第8話「なんだと。俺は聞いてないぞ!」

 暗雲が徐々に散っていく中、まるで朝日のように暖かく照らす光源が移動してくる。

 大きな鳥。ただの怪鳥ではなく、その全身は燃え盛り、死と再生を想起そうきさせる存在。フェニックスがその姿を僕らの前へと現した。


 フェンリルは通常のレイドボスと違い、チート野郎を駆逐くちくする為の存在で倒してもアイテムドロップは一切無い。ただし、こうしてフェニックスが現れ、生存していたプレイヤーに30日間の期間限定で武器に火属性強化(小)が付与される。

 その演出にしてもフェニックスが一声上げるだけで大したものではない。


「クアァーー!」


 鳥類特有の甲高い鳴き声を上げると、僕らの武器に属性が付与される。

 本来ならこれでフェニックスは飛び去って行くのだが、今回は未だ留まり続けている。


 スティングは緊張で、ゴクンッと唾を飲み込むと、卵をアイテムボックスから出し、フェニックスへと差し出した。

 フェニックスは卵を愛おしいものを見る目で見つめると、卵は炎が巻きつき宙へと浮かぶ。

 その姿はまるで炎の揺り篭のようだった。


「クアァーー!」


 フェニックスは再び鳴き声を上げると、自身の燃え盛る羽を一枚、くちばしむしり取ると、スティングの前へ置き、卵と共に飛び去って行った。


 スティング含めたギルドメンバーの視線が一斉にフェニックスが残した羽根へと集まる。

 スティングがそれを手に取ろうとすると、ボォッと激しく燃え盛り、形状をプレートメイルへと変えていった。


「こ、これは……」


 完全に鎧の形になると、スティングに吸い込まれるようにその場から無くなった。

 たぶん、アイテムボックスへと収納されたのだろう。


「ギルマス?」


 暫しの沈黙の後、スティングの鎧がガラリと変わる。


 鎧の形は先程までと同じくプレートアーマーだが、金属は一切見えず、煌々こうこうとした炎で形作られている。


「火無効に氷耐性。火属性の攻撃強化に、被ダメージ時に火属性ダメージを与える。あとは自動回復とか盛り過ぎだろッ!」


 スティングは炎の鎧に書かれたテキストを読み上げていく。

 そのステータスには僕でさえ息を飲む程だった。


「スティング! やったな!!」


 僕は最後に声をかけ、一度ログアウトした。



 ログアウトし、現実に帰った僕は、スティック型コントローラー両手分を離すと、左手でヘッドマウントディスプレイを脱ぎ捨てる。

 僕は椅子から転がり落ち、右親指を支えた。


「うおぉおお! 痛いッ、痛いッ、痛いッ! 指つった~~!!」


 ここまでした甲斐はあったけど、もう2度とやらないッ!

 こんなにならないと勝てないとかどんだけ鬼畜ゲーだよッ!


 僕は、「うぅ~~」と呻きながら心の中で文句を垂れ流した。


 くっ、落ちつくんだ。

 こういう時ほど冷静に対処するんだッ!!

