第15話「釘を刺しておこうかと思って」

「それじゃあ、試してみよう!」


 僕の言葉と共に、ゴビーは簡易転移装置と呼ばれるアイテムを取り出した。


 街の中のみ使用でき、どこからでも街の転移装置へ移動出来るという代物で、大手の企業が経営する店舗にはお客様のお帰り用に置かれている。


「とりあえず、まずは普通に転移して出来なくなっている事を確認するね」


 僕は簡易転移装置にアクセスすると、周囲に魔法陣が浮かび、僕を包み込む。

 本来ならこれで転移装置にまで移動しているはずだけど……。

 果たして僕はそのまま、ゴビーの事務所の屋上に居続けた。


「ちゃんと、モンスターだけでなくプレイヤーにも転移阻害は作用するみたいだね。あとはタイミングを上手く合わせられるかだね」


 僕は普段の転移のタイミングを思い出しつつ、もう1度簡易転移装置を起動させる。

 チャンネル選択の画面を開きつつ、全身が魔法陣に包まれる瞬間を待つ。


 あと、2秒、1秒、今だッ!!


 チャンネルを変え、誰もいない屋上へと出る。

 その瞬間、ポォーンとアナウンスが響く。


「テスターゴビーの事務所、家主は現在チャンネル1へ居ます。御用の方はチャンネル1までお越しください」


 客人が迷わないように、チャンネル違い、不在時にはこうしてアナウンスが流れる。

 細かい事だが、こういったシステムもCTG内での買い物が普及した要因の1つだろう。


「とりあえず、チャンネル移動は上手く行ったようだけど、問題はニョニョ達に僕が転移したように見えているかだね」


 再び、僕はチャンネルを移動した。



「で、どうだった?」


 戻ると開口一番に僕は2人に尋ねた。


「ちょっと早かったわね」

「ティザンくんじゃなくても出来てるんだから、タイミングは結構ゆるいと思うよ」


 2人の声は失敗を告げるものだった。


「くそっ! もう1回だ!」


 今度は2人の意見を参考に、完全に魔法陣に覆われてからチャンネル変更を行う。

 再度戻ってきた僕に対しての反応は、


「すごい。ちゃんと転移したように見えたわよ!」


 ニョニョは親指を突きたて、成果を報告してくれた。


「これは、ボクも知らない使用法だったね。ちょっとの練習で出来そうだし、企業に売り込めば小銭くらいには……」


 真剣にぶつぶつ呟くゴビーの態度からも成功したことがうかがえた。


 これであの『青唐辛子』の鼻を明かしてやれる!


「それじゃ、ここにもう用はないわね! 明日に備えて今日は早く落ちましょ」


 ニョニョは僕の手を引いて扉へと向かう。


「それじゃ、ゴビー世話になったよ! ありがとう」


 僕は去り際に一言挨拶をすると、ゴビーはすでに今回の件に夢中になっているようで、無視された。


 それから僕らは、にゃぽ~んさんに報告をしてからログアウトした。


 僕は一息付くと、ヘッドマウントディスプレイを外す。

 そしてふと、ニョニョに掴まれた腕を意識してしまう。


「……ボディスーツ型のコントローラーだったら」


 そんなよこしまな思いが頭を巡り、ついネットショッピングのページを開く。すると狙いすました様にスマートフォンがけたたましく着信を知らせる。


「わぁ!! な、なんだ、こんな時間に」


 ディスプレイを確認すると、女々メメからの着信だった。

 僕は直前の行動から少し後ろめたくなりながらも電話に出た。


「エルク、今、変なこと考えてたでしょ?」


「な、なんで?」


 女々が鋭すぎる! エスパーか何かかな?


「アタシがベタベタ触ったからね。一応釘を刺しておこうかと思って」


「へ、へ~、そうなんだ。全然そんな事ないから大丈夫。そんな心配しなくても」


「そう。そうなの……」


 なぜか女々の声が沈んでいるように聞こえるのは気のせいかな?


「とにかく明日が勝負なんだから気張っていくわよ」


「うん。了解」


 それで通話が終わると、僕は急いでネットショッピングの画面を消すと、地獄のように熱いシャワーを浴びてからベッドへと潜った。



 翌日は良く寝た為か、爽快な気持ちでCTGへとログインした。

 にゃぽ~んさんからターゲットがログインした通知はまだなく、ニョニョのログインもまだだった。特にする事も無いので僕は街の様子を眺めて待つことにした。


 適当な壁へと背を預け、流れていく人々を観察する。


 暇な時はこうして街を眺めることが多かったのだけど、意外にもそれが今の探偵業に少なからず役に立つことがあるのだ。

 自然と、この時間帯に入ってくるプレイヤーはだいたい覚えて、勝手に馴染みがあるような気持ちになる。芸能人の事を良く知った相手のような気になるのと同じ感覚だ。

 これが人探しの際にはとても役に立っている。


「ありゃ? 良く寝落ちしてる人が今日はいないな。珍しい。まぁ、リアルがあるし偶々たまたまだろうね」


 いつもと違う街の様子につい独り言を口走っていると、ニョニョがログインした通知が入る。


 僕は挨拶もそこそこに事務所へと集合する。


「今日が勝負のときね」


 僕は神妙しんみょううなずいた。

 どうやらニョニョににゃぽ~んさんから連絡があったようだ。


 今回はニョニョが最初に張り込みし、チャンネル変更後を僕が追うという作戦になった。

 僕はチャンネルを変え、転移装置の近くへと向かった。


 転移装置の周囲が見えるような場所へ陣取ると、『青唐辛子』が転移しようとする連絡を待った。


「ティザン。行ったわよ!」


 ニョニョからの連絡に気を引き締める。

 見るべきは、この瞬間、湧き出るように現れる、チャンネル変更のプレイヤーだ。


 スッ!


 突如現れたプレイヤーに注意を向ける。


 ネコミミにコート。名前も『青唐辛子』。ターゲットだッ!!


 確かに、こうして現れるプレイヤーにまでは気が向かないだろう。

 なかなか巧妙な手を使ったけど、僕らの目を完全にあざむくくことは出来なかったようだね!


 ターゲットは堂々と街の中を練り歩き、お洒落なカフェ風のアイテム屋の前でその歩みを止めた。

 外に並べられたイスに座る女性が、『青唐辛子』を見つけると手を上げる。

 2人は仲良く同じテーブルへと付くと、少し雑談をしてから連れ立って歩き始めた。


 僕はその瞬間を逃さずスクリーンショットに納める。


 2人の行動は簡単明瞭かんたんめいりょうで、そのまま、歓楽街へGOだった。

 そういう目的の店へと2人して姿を消すところまでスクショに撮り、ダメ押しに出てくるところも撮らせてもらった。


 にゃぽ~んさんには悲しい結果になっただろうけど、僕ら灰色探偵事務所の勝利だッ!!



 ニョニョを経由してにゃぽ~んさんへと結果の報告と写真データが手渡される。


「そう、やっぱり浮気してたの……」


 ネコミミが感情に合わせてへたれる。

 甘ロリの小さな体躯がますます小さく見える様だった。


 なんと言葉をかければいいか迷っていると、意外にもにゃぽ~んさんの方から口を開いた。


「あの、噂で聞いたのだけど、復讐も手伝ってくれるの?」


 ニョニョは大きく頷くと、


「ええ! 浮気をするような女の敵はアタシの敵と言っても過言ではないわ! 是非手伝いますよ」


 僕は装備を整えると、指をらないようにアップを始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る