなければ、こうして追い詰められることはない。糾弾きゅうだんする輩には知らぬ存ぜぬで良く、PK防止システムで実力行使も出来なくなるからだ。

 でも、相手を見て行動した方が良かったと思うな。


 振るわれた大剣をスティングが受け止め、弾く。


「くっ!」


 弾かれ大きく隙を見せた『ウリ』にスティングの強烈な一撃が叩き込まれた。

 脇腹を砕くように振るわれた大剣によって、『ウリ』は壁まで飛ばされ、大剣も掴んでいる余裕なく、どこかへ吹っ飛んでいった。


 壁が崩れ、粉塵ふんじんが舞い散る。

 煙幕のように『ウリ』の姿を隠す粉塵が収まるのを待って様子を見に向かうと、そこには鎧を脱ぎ去り、下着と大差ないようなタンクトップとホットパンツ姿の『ウリ』が上目使いで懇願こんがんするようにこちらを見つめる。


「貴方達、こんな無防備な女性から無理矢理、明細を取ろうっていうの!?」


 こいつ何してるんだ?

 僕は冷ややかな感覚を覚えつつ、とりあえず、明細を奪おうと歩を進めると、


「おいおい。ティザン。なにする気だ? 流石にもう戦意もない女に手を出すのはダメだろ!」


 スティングは僕を制止すべく、手を広げる。


「ほら、あんたもあんただ。早く明細書を見せろって!」


 スティングの声掛けに、『ウリ』は、


「わたし、本当に明細書なんて知らないんです。それなのに、こんな……」


 うわっ~。完全にウソだ。だいたいこのゲームで金を使わないでギルドマスターになれるはずがないッ! 

 それなのに、彼女はその堂々としたウソを涙まで流して信じさせようとする。

 こんなの信じる奴なんていないだろ!


「ほら、ティザン。ないって言ってるぞ」


「信じるのかよッ!!」


 僕は話にならないのと怒りで、ちょっとお灸を据えてやろうと、拳に力を込める。


「いや、だから、待て待て! お前には女性に優しくしようとかいう気持ちとはないのかよ!?」


 そういった気持ちはない訳ではない。けれど――。


「そういう気持ちはあるよ。めっちゃあるさ。ただ、女性が2人いたら、僕はニョニョに優しくする気持ちの方が強いってだけだ」


 ここで、スティングと戦いになる可能性もあるだろうけど、僕も引く訳にはいかない!


「あら、貴方、良い男ね! まぁ、スティングも女に優しくあろうというのは良い事よ。でもね。女は誰にでも優しくする男にはあまり魅力を感じないモノよ。覚えておきなさい」


 僕とスティングのやり取りに水を差したのはアリーだった。

 彼女はそのまま、僕らの横をすり抜け、『ウリ』の前まで迫る。

 そして、杖ではなく、メイスと呼ばれる打撃武器を取り出すと、なんの逡巡もなく、『ウリ』の顔面に叩きこんだ。


「お、おいッ!」


 スティングが思わず声を上げると、アリーは澄ました顔で、言ってのけた。


「女同士なら問題ないでしょ?」



 アリーはメイスをパシパシと手の平に叩くようにして構える。

 そして『ウリ』が起き上がると、一言、「明細は?」と聞く。


 それに「知らない」と答えても、黙秘を貫いても、顔面を叩いた。

 HPがまずくなると、回復を行い、生殺しの状態へと持っていく。


「ねぇ、ワタシは見せてと言っているのよ。それを知らないって、そもそも答え方が違うわよね? ほら、なんとか言いなさいよ!」


 そして再びメイスを振るう。

 その様は、『キラークイーン』と言ってもいいんじゃないかと思えるものだった。


「な、なんで顔ばっかり?」


「貴方、質問を質問で返すなって教わらなかったのかしら? 教養の低さが伺えるわね。でもいいわ。特別に答えてあげる」


 アリーは指を2本立てる。


「理由は2つ。1つは、単純にワタシのギルドメンバーがやられて、怒っているからよ。それから2つ目は、彼に見せれない程、顔をボコボコにしようと決めていたからよ」


 その言葉を聞いて、『ウリ』はまるで発狂したかのように大声をあげた。


「なんで知っているのよッ!! ヤメテ!! それだけはお願いッ!!」


「あらあら、ほとんど自白みたいなものねぇ」


 アリーは目を細め、笑みを浮かべる。ゴスロリな洋服と相まって、悪魔の使者の様だ。


「えっと、アリーさん。話が見えないんですけど?」


「そうね。貴方のニョニョさんから彼女が怪しいと聞いて、さらに彼女の推理を裏付ける為、独自にギルドメンバーに調べて貰っていたの。元々、この『チリペッパー』ってギルドは色恋で色々問題が起きてるギルドでしたもの。彼女の動機、それは――」


 アリーによって、事件の動機が語られ始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る