第14話 美姫との会話
美姫がそう聞いて来るが、達也の周りには日本人しかいなかったし、正直、台湾人とか考えた事もなかった。
「台湾の人って考えた事もない。今まで、周囲にいなかったから。でも、美姫ちゃんは良いと思う」
達也は正直に言ったつもりだったが、自分でも意味不明な事を言ってしまったと思った。
「私が良いってどういうこと?」
美姫の質問に達也は悩んだ。直ぐに答えが出て来ない。そして、どうにか答える。
「美姫ちゃんは、日本人とか台湾人とか関係なく、良い人だということ」
違う、本当は「好きだ」と言いたい。だが、達也はその言葉を発すると美姫に「友達でいましょう」と、言われる事が怖かった。それに、ちょっと恥ずかしい。
「私、良い人かなあ?」
「良い人だよ。それは保証する」
「フフフ、ありがとう。でもね、私、台湾人、台湾人って小学、中学の頃はいじめられていたの。高校だって、影で『台湾人のくせに看護婦になるつもりよ』なんて、言われているし。だから、日本文化である茶道部に入ったの」
「でも、それはお爺さんの頃の話だろう。今は、日本人じゃないか」
達也は、美姫のいじめの話を聞いて、怒りが込み上げて来た。
「だって、名前が『王』でしょう、野球の王選手なら違うかもしれないけど、浜松じゃ直ぐに日本人じゃないって分かるし…」
「だ、だったら、結婚して名字を変えればいい」
「でも、中国系の私なんかを貰ってくれる人なんているかしら?」
「ぼ、僕が貰う」
「えっ、それって、プロポーズ?」
「あっ、いや、まだ高校生だし」
「フフフ、ありがとう。こんな私に親切にしてくれたのは、達也さんが初めてかも」
「早紀も美姫先輩って呼んでいるし、そんなに差別なんかしていないから」
「うん、ありがとう」
その後、学校の事なども話した。
達也が自動車学校の予約をしていないという話になったら、美姫が羨ましいと言う。
「そうかな、車の免許を取る事はここら辺りじゃ普通じゃないかな?」
「私、先に看護婦資格を取らないと。まずは准看護婦の資格かな」
達也が持っている免許は、バイクの免許ぐらいしかない。それなのに、美姫はこれから看護婦資格を取るという。それは学校を卒業しても勉強が必要だということを指している。
「そうか、美姫ちゃんは凄いよ。まだ、勉強を続けるんだろう。俺なんか、学校の勉強だけで十分だもん」
達也はいつしか、「僕」ではなく「俺」と呼んでいた。
「学校で教わった事は基礎みたいなもので、それから自分がどれだけ努力するかでしょう。たっくんも何か資格を取ったら?」
美姫もいつしか達也のことを「達也くん」ではなく「たっくん」と呼んでいるが、二人ともそれが自然であるかのように違和感は感じなかった。
「資格かあ」
「たっくんは専門は何なの?」
「電気だけど」
「じゃあ、電気工事士とか」
電気工事の話が出てきたので、叔父の電気工事店でアルバイトをしていた事を美姫に話した。
「それなら丁度良んじゃないかしら、どう、電気工事士?」
「うん、叔父さんにも頼んでみようかな。でも、看護婦資格よりは簡単だと思うな」
「簡単か難しいかの問題ではなくて、やる気があるかどうかなのよ。でも、たっくんって凄いね、バイトしていたんだ」
「美姫ちゃんだって、お店の手伝いしているんじゃないか。無報酬の分だけ、美姫ちゃんの方が凄いと思う」
「だって、そうしないとお店が成り立たないし、たっくんの方が自分でお金を稼いでる分だけ凄いと思うけど…」
「じゃあ、どっちも凄いという事で」
「フフフ、私たち凄いぞー」
美姫は小さくガッツポーズをした。
時計を見ると、いつの間にか2時間が過ぎていた。
達也は、美姫の実家である店の近くで美姫を降ろした。
「また、水曜日にいつものところでいい?」
「そんな、毎回、悪い気がする」
「そんなことはないよ。俺も役に立てたら嬉しいし…」
「それなら、お言葉に甘えちゃおうかな。5時にいつものところで」
次の約束も出来たことに達也はホッとする。
達也がXJ400を発進させると、美姫は小さく手を振ってくれた。
「ただいま」
「お帰り」
和室から早紀の声がする。
「おい、受験生。テレビばかり見ていて大丈夫なのか?」
「だって、ご飯じゃん。『腹が減っては戦が出来ぬ』と、浜松城主の家康さんも
