第13話「体が目当てかい?」

 翌日もにゃぽ~んさんから、ターゲットの『青唐辛子』がログインしたと連絡を受け、張り込みを開始する。


「ニョニョ、今回は、フィールドに出てすぐにチャンネル移動してから街へ戻った可能性を考慮して動くよ」


「OK、アタシは別チャンネルで転送装置から入ってくる人物を見ておけばいいわね」


「うん。よろしく。僕は引き続きフィールドをくまなく探すけど、今回は別のチャンネルも一緒に探してみるよ」


 僕はターゲットが転移されたのを確認すると、すぐに自分も転移しフィールドに降り立った。


 しばらく探すが、やはり見つからず、チャンネルを変える。


 フィールドでチャンネルを変えるなんて混雑時か友達の待ち合わせを間違えた時くらいしか行わない行動で、こんな行動をする時点で怪しいのだが、今のところ証拠が何1つない。


 僕は別のチャンネルのフィールドも探すが、姿を見つけることは出来ず、2日目も徒労とろうに終わるかと思われたその時、ニョニョからメッセージが入る。


「ティザン! ターゲットを見つけたわ。でも、見つけはしたんだけど、街の中に居たのよ!」


「街の中……だって……」


「あっ! 今、転移装置に向かったわ!」


「了解!」


 どこに『青唐辛子』が転移するかは賭けだけど、もし街での用事を済ませて戻るのならば、フィールドはどこでもいいはず。それなら一番上に表示される最初に行ける初心者用フィールドに飛ぶんじゃないかな?


 僕も急いで初心者用フィールドへ転移すると、そこには今まさにチャンネル移動をしようとしているターゲットがいた。


 僕がそのフィールドへ着くのとほぼ同時に姿が消える。


「ニョニョ、チャンネル移動した! そっちも動いてッ!」


「ティザンは!?」


「いま、僕が移動したら尾行がバレる可能性があるでしょ!」


「あ、それもそうね。尾行は見失うよりバレる方が問題だって言うものね!」


 ニョニョにチャンネルを移動してもらった結果、ターゲットである『青唐辛子』はすぐにフィールドから街へ戻り、1日目と同じように平然とログアウトしたらしい。



「あ~!! 悔しい! 悔しい! 悔しいッ!!」


 ニョニョは事務所に戻ると開口一番に叫んだ。


「なんであんな所にいたのよ! ずっと転移されてくる人は確認してたのよ!」


「見落とした可能性は?」


「見落とす訳ないでしょ! あんな派手な魔法陣が現れるのよッ!」


 その言葉に一瞬ひらめきのようなモノを感じたが、名探偵でもない僕には、そこから理論立てて推理するなんて事は出来なかった。


 それでも取っ掛かりは掴めた気がする!