 ったときはまず、伸ばすと良いって言うよね。


 左手で頑張って右親指を伸ばす。少しは痛みが和らいだ気がするけど、まだ痛い。


「うう、後は水分も摂った方が良いっていうよね」


 いつもCTGをやる際には近くに置いておくペットボトルのお茶を手に持って一気に飲もうと試みるが。


「なんてこった。左手だけじゃ、キャップが、外せない……だと……」


 一気に冷静でいられなくなった僕は何故か急に攣った箇所を冷やそうとペットボトルを押し当てる。


「ぬるいっ」


 1時間以上レイド戦を行っていたのだから当然と言えば当然なのだが、それすら思いつけない程、冷静さを欠いていた。


「うぅう……」


 痛みに耐えること数分。ようやく痛みが完全に引いた。

数分が1時間くらいに思え全世界を恨んだが、冷静になって時計を見るとまだ大した時間は経っておらず、今は世界平和を願う余裕すらある。


 僕はキャップを両手で開けてお茶を飲むと、2つの依頼を果たす為、再度CTGへログインした。



 フェニックス樹海にはすでに誰もおらず、僕も急いで街へと戻る。

 今日も変わらぬコンクリートジャングルに閉塞感へいそくかんと安心感を覚える。

 僕はその足で直接、灰色探偵事務所へと向かう。


 事務所スペースは、雑居ビル風の建物の中に位置する。

 階数などはなく、表示された数多ある個人経営店から灰色探偵事務所の文字を探し、押すと古びた扉の前へと転移ワープする。

 錆びた音を立てながら扉を開けると、中にはスティングとベルがすでに訪れていた。

 流石に2人共鎧姿ではなく、装備を外し、ラフなTシャツ姿になっている。


「で、どうだった? ティザンは役に立ったでしょ?」


 満面の笑みでスティングに言葉の槍を突きつけるのは、巨乳スレンダーのニョニョだ。

 腕を胸の下に組み、胸を強調したドヤ顔はリアルを知る僕としてはそこはかとなく哀しいものがある。


「ああ。ああっ! そうともメチャクチャ役に立ったさ!」


 スティングは荒々しく、電子マネーのカードをテーブルへと叩きつける。


「約束通り、報酬を持ってけ!」


「はいっ! ご利用ありがとうございます」


 ニョニョはカードを受け取ると、先ほどまでのイヤな笑顔と違い、柔和な優しさに溢れた笑みを見せ、口調も丁寧になっている。

 会計が終わると両手でそっとカードをスティングへと返す。


「なんだ。その変わり身。逆に怖いんだが、絶対裏があるやつだよな」


 流石最強プレイヤーの一人! 危機管理能力が高い! たぶんその勘は当たっていると思う。

 いぶかしむスティングは、電子マネーの残高を確認する。


「あっ! おい。お前、1万円も引かれてるじゃないかッ! 5000円のはずだろッ!?」


「えっ? ですが、料金説明のときに、『ティザンが活躍したら5000円でも1万でもやる』と言ってましたよね?」


 ニョニョはその時の会話の履歴ログもしっかり取ってあり、突きつけながらスティングに迫る。


「う、た、確かに言ったが……」


おとこに二言は?」


「な、ないです」


 スティングの声は震えており、肩をガックリと落としている。

 そして観念した彼はベルを引きつれそのまま出口の扉の方へ。

 

「おお、ティザン、戻ってたのか?」


「うん。まぁね。今の会話聞いてたけど、そんなにリアルマネーが欲しければ、さっきの装備売っちゃえば? 余裕で1万円以上になるでしょ」


「アホかっ! 誰がそんなことするかっ! でも、まぁ、そうだな。鎧の件もあるし、護衛費1万円はそう高い買い物でもなかったな。うん!」


 勝手にガックリと落ち込んでいたスティングは勝手に元気になり、普段と変わらぬ姿で事務所から出て行こうとした。


「えっ!? ベルくん。なんでここにッ!?」


 そのとき、声を上げたのは、今回の当初の依頼人、『☆田村友美☆』さんだった。


「あれ? 友美さんこそ、どうして?」


「え、えっと、それは……」


 口ごもる田村さんの反応にピンッと来た、僕とニョニョは一瞬でアイコンタクトを済ませると、それぞれ行動に移る。


「すみません。ベルさん。うちでは守秘義務がありまして、依頼人同士の詮索せんさくはちょっとお控え願えないですか?」


 ニョニョが素早く牽制けんせいを入れる間に、僕はスティングだけ呼び寄せる。


「本当は言っちゃダメなんだけどさ。いい話だから聞いてよ。あの田村さん、ベルとゲーム内で結婚してるんだけど、なんでもプレゼントでフェニックスの卵を渡したいから取って来てもらえないかって依頼をしてたんだよ」


「なにッ! マジかッ!? スゲーいい子じゃないか!」


 良しッ! これで後はスティングから徐々に噂として流れて、ベルが知れば完璧だ。

 再度、ニョニョとアイコンタクトを取ると、ニヤリと2人して妖しい笑みを浮かべた。流石に結婚指輪を失くしたから、その捜索でなんて言えない。


「では、依頼料などのお話をしますので、田村さん。中へ」


 馴れた動作でニョニョは巧妙に田村さんだけを事務所内へと招き入れる。

 僕も続いて中へと入り、結婚指輪を田村さんへ手渡した。


 田村さんは指輪を受け取ると、内側に、『YUMI☆』と彫られているのを確認し、胸元に握りしめた。


「ああ、ありがとうございます!! 良かった。本当に……」


 リアルでは泣いているのだろう。時おり嗚咽も聞こえるが、それでも何度も彼女は、「ありがとう」と言い続けた。


 落ち着くまで、ゆっくりと待つと田村さんの方から、すっとカードが差し出された。


「すみません。お恥ずかしい所をお見せしてしまいました」


「いえ、嬉し涙は恥ずかしいものではないですよ。いくらでも流してください」


 ニョニョの言葉に、田村さんは微笑むと、再びお礼の言葉を口にした。


「それで、お支払いの件ですが――」


 田村さんの言葉をニョニョは静止させると、首を横に振った。


「田村さん、ベルさんとリアルでお付き合いされたんでしたよね。ネットで知り合って付き合うだなんて凄くステキだと思います。ですから今回の依頼料はお付き合いされた事へのご祝儀として取っておいてください」


「重ね重ねありがとうございます!」


「まぁ、今回は臨時収入もあったので、お気になさらず」


「はいっ! これでうれいなく、リアルでも結婚できます!」


「「ええっーーー!!!!」」


 まさか結婚のご祝儀になるとは、僕やニョニョでも読めなかった。



 事務所外にて、全員で会うとその結婚の話題で持ちきりになった。


「な、な、なんだと。俺は聞いてないぞ! ギルマスなのにッ!」


「あ、すみません、中々言い出せなくて」


 ベルは照れたように頭を掻いた。


「くそっ! 許せん! このリア充めッ!」


 スティングがベルへと殴りかかると、PK防止システムが働き、スティングの体はベルをすり抜け、そのまま後ろの壁へと激突した。


「くそっ、幸せになれよ。こんちくしょう!」


 ニカッと笑顔を見せながら、ずるずると床へ落ちていくスティングを見ながら、皆一様に笑顔を見せた。

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