第10話「冷静に考えれば分かるはずなのにッ!」

 まず机に近づいたけど、教室の外に出てない人は除外して、外に出た女子だけ思い出す。

 それから右へ行ったか、左へ行ったかだ。


 必死に思い出すと、ふと奇妙なことを思い出した。


「そう言えば、いつも教室で駄弁だべってるグループが外に出てたな」


 人を疑うのは良くないというけど、実際疑わなきゃ何も進まないッ!!  

 全く、この言葉を最初に言ったのって誰なんだろう? 一度も人から被害を受けたことがない人なのか?


 おっと、いけない、思考が変な方向に。


 僕は一度深呼吸し、気持ちを切り替える。


「良しッ! 切り替えていこう」


 あのグループ4人組が出たのは右側の方だったね。

 トイレに連れ立っていくなら、左に行くほうが断然早いから、やや怪しさが増す。


 右側は下駄箱へ出るか、特別教室棟だ。

 とりあえず、僕は特別教室棟へと向かう。

 そこには、理科実験室、地学室、家庭科室、音楽室、美術室、技術室、情報室がある。

 

 他の授業中の先生に見つからないように、忍んでその教室1つ1つを探すことにした。


 まずは一番近い理科実験室。ちょうど授業で使われておらず無人だ。

 

「嫌がらせなら、見つけ辛いところよりも見つかったときショックを受けるところかな」


 ぶつぶつと呟きながら、ゴミ箱、掃除用具入れ、標本棚、水道付近を探すが見当たらない。


「あっ、冷静に考えれば分かるはずなのにッ!」


 ある気づきに僕は思わず声を上げてしまった。

 それは、5時間目、6時間目に授業があったら見つかって騒ぎになっているはずだということだ。

 必ず使うとは限らないが、地学室以外はかなりの確率で使われているはず!


 僕は地学室へと急いだ。

 しかし、僕の予想とは裏腹に、地学室はこの日に限って使用されていたのだ。


 絶対誰も居ないだろうと油断していた僕は、小走りに教室に向かうとギリギリで先に教師の姿を見つけ、相手が振り向く前にマトリックスばりの体の反りで、窓枠から体を外す。


 うおぉ~、危ないッ!


 流石に元気に小走りしている姿を見られたらなんも言えないよ!


 だけど、これで特別教室の可能性はほとんどついえたと言ってもいいだろう。


「あとは、外だけど……」


 下駄箱まで来ると、校庭を見回す。

 体育館周りは女々メメがもちろん探しているはずだし、校庭にあれば誰かが届けているだろう。

 そのとき、最悪な考えが脳裏をぎる。


 もし、外に出てガチの変質者に売ったりしてたら……。

 いや、でも嫌がらせの為でも同じ女子のをそんな風に扱わないよね……たぶん。


 僕がもう少し乙女心が分かる奴だったら、「そんなことする訳無いじゃん」って断言出来たかもしれないのにッ!!


 とにかく、その考えは無理矢理引っ込めて、僕は他に外でありそうな場所を模索する。

 土に埋められていたらアウトだけど、女子だしそんな汚いことはしないね。


 う~ん、他に何かヒントになりそうなことは無かったかな?


 僕は女子グループにだけピントを合わせて記憶を辿る。


「そういえば、随分帰ってくるのが早かったような」


 外ですぐに場所を決められて、見つかったときショックを受ける場所。


「ああ、なんだ簡単じゃないか。物を隠す定番の場所か」


 僕はそこで見つかってほしいような、ほしくないような複雑な気持ちで訪れた。


 ゴミ収集所に。


 学校のゴミが一同に集められ、毎週、月・水・金に捨てられる。

 幸い今日は収集日じゃないから、まだあるだろう。


 ポリバケツの蓋を1つずつ開けて確認すると、最後に開けたポリバケツの中、いい具合にゴミが半分くらいしかない中に、女々の体操服が袋から出されて捨てられていた。


 怒りで一瞬目の前が真っ赤になったが、女々の悲しむ顔を想像し、怒鳴って暴れまわりたい気分を抑える。


 僕の怒りを晴らす事なんかより、女々が悲しまない方が100倍重要だ。

 体操服をポリバケツから出し、校庭にまだ残る水たまりを見つめる。


「いい具合に泥があるな」


 足で踏んで確認してから、僕は水たまりへとダイブした。


 ビチャンッ!!!!


