第13話 初デート

 早紀と駐車場に向かう途中で、早紀が揶揄ってきた。

「お兄ちゃん、デートの約束が出来て良かったね」

「な、何を言ってるんだ。これは、親切心からだ」

「分かってる、分かってる」

 早紀が大人びて言う。

 駐車場に行くと、既に父と母は居た。

「遅かったわね」

「うん、友達と話をしていたから」

 