言ったじゃない」
「知らんぞ。そんなこと、徳川家康が言ったのか?」
「さあ?」
「何だ、お前も知らないんじゃないか」
「達也、最近、遅いな」
いつもは無口な父が聞いて来た。
「まあ、早紀とは違うけど、就職だからいろいろとあるんだ」
「お前は、どこに行くつもりなんだ」
「それがどこにしようかと思っている。ヤマハとかスズキなんて無理だし。国鉄も募集はないし、電電公社は倍率高いしで、迷っている」
「ここらじゃ、超一流じゃなくても、一流に入る会社はいくらでもあるだろう」
「でも、あんまり名前を知らない」
「そりゃあ、CMやってる会社が全てって訳じゃないからな。兎に角、どこにするか決めたら教えてくれ」
「うん、分かった」
達也は一度は信二と同じように車やバイクの部品メーカーにしようかと思ったが、美姫の「電気工事士の免許を取ろう」って言葉に心が動いた。そう言った意味では、電気関係の会社もありかもしれない。
月曜日、もう一度、求人ファイルを見てみよう。今まで、考えられなかった会社もあるかもしれない。
月曜日、達也が求人ファイルを見ていると信二が声を掛けて来た。
「達也、まだ決めていないのか」
「もう少し、考えてみようと思って。電気関係の会社もいいかなと思っている」
信二も一緒になって求人ファイルを覗き込んで来た。
ファイルは職種別になっていて、達也は「電気」と書かれた項目を見る。
すると、電気工事店だけでも沢山記載されていた。中には、スズキの工場で、聞いたことのある電気工事店もあった。
だけど、どこが良いのか正直、達也には分からない。
「叔父さんに聞いてみようか」
達也は従業員数や給料を見て、その中から大きいと思われる会社5社をリストアップしてメモした。
今夜、叔父に電話で聞いてみるつもりだ。
「達也、土曜日さ、例の美姫ちゃんの店に行ったんだよ。だけど、彼女は居なかった」
信二が早速、土曜日の話をして来た。
どうやら、予定通り、真一と一緒に美姫の実家である「台湾飯店」に行ったらしい。
その頃、美姫は達也と一緒だったとは、達也は口が裂けても言えない。
「そ、それは、残念だったな」
思わず口ごもってしまう。
「まあ、学生だから、店には出ていないかもしれないからな」
「そうだよ、まだ高校生だし、勉強が一番だからな」
達也だって、アルバイトをしていたが、その事には触れないでいる。
「達也の言うとおりかもしれないな」
信二は達也と一緒に教室への廊下を歩き出した。
家に帰り、電気工事の会社を考えているので、叔父にいろいろと聞きたいと言ったら、母が叔父に電話してくれることになった。
叔父だって忙しいので夜8時くらいにならないと帰って来ない。
8時の時報と同時に、母が叔父の家に電話を掛ける。早速、叔父に代わって貰う。
「達也だけど、就職に電気工事会社を考えているんだけど、どこがいいのかなって思って、電話したんだけど」
「そりゃあ、大手は東海電気工事だろう。なにしろ、中電の子会社だからな」
中電と名前は聞いた事があるが、正直どんな会社か達也は知らない。しかし、東海電気工事は叔父のところでアルバイトしている時に、若い監督が居た会社だったというのは思い出した。
「東海電気工事って、たしかスズキの工場の時に一緒だったような気がする」
「あれは、東海電気工事が請け負ったんだ。俺たちはその下請けの下請けってとこだな」
テレビで良く言っている「下請け」ってそういう意味なのかと達也は気づいた。だとすると、大手に就職した方が良いような気がする。
「東海電気工事はどうだろう?」
「そこは一流だぞ。しっかり勉強しないと入るのは難しいぞ」
折角、勉強しなくても良いと思ったのに結局、勉強するしかない。
だけど、将来、もし美姫と一緒になったら、出来るだけ大手に就職した方が美姫だって喜ぶんじゃないだろうか。
「うん、頑張ってみる。それと、電気工事士の資格を取りたいんだけど、どうすればいいかな」
「お前は確か電気科だったよな、それなら過去問の問題集が学校にあるんじゃないか?無ければ書店に行けばいくらでも売っているぞ。
それに、一次試験は電気科出身なら、目を瞑っていても受かるだろう。二次の実技は俺が教えてやる」
電気工事士の資格が、一次と二次で構成されている事を達也は初めて知った。