 派手な音と水飛沫みずしぶきを立てて、僕の制服と女々の体操服一式は泥だらけになった。


「さて、あとは当初の予定通り、保健室へ行くか」


 顔に付いた泥をかろうじて綺麗な袖でぬぐいながら、再び校舎の中へと戻った。



 保健室に入ると、保険医のおばさんは目を丸くして僕の姿を見た。


「ちょっと、いったいどうしたの?」


「気分が悪かったので、トイレに行った後、保健室に行く前に冷たい空気を吸おうと外に出たら転んでしまって。上は脱げば済むので、ビニール袋とタオルを借りられないでしょうか?」


「え、ええ、いいわよ。そこにあるのを好きに使って」


 僕は濡れタオルを自分の体はそこそこにして、女々の体操服を拭くのに使った。

 そして、ビニールに体操服を入れる。


 あとは保険医の目を盗んで、備え付けの消臭スプレーを体操服に散布しゴミの臭いを消した。


 これで良し。言い訳も考えたし、これで女々が傷つくことなく済むだろう。

 まぁ、僕が女々の体操服を持っていたと知れたら一部の男子から殺意を向けられるくらいだろう。


 この姿で授業中の教室に入ったら騒然そうぜんとなるのは目に見えていたから、ホームルームが終わるのを待って教室へと戻った。


 女々は、机に向かって次はどこを探せばいいか、自分の記憶を頼りに考えているようだった。


「やあ、女々。体操服なんだけど、体育館裏にあったよ。だけど、持ってくる途中で転んじゃって」


 僕はこれ見よがしに泥だらけの姿を見せる。


「それで一緒に体操服も汚れちゃったから、ちゃんと責任持って洗って返すよ」


 今度は泥で汚れた体操服をビニール袋越しに見せる。ちゃんと胸元の名札が見えるよう気を配った完璧な配置にしてだ。


「あ、ありがとうエルク。でも洗うのはアタシがやるよ」


「えっ?」


 予想外の返しが来た。

 僕が洗って返さなかったら、泥が付いていないところがゴミで汚れていて、そこから勘付かれる可能性もある。それは断じてダメだ。

 

 完璧な作戦だと思ったのにッ! 確かに今、冷静に考えれば、幼馴染とはいえ、異性に体操服を洗われるくらいなら、僕でも泥だらけでもいいから返してもらうわッ!!


 だが、ここで引き下がる訳にはいかない!


「いや、ほんと、僕の所為だから気を使わないでいいから、僕に洗わせてよ」


「元々、アタシが忘れたのが悪いんだから、別に構わないわよ。そっちこそ気を使わないで!」


「いやいや、僕って、人に貸しを作っちゃいけないアレルギーだからッ!」


 もはや、僕が訳のわからない事を言い出したとき、後ろの方から、小バカにした笑い声が聞こえた。


「ハハハッ。マジ必死。受ける!!」

「そんなゴミみたいなのでも女子の体操服持って帰りたいの?」

「ゴミと女子の香りがいいんじゃない?」

「持って帰らせて上げればいいのに! 意識し過ぎじゃない!」


 女子グループ4人が思い思いにバカにしたセリフを吐き出す。

 僕の耳に届いたってことは確実に女々も聞こえている。

 しかも、その内容はゴミ箱に捨てられていたことを示唆しさするものもあり、いくら女々でも体操服がどうされていたか気づくだろう。


 僕は気づくとその女子グループの前まで歩いていた。


 バチンッ!!


 まずリーダー格の女子に平手を浴びせる。


「ハァ!! 女子の顔、殴った!?」


 涙を浮かべているようだけど、知らん!!

 僕は残りの3人も順に平手打ちをかまし、倒れる彼女たちを一瞥すると、体操服入りのビニールを掴んだまま、学校を後にした。



 放課後、家へと帰宅すると、女々の体操服を手洗いで粗方綺麗にしてから、ドラム式洗濯機に放り込んだ。


 ジャージに着替えた後、ゴゥン、ゴゥンと一生懸命動く洗濯機を応援しながら見ている、玄関のチャイムが鳴った。


「は~い!」


 何にも考えずにドアを開けると、そこに立っていたのは女々だった。


「その、今日はありがとうッ!」


 そう言って僕の手を握る女々の手には熱がこもっていた。


「それから――」


 女々の顔が近づき、唇がゆっくりと艶かしく開く。

 これは、お礼のキスとかって展開かッ!?

 いや、そんなアニメみたいな展開があるわけない! だいたい、お礼はアタシってどれだけ自信家だよッ!! いや、嬉しいけどッ!!


 もはや僕の思考はショート寸前で訳がわからなくなっていると、


「さっきのビンタ、すっごく良かった!! いいスナップしてたから爽快だったわッ!!」


 へっ?

 顔を近づけてまで言う事がそれですか?


 そのまま、女々は再度お礼の言葉を口にし颯爽と去っていった。


 それから僕は女子を全力で引っ叩いてしまった少しの罪悪感とその後にはまるゲームの所為で、不登校街道まっしぐらだったのだ。

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