第30話 「し、しまっ……」

「ギルド『チリペッパー』にはそれはそれはイケメンで、強くて、優しくて、お金もあるスーパーマンがいるのよ。名前は『アキラ♪』、♪を言うの大変だから次からは『アキラ』と言うわよ。で、この『アキラ』を巡って何度も『チリペッパー』ではいさかいがあったそうよ」


「その諍いが今回の原因なんですか?」


 僕の質問に、アリーは首を振って否定する。


「いいえ、その諍いは、ギルドマスター、『ウリ』の勝利で決着が着いたわ。要するに彼の心を射止めたのね」


 それだと今回の事件の理由にはならなそうだけど。


「ただ、彼は誰にでも優しくする男だったみたいよ。そこのスティングみたいにね」


 いたずらっ子の様な笑みを浮かべ、アリーは話を続ける。


「特に、『ハッカク』っていう女の子には優しくしていたみたいね」


「それって、もしかして、その『アキラ』が浮気をしていたから?」


 僕が素直な予想を述べると、


「違うわっ!!」


 『ウリ』は鬼の様な剣幕けんまくで否定した。


「彼は悪くないわ。悪いのはあの女よ。彼にわたしという彼女が居る事を知りながら、ベタベタとくっついてッ!」


「それでいきなり断頭PKするのは、やり過ぎですよ!」


「違うわッ!! ワタシはちゃんとあの女に警告したわ! あまり付きまとわないでって。そしたらなんて言ったと思うッ!? あの女、わたしと彼の関係は所詮ゲームの中だけ、リアルで付き合うチャンスはまだありますよねって! あの女、リアルの彼の事も知っているみたいだったのよ! きっとストーカーに違いないわ! だからリアルでも影響ある断頭PKを選んだのよッ!!」


 感情的に全てをぶちまけた『ウリ』はハッと我に返った。


「し、しまっ……」


「自白ありがとうございます。今のは録音させてもらいましたので。あっ、もう明細は必要ないですよ」


 僕はニッコリと微笑む。


「でも、『ハッカク』を狙うのは判りますけど、その前のプレイヤーやニョニョはなんで狙われたんです? もうここまで話たんですから、そこも教えてください」


「そ、それは――」


 『ウリ』が口ごもっていると、かすかなため息が漏れる。


「ティザンと言ったわね。貴方はここまで判れば答えは出ているようなものじゃない。彼女は『アキラ』に嫌われたくなかったのよ。ね、そうでしょ?」


 アリーの言葉に、『ウリ』は静かに頷いた。


「だって、『ハッカク』をいきなりPKしたら、疑われるのはわたしだし、だから、いろは歌の順番にして、誰を狙っているのかを分からなくしようと……」


「貴方、自分の保身の為に、何人も犠牲にッ!?」


「だって、好きな人に嫌われたくないじゃないッ!!」


 その気持ちは分かる。すごく分かるけど、でも方法は決して許されるものではないッ!


「そうよね。嫌われたくないわよね。その気持ちは分かるわ」


 アリーは捨てイヌをなだめるように、『ウリ』の頬を撫でた。

 慈愛に満ちた微笑を向けられた『ウリ』は許されたと思ったのだろう。その表情は安心し緊張によるこわばりが消えていた。


「さて、それじゃ、『アキラ』に事件の全てを伝えましょうか」


 その一言で、『ウリ』の表情は完全に凍りついた。


「な、なんで、気持ち分かるって、許してくれたんじゃ……」


「ええ。気持ちは分かるわよ。だから、一番辛いを攻めるんじゃない!」


「な、な、なっ」


 口がパクパクと動くだけで、もはや言葉すら発せられずにいた。


「貴方、自分が許されるとでも? 本気でそんな虫の良い話があると思ったの?」


「あ、あ、うわぁぁぁぁぁ!!」


 『ウリ』は絶叫を上げ、アリーに防具も武器も無い状態で襲い掛かる。


「あ、邪魔されても面倒だから、貴方は死んでなさいッ!」


 無慈悲にメイスは『ウリ』に叩き込まれ、HPを削り取った。


「な、なんてヒドイ……」


 最後に恨み事を残し、『ウリ』は死亡した。


「さて、指揮系統もつぶれた事ですし、ワタシ達が何もしなくてもGvGには勝手に勝つでしょ。流石に協力してもらった『だいあもんど』に悪いものね」


 アリーは悠々と立ち去ろうとするが、僕は気になった事を訪ねる。


「あれ? 『アキラ』に伝えるんじゃ?」


 その問いに、悪魔の笑みを見せながらアリーは答えた。


「ふふっ。いつ言われるか分からない方が地獄なのよ」


 僕とスティングは顔を見合わせ、絶対にアリーを敵に回さないようにしようと誓った。


 ※


 こうして今回の事件は幕を閉じた。

 正直、女性陣2人が強すぎて僕の出る幕はほとんど無かったと思う。

 けれども、これで、断頭PKはなくなるだろう。


 ぼんやりと、そう考え、今回はタダ働きだけど、この仕事、灰色探偵事務所にやりがいを見出していた。


 ニョニョも今回は無料で引き受けるのを了承してくれていたし、きっと僕と同じ思いだったのかと思うと嬉しくなる。


「あ、ティザン、新しい依頼よ! ターゲットは――」


 新たな依頼が僕らの元へ舞い込む。


「了解。行って来るよ!」


「前回の仕事は、すごい宣伝効果があったから、仕事が山のように来てるわよ! 今が稼ぎ時だから頑張って! 必要なら栄養ドリンクくらい差し入れするわね!」


 満面の笑みで僕を送り出すニョニョ。


 え? 宣伝? 確かに、大規模ギルド3つと中小規模のギルド3つに恩を売れたとは思うけど……。もしかして、ニョニョが無料で受けたのって……。


 い、いや、考えない様にしよう!

 僕の脳細胞は考えるのを止め、新たな依頼に専念するのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る