前の達也だったら、それを聞いただけで、「無理」と思っただろう。しかし、今は美姫が居る。美姫は看護婦資格に向けて頑張っているし、「一緒に取ろう」と約束した手前、「出来ませんでした」では男として格好がつかない。
達也は、電気工事の会社に就職することとして、電気工事士の資格を取ることにした。
電話を切ると、母が聞いてきた。
「何だって?」
「うん、東海電気工事ってところが、良いらしい」
「達也は、どうするの?」
「俺も、そこにしようかなと思う」
「そう、いいかもね」
母は達也の意志を尊重してくれるみたいだ。
父を見ると母との会話を聞いていたに違いないが、黙って酒を飲んでいる。
父も口は挟まないようだ。
達也は水曜日に、美姫にも聞いてみる事にした。
水曜日、いつもの時間にいつもの場所に行くといつものとおり、美姫が居た。
美姫をバイクの後ろに乗せて、病院に向かう。そして、病院のロビーで待つのが達也の日課になったような気がする。
そして、お見舞いが済んだ美姫といつもの通り、公園の駐車場にバイクを停めて話をする。
「就職は電気工事の会社にしようと思うんだ」
「たっくんは電気が専門だから、いいかもしれない」
「電気工事士の資格も取り易いと思うし」
「そうだね、私たちも病院に勤めて看護婦資格を取るから一緒だね」
美姫から否定はされなかった。達也は美姫と一緒なら頑張れるような気がして来た。
「よし、目標、資格取得」
「目標、資格取得」
達也が言うと美姫もそれに続いて言うが、ちょっと間が開いた。
「資格取得した後はどうするの?」
「えっ?資格取得した後?」
美姫の顔が夕日に照らされているのか、それとも赤くなっていのか、達也には分からない。美姫も言ってしまった後に黙ってしまった。
ここで「結婚して下さい」と言えば素敵なんだろうが、達也は美姫に付き合ってくれとも言ってないし、美姫も付き合ってくれるとは言ってくれていない。
「付き合ってくれ」と言って、「ご免なさい」と言われる事の方が達也にとっては怖い。そうなるなら、今のままの関係の方が良い。
だけど、美姫の疑問に答えを返さなければならない。
「えっと、お金を貯める」
「お金を貯めて、どうするの?」
美姫は再び聞いて来た。
「だって、車だって買わないといけないし、家だって欲しいし、結婚するのにもお金がかかるから…」
「結婚」という言葉を言ってしまって達也はどきっとした。付き合っている前から結婚の事なんて言う男を美姫はどう思っただろう。
「そうねえ、結婚かあ」
美姫は遠くを見た。
「まだ、高校生だし、先の事かなあ」
「でも、20歳ぐらいで結婚する人もいるし、25歳ぐらいが、平均でしょう。そうすると、後7年で結婚している事になるよ」
「そうかあ、後7年で私もお嫁さんになれるのかな?」
「な、慣れるよ、美姫ちゃんなら、7年も掛けずになれるよ」
「私をお嫁さんにしてくれる人、居るのかな?」
「絶対居る。ここに」
「じゃあ、その時はお願いします」
「お、おう。任せておけ」
なんだか、誘導されたような気もしないではないが、達也はとても良い気分だった。
まだ。数回しか送っていないのに、既にすっかりこの送り迎えが当たり前のようになっている。
そして、今日も美紀はいつもの通り、手を振って見送ってくれる。
そんな細やかな事が達也にとっても、美姫にとっても幸せだった。
美姫は中華料理店の二階にある自宅に帰って来た。
父はまだ仕事なので、下の階の厨房に居るだろう。
美姫は一人で夕食の支度をして、一人で食べて、そして風呂に入ると、資格取得のための勉強をする。
それは母が入院してからではない。入院する前も両親は店に出ていたので、いつも夕食は一人だった。
そして、風呂も一人だった。
それが悲しいかと言えば、そうではない。ずっと、同じような時間を過ごしてきたら、今更、悲しいと思う事もない。
それに小学校、中学校、そして高校だって、友人は少なかった。
そんな中、達也は美姫にとって初めて友人と呼べる人である。
それが今日は、思いがけず結婚の話になった。達也は、結婚してくれると言ったが、まだ、付き合ってもいないので、恐らくそれは、言葉の流れとして言ってくれたのだろう。
もし、結婚となって、達也の両親のところに行ったとしても、日本人じゃないとして快く思われないかもしれない。
美姫は本人が良くても、家によって結婚が左右されるという事を理解している。
そんな時、達也はどうしてくれるだろうか、美姫には自信がなかった。
「私はたっくんの事が好きなの?」
シャーペンでノートに書きながらも、達也の事が気になった。
達也は美姫を好きなのかもしれない。でも、自分はどうなんだろう。嫌いではない。だが、好きなのかと聞かれると素直に「はい」と言えない自分がいる。
土曜日になった、達也はいつもの通り、ヘルメットを二つ持って家を出た。
いつものホームセンターで美姫を乗せて、美姫の母親が入院している病院に向かう。
美姫は1時間くらい母のところに居るので、達也は病院のロビーで時間を潰すが、今日は30分もせずに美姫が出て来た。
何か凄く怒っているようだ。
「どうしたの?」
「後で話す」
美姫はそれだけ言うと、通用口から出て行く。達也も美姫の後を追って通用口から出た。
二人でバイクに乗ると美姫が話しかけて来た。
「たっくん、今からツーリングに行こうよ」
「えっ、今から?」
「今日は未だ早いし、行けるとこまででいいから」
そう言われても達也は直ぐにツーリングの行先が浮かんでこない。
「えっと、御前崎でいい?」
達也は、真一たちと行った御前崎が頭に浮かんだ。
「たっくんの言う所なら、どこでもいいよ」
達也はバイクを発進させると、美姫はいつも以上に達也にしがみ付いて来る。
何か親子喧嘩をしたらしいということは分かるが、それが何かまでは達也には分からない。
達也は天竜川の堤防に出て、堤防道路を南下する。そして、国道150号から竜洋町を抜けて行く。
土曜日なので、仕事の人も居るのだろう。車の通行量も少ないという訳ではない。
ツーリングのバイクもそれ程、見かけない。まだ、完全週休2日制になっていない会社も多いので、今日が休みだという会社も少ない。
太田川を越えると、さすがに車の数も少なくなってきた。ここからは信号で止まる事も多くない。
菊川を越える時に海が見えて来た。
美姫が達也の身体を叩いて、ヘルメットの中から「海、海」と叫んでいるが、達也には余り良く聞き取れない。
信号で止まると美姫が言って来た。
「ねえ、さっき海が見えた」
「ここら辺りは、海岸線にそって走るから、すぐそこは海だよ」
達也も答えるが、美姫に届いているかは不明だ。
信号が青になると達也は再びXJ400を発進させるが、道の両脇には建物はほとんど見当たらない。
浜岡町に入って、しばらく走ると。周辺に建物が見えて来た。
信号で止まると美姫が聞いてきた。
「あの建物は何?」
美姫の視線の先にはコンクリートで出来た大きな建物がある。
「あれは、浜岡原発だよ」
「へー、こんな所にあったんだ」
浜岡原発を過ぎると達也は右へ曲がり、海岸線の道路に出た。
ここは、砂地の上に道路がある。今までとは違い、風光明媚だ。
その道の峠を登ると目の前一面に海が広がった。
「うわあ」
後ろで美姫が叫んだのが聞こえた。
達也は海岸沿いの道を走り、以前真一たちと行ったホテルの駐車場にバイクを止めた。
既に4時を回っていたので、駐車場には宿泊客と思われる車ぐらいしか停まっていない。
達也と美姫は海に一番近いところに降りた。
「凄い」
美姫が言う。
今は満潮なのだろう。すぐそこまで波が来ている。
「たっくん、水平線が見えるよ」
「良く見ると曲がって見えるでしょ、地球が丸いからなんだ」
「えっ、そうなの?あっ、ほんとだ。曲がって見える」
しばらく海を見ていたが、飽きて来た。
美姫が上を見上げて言う。
「あそこの灯台に行けるのかしら?」
「行けるよ、裏から道があるよ」
前に真一たちと来た時も行った記憶がある。達也と美姫は再びバイクに跨り、ホテルの裏手の道路を灯台に向けて上がって行った。
灯台のところに来ると、入場料と書かれている。
高校生の達也と美姫にとって、灯台を見るためだけにお金は使いたくない。二人、顔を見合わせるが、結局、入らないというに事になった。
「この先に、展望台があるハズだけど…」
「そこに行ってみましょうよ」
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