「ニョニョ、ちょっと確めたいことがあるから、出かけてくる」


「何かわかったのッ!? それならアタシも付いて行くわ」


「えっ!?」


 ニョニョのセリフに僕は言葉に詰まった。

 やましいところが有るわけではないが、これから会う相手に、正直ニョニョを会わせたくなかった。


「いや、僕一人で充分だからニョニョは適当に休んでてよ」


 僕はニョニョのじとーっとした視線を背中に受けながら、逃げるように事務所を後にした。



 僕らの灰色探偵事務所から少し離れた場所に位置する雑居ビル。

 立地もビルの外観も僕らより微妙に良い。そんなビルの一室、というか屋上を事務所として間借りしている女性に僕は会いに来ていた。


 ビルの入り口で屋上を選択すると、一瞬で転移する。


 屋上には一面フェンスで仕切られており、その内側はゴミ屋敷のようにアイテムに溢れている。

 仕事に使うとおぼしき、テーブルの上と周辺だけは綺麗に整頓されていて、そこに一人の女性が佇む。

 彼女は僕を見つけると、声をかけてきた。


「おや、誰かと思えば……、誰だい?」


 これはいつもの事なので、僕は名前を告げようと口を開くと、彼女は手を突き出し、静止させる。


「いや、待て、当てて見せよう。ふむ、その装備とテキスト文から見て、ティザンかな?」


「正解だけど、いい加減、人が来たらメガネを外すクセをつけた方がいいと思うよ」


 僕の目の前にいる女性は、丸縁まるぶちメガネに白衣という出で立ち。顔はメガネを取れば丸っこい可愛い系の造詣ぞうけいをしている。そして身長は低いのに出るところはしっかり出ているのだ。顔つきも体格もリアルの女々メメとは対極に当たる姿だ。


「いやいや、このメガネは便利だからね~。それに何度もここに足を運ぶ人物は限られているし、名前を気にするのはキミぐらいなものだからね」


 彼女のメガネは特別製で、そのメガネを通して見ると、他人のアイテムや装備でもその効果と数値が事細かに読み取れるのだ。

 その所為で、装備品が多い上級プレイヤーになると、テキストに埋もれて誰か判別できないという不都合を起こしているのだ。


「それで、ティザンくんがワザワザ訪ねて来たってことは、またこのボク、ゴビーの体が目当てかい?」


「誤解を招くような言い方をしないでほしい! 確かにここに来る人はある意味、あなたの体目当てだけどっ!」


 彼女の名は『ゴビー』、僕が探偵をしてリアルマネーを稼ぐように、彼女も個人で店を経営している。

 彼女の商売、それは、『検証人テスター』だ。


 ゴビーはあらゆる試作アイテムをその身で試し、問題点、改良点を告げる。他にも、アップデートで技のモーションが変わったり、新たなスキルが追加されると、技の繋げ方を研究するトッププレイヤーによって練習台にされたりしている。

 要するに、デスペナルティの代わりにお金を受け取っているのだ。


 彼女に知らないアイテムはなく、分からない技の繋ぎ方・回避の仕方はないと言われる程の信用を築いており、商品開発を目論む企業からの依頼が主な収入源だと言っていた。


 ついでに、僕とゴビーの関係は、以前、僕がどうしても回避できない技があり、その回避方法を研究する際に訪れたことがあった。

 そのときに、なぜだか知らないが、「ボクを殺さない目的で来るのはキミくらいなものだッ!」と爆笑されてから、彼女に気に入られているようだった。


「さてさて、キミの目的はまだ知らないけど、ちょっと待って貰えるかな? 先約があるんだ」


 ゴビーはそういうと机に置かれていたビーカーに入った液体を飲み干した。


「これは体の染色薬だそうだよ。CTGでは常識的な肌の色しか出来ないからね。ついでに今はゴールドを選択してみた。さて、どうなるだろうね?」


「なぜよりにもよってゴールドを……」


 僕の言葉が不思議だったのか、ゴビーは首を捻りながら答えた。


「そりゃ、スター・ウォーズごっこしたり、007ごっこしたりする為だろ。あぁ、もしかしてティザンくんは青とか緑でミュータントごっこが趣味だったかい?」


「いや、そういう趣味は全くないんで」


 そんな無駄な会話をしていると、ゴビーの体に変化が訪れた。

 手・足先から徐々に金色へと変貌へんぼうしていく。

 新たな染色薬が誕生したかに見えたが、ゴビーの顔は曇っていた。


「ああ、こりゃ、失敗作だね。ティザンくん、ちょうどいいや。留守をよろし――ガハッ!!」


 金色の口から、真っ赤な鮮血が吐き出され、ゴビーのHPは0になった。

 金色の手を指をこちらへと見せ付けるように伸ばし、その場へと倒れ込むと光の粒となって消えて行った。


「死ぬとか完全不良品じゃん! ……ああ、もしかしてゴビーは死ぬことまで考慮して金色を選んだのか」


 僕は彼女の遺志を尊重し、呟いた。


「007ごっこは出来たね。おめでとう」


 僕の方の本題は彼女が復活して戻って来てからになりそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る