第16話「女性を騙して傷つける方が酷いだろ!」

 にゃぽ~んさんに『青唐辛子』を呼び出してもらおうとすると、なんと拒否された。

 残念だけど、完全に気持ちが冷め切っているようだ。


 男の僕だったら完全に沈むだろうけど、女性は強かった。


「むぅ~ッ!! あったま来たッ!! 何が何でもとっちめるのっ!!」


 にゃぽ~んさんは電話を何度もかけるが、そのうち電源を切られたようで音信普通となった。

 表情筋が怒りでピクピクと震えている。


 そして、事務所のテーブルに叩きつけるようにカードを置いた。


「もう一日お願いするのッ!! そんでボッコボコにして欲しいのッ!!」


 ニョニョは黙ってカードを受け取ると、これまでの調査料金とさらに2時間分を追加でもらう。


「お任せください!」



 翌日も『青唐辛子』を張り込むと、早々に現れ、転移をすると見せかけてチャンネル移動を行う。


 僕はそこまで尾行をすると、女性と出会う前に声を掛けた。


「すみませ~ん。そこの女性が貴方の事、呼んでるんですけど」


 ターゲットの視線の先には、魅惑的な、胸を特に強調したスーツに身を包むニョニョが、はにかんだ笑顔を浮かべている。


 まるで花の蜜に誘われる虫のように、ターゲットの『青唐辛子』は薄暗い路地へと進む。ただし花は花でも食虫花なのだが。


「あの、アタシ、貴方の事一目見た時から、言いたい事があって……」


 もじもじとしたニョニョの言い方に、イヤでも想像が膨らむ。


 上目使いにニコッと微笑んでから、ニョニョの右手が動いた。


「女を舐めんじゃないわよッ! この女の敵がァ!!」


 そしては放たれたのは右ストレート。

 拳は正確に眉間を打ち抜くが、その手には何の感触もないはずだ。なぜならPK防止システムですり抜けているからだ。

 しかし、僕らの狙いは別のところにあった。


「君、いきなり何をって、何も見えないから早く手を退かしてくれないかっ!?


 そう、これはシステムの穴をついた目潰しだ!!


 ターゲットが慌てふためく中、後ろから素早く駆けつけた僕は、ダメージにならないように手首を縛り、体に縄を巻きつけ、ズタ袋を頭へと被せる。


 そして抱えるようにして持つと、『青唐辛子』を拉致らちした。



 事務所にて、拘束を解き、『青唐辛子』とにゃぽ~んさんが対面を果たす


「先に拉致したことは謝るの。でも、これはどういうことなのっ!!」


 にゃぽ~んさんは写真データを突きつける。

 その写真を見たターゲットは、全く悪びれる様子もなく、


「ああ、これは妹だよ」


 と言ってのけたのだ。


「え、え? それって、リアルでのなの?」


「そうそう、リアルのだね。ホテルの写真もあるのか、いや、困ったね。妹がどういうところか見てみたいって言うから仕方なく行ったんだよ。でも、もちろん1回だけだぜ」


「そう、それならいいの。あたしの勘違いみたいだったの」


「わかって貰えればいいよ」


 ターゲットは笑顔を向ける。


「いいえ、ウソよ!」


 ニョニョのその言葉と共に、僕は黙って男の前に、『青唐辛子』の行動を撮った動画と、僕の検証動画を並べた。


「もし本当に妹なら、こんな事をワザワザする必要がないわ。貴方この写真がどういう訳か1回しか撮られていないと分かったからそんなウソを付いたみたいだけど、残念ながらアタシ達の目は騙せないわよっ!!」


「チッ。バレてんのかよ! そうだよ。浮気してたよッ!! 相手の女が毎回服を変えてるからな。全部同じ服なら1日のことだって思ったからいけると踏んだんだがな」


 急に粗暴そぼうな態度に豹変ひょうへんし、舌打ち交じりに浮気を認める。


「あたしは遊びだったの?」


「いやいや、お前が一番だよ。ついさっきまではね」


「ど、どういうこと……?」


「炊事、洗濯、掃除を完璧にしてくれて、しかも、今の今まで、浮気に気づかない鈍感どんかんさとかマジ貴重だったんだけどなぁ」


「もしかして、今までも何度か?」


「あ~、そうだな。お前と付き合ってからは5人くらいかな?」


「…………ッ!」


 にゃぽ~んさんはワナワナと体を震わせ、ときどき嗚咽が聞こえてくる。

 それ以上何も言えないようで、その場に立ち尽くしたままだった。


「クズねッ!! 言い訳もここまで来ると吐き気を覚えるわっ!!」


「まぁ、確かに浮気は悪かったと思うよ。でもさぁ、わざわざゲームの世界にまで追ってくる女とか怖すぎでしょ! そんなん百年の恋も冷めるわ。そんな怖い女に他に彼女出来たから別れてなんて言ったら刺されるじゃん。だからこうして色々やってバレないようにした訳。むしろオレは彼女を犯罪者にしない為にワザワザこうしたんだ。彼女の為を思った行為だよ。非難される覚えはないね」


 この男は一拍置いてからさらに驚くべき発言をした。


「で、お前はオレと別れんの? 今なら特別に許してやってもいいけど?」


 やばい、久々にめちゃくちゃムカつく。

 この男は自分に絶対の価値があって、自分と付き合っていることが女性にとってメリットになっていると信じているのだろう。

 僕は怒りの沸点が越え過ぎて、無表情に『青唐辛子』を見つめる。


「ぐすん。わかったの。あたし大人しく別れるの。でも、最後に1つお願いがあるの」


「ん? なんだ?」


「最後にカッコいい、青唐辛子を見たいの。だから、この人と勝負して欲しいの」


 にゃぽ~んさんは僕を指差しながら、そう述べた。きっとそれは最後の意地で、最初の抵抗だったのだろう。


「あ~、なるほどね。オレの華麗な技を最後に見たいと。別に構わないが、そいつ見たところアサシンだろ? オレの攻撃に耐えられるか?」


 ターゲットはすでにやる気満々で、メイスを取り出す。

 どうやら『青唐辛子』は魔術師のようだ。

 魔術師は、攻撃魔法に特化しており、遠距離から中距離からの攻撃を得意とする。活躍の場は多岐に渡り、ある程度までレベルを上げれば使い勝手の良いジョブとして重宝されているが、固有スキルのみ少し見劣りし、MP増強のみだ。


 僕らはお互い同意すると、PvP開始の合図が表示された。


 ターゲットは上級者ということもあり、アサシン対策に小振りな魔法を仕掛けてくる。

 僕はそれらを時に掻いくぐり、たまに喰らいつつも、接近を果たした。


「やっと、こっちの射程だね」


 僕は短剣を振るおうとしたその時、ゴンッと頭に響く音と共に、画面に横揺れを起こした。


「ハッ! バカがセオリー通り突っ込んで来やがって! オレは魔術師は魔術師でも殴り魔術師なんだよッ!!」


 殴り魔術師はソロ狩りの効率化の為や、MP消費を抑える為、今みたいな不意打ちを決める為など様々な理由で行われるスタイルだ。魔術師は物理もそれなりに強くなるため、その場の状況で切り替えるプレイヤーも少なからずいる。


「なんだ。大してチームから声も掛からない、ぼっち雑魚魔術師か」


 僕はよろよろと立ち上がりながら、声を漏らす。


「なっ! ふざけるなよ! 殴り魔術師はれっきとした戦法だろうがッ!!」


「いや、語弊ごへいがあったなら謝るよ。僕は殴り魔術師を批判したんじゃなくて、お前を批判したんだよ。本当に戦術として殴り魔術師をやっていたなら、不意打ちに任せるんじゃなく、魔法はもっと囲うように放って誘導してから殴り込むんだよ。お前のはパーティを組んでくれるヤツがいない、ソロ専門のやり方だな」


「くっ! それがどうしたッ!! 現にお前に効いてるじゃないか!?」


 僕は1つため息を付く。


「相手のHPくらい確認したらどう?」


 僕のHPは初期値から少ししか減っていなかった。


「な、なんで……」


「そりゃ、昔、どうしても殴り魔術師の不意打ちが避けられなくて特訓したからね。貴方の攻撃で当たったのは避けなかった魔法数発だけだよ」


 それから短剣をターゲット目掛け投擲とうてきした。


「くっ! 危ない。だが、これでお前は無手になったぞ!」


 ターゲットがそう言い放った瞬間、僕の掌低打ちがターゲットの鼻っ柱を捉えた。


「武器捨てた方が、いっぱい殴れるからね。覚悟してね」


 僕はニッコリと微笑んでから、さらに股間に1発蹴りを入れる。


「ガッ!!」


 痛そうな声を上げるターゲットに僕はボディスーツの着用を確信した。


 ターゲットが痛みに耐えている中、僕はにゃぽ~んさんへ質問を投げかけた。


「すみません。この人って自宅からインしてます?」


「た、たぶん、そうだと思うの」


「わかりました。ありがとうございます」


 僕は丁寧に礼をしてから、『青唐辛子』の腕を殴りつけた。


「僕、記憶力良いので、貴方の腕が少しでも動いたら分かるんですよ」


 ターゲットは何が言いたいのかといった視線を向ける。


「つまり、ボディスーツの機能を切ろうと腕を1ミリでも動かしたら、その腕を殴ります」


 そう言いつつも腹部を蹴り上げる。


「まぁ、動かさなくても殴りはするんだけどね」


「ひ、ひでぇぇえええッ!!」


「女性を騙して傷つける方が酷いだろ!」


 僕はターゲット、『青唐辛子』を延々とボコボコにし、ようやくHPもわずかという終わりが見えてきたところでニョニョが回復薬をぶち当て使ってあげた。


「な、なんで……」


「この程度で許される気でいたんですか?」


 ニョニョの得も言えぬ迫力、僕の暴力に、


「う、うわぁぁぁぁ~~」


 絶叫を上げる『青唐辛子』、しかし、流石に見かねたのか、にゃぽ~んさんが僕と青唐辛子の間へと割り込む。


「ありがとなの。でも、もう充分なの」


 カシャ! とスクリーンショットの音がする。


「ぷっ! すごくダサいの。もうあたしのほうから願い下げなの」


 にゃぽ~んさんはそう言うと、僕の短剣を拾い、僕の手へ。

 僕は小さく頷き、トドメを刺した。



「今回はお世話になりましたのッ! これで吹っ切って新しい恋を探せるのっ! なんであんな何にも家事すらしない浮気男が良いと思ってたのか今では不思議なくらいなのっ!!」


 そう言って笑顔を見せてくれる。


 僕とニョニョは深々と頭を下げた。


「何かまたご利用の際は灰色探偵事務所をよろしくお願いします」

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