第2話

「汐里さん、次は寿司に行きましょう。」

 汐里の隣りをスーツの男が歩いていた。

 年は三十、かっちりした髪型に眼鏡、神経質そうな顔立ちのザ・サラリーマン的なこの男は、汐里の見合い相手だった。

 今日で会ったのは二回目、断る理由が見つからず、どうしたものかと思いながら会っていた。

 汐里の叔母が持ってきた話しで、この相手は、すでに数人に写真の時点で断られており、とりあえず数回会ってあげてと言われて、しょうがなくというのが現状だ。

「汐里さんは、今までお付き合いしたのは何人ですか?」

 汐里は、ちょっと驚いて見合い相手を見上げる。

 見合いというのは、そんな突っ込んだことまで話さないといけないのだろうか?

 経験人数を聞いているようなものだと思うが…。

「答えないといけませんか?」

「そりゃ、お互いのことをよく知らないと、結婚なんてできませんからね。」

「二人です。」

「二人もいるんですか?」

「はあ…。」

「じゃあ、バ…バ…バージンではないと?」

「…。」

 汐里は答えなかった。


 これって、お見合い断る理由になるかな?


 しばらく無言で歩き、汐里のアパートの前まできた。

「あの、今日はありがとうございました。」

 汐里が、見合い相手と別れてアパートに入ろうとすると、なぜか見合い相手もついてきた。

「あの…、部屋までは送らなくて大丈夫ですから。」

 二階の部屋の前まできたが、鍵をあけずに見合い相手に帰るように促す。

「ぼ…僕は、心が広いほうだ!汐里さんが何人の男に汚されたとしても、許すことができると思う。」


 汚された?誰がよ!


 汐里は、さすがに無理だと思い、ここで見合いを断ろうと決意した。

「あの、あなたに許されなきゃいけないようなことじゃないと思います。」

「いいんだ。気にしなくて。汐里さんの汚れは、僕が清めてあげるから。」

 見合い相手は、汐里の手から部屋の鍵を奪おうとしてきた。

「ちょっと、やめてください!」

 汐里は鍵を死守しようと、必死で抵抗する。奪われそうになり、汐里は鍵を廊下から外に投げ捨てた。

「なんてことするんだ!」

 見合い相手は、汐里の腕をつかんだ。

「離して!」

 汐里は怖くて泣きそうだった。

「しおりん、お帰りー。」

 汐里の投げ捨てた鍵をクルクル回しながら、耀がアパートの階段を上がってきた。

「秋元君!」

 汐里は、見合い相手の手を振りほどき、耀の元に走った。

「こいつは誰だ?」

「あんたこそ誰?しおりんの友達?」

「僕は婚約者だ!」

「違うわ!叔母さんから言われて、しょうがなくお見合いしただけよ。断るつもりだったし。」

「な…、君は僕を騙したのか?」

「騙したって、お見合いはしましたが、まだお返事してないじゃないですか!」

 見合い相手は、唇を震わせていた。

 耀は、二人の話しを聞いていたが、状況を理解したのか、汐里の腕をとった。

「なんだ、浮気したのかと疑っちゃったよ。ごめんね、この人俺の恋人。悪いけど諦めてよ。ほら、年が離れてるから、不安だったんでしょ?だから見合いなんかしちゃったんだよね。バカだな、俺は本気だよ。」

「あの…。」

「大丈夫。言わなくてもわかってるから。愛してるよ、しおりん。」

 耀は、鍵を使ってドアを開けると、汐里の腕を引っ張って中に入る。

 見合い相手の目の前でドアを閉め、覗き穴から廊下を見ていた。

 ドタドタと階段を走って下りる音がし、耀は覗き穴から顔を外した。

「階段下りてったよ。」

「あの、なんであなたが?」

「ああ、バイトの帰りでさ、そこのコンビニで立ち読みしてたんだ。そしたら、しおりんが帰ってきたのが見えて、彼氏かな?って思ったんだけど、トラブってるみたいだったし。なんか投げ捨てたみたいだったから、拾いにいったの。」

「…そう。ありがとう。助かりました。」

「そんじゃ、あまり長居すると、狼さんになっちゃうから。」

 耀は、出ていこうとドアを開けたが、すぐに閉めた。

「どうしたの?」

「さっきの奴がまだ表にいる。コンビニのとこ。」

「嘘?」

「買い出しのふりして、コンビニ行ってみる?」

 汐里はうなずいた。

「その前に部屋着に着替えたら?いつまでもスーツじゃおかしいでしょ。」

「部屋着…。」

 汐里は、Tシャツにジーンズのスカートを箪笥から引っ張り出すと、トイレに入って着替えた。

 そして、耀の後に続いて部屋を出た。

「ほら、手つなご。」

 汐里は怖さもあって、耀の手をとる。

 二人が部屋から出て、階段を下りて行くと、確かに見合い相手がコンビニの影から覗いていた。

「気がつかないふりして。」

 耀が汐里の耳元で囁いた。

 耀は、わざと楽しそうに大学での講義の話しをし始め、コンビニに入ると、飲み物やらお菓子やらを買った。

 そのまま、見合い相手には気がつかないふりをしたまま、また二人で部屋に入った。

「ストーカーかよ。コワッ!」

「どうしよう?」

「ま、ほっとけばそのうち帰るんじゃない?しばらく付き合うし。」

 耀は部屋に入ると、テーブルに買ってきたものを並べた。

 そして、かろうじて表通りが見える窓に近寄ると、カーテンを閉めた。

「あいつ、この窓が見える場所に移動してたよ。」

「ええっ?」

 見るのも怖い。

「じゃああいつが帰るまで、宴会しよ。コーラでね。でも、その前に…。」

 耀は、汐里のことを窓際に立たせると、肩に手を置き、そっと近寄った。

「なにしてるの?」

「いや、この距離だと、カーテン越しに見たら抱きあってるように見えるかなって。」


 芸が細かいわね。


「仕上げは…。」

 耀は電気をパチンパチンと消し、豆電球だけにした。

「ちょっと。」

「大丈夫、慣れれば問題ないよ。ほら、飲もう。」

 耀は、スマホをテーブルに置き、明かりがわりにする。

 それから、お酒ではなくコーラで乾杯し、ポテトチップをつまみに、耀がほぼ一人で喋った。

 耀は話し上手で、汐里は時間も忘れてしまうほどだった。

 二時間ほど喋った後、耀はこっそりと窓から外を見た。

「うん、見えるとこにはいないな。」

「ほんと?」

「たぶん。じゃあさ、これ俺の電話番号。あとラインIDね。しおりんのも教えて。もしなんかあったら電話ちょうだい。うちからなら、走って十分くらいだからさ。すぐくるよ。」

 汐里は、抵抗なく番号とIDを交換する。

 すでに耀に対して苦手意識はなく、面白い子という印象に変わっていた。

 耀は立ち上がると、玄関に向かった。

「じゃ、鍵閉めてチェーンかけてね。」

「わかった。ありがとね。」

 耀は、手を振って出ていった。

 汐里は、言われた通り鍵を閉め、チェーンをかける。

 窓から外を見ると、耀が通りを歩いて行くのが見えた。見送っていると、耀が振り返り大きく手を振った。汐里も小さく振り返した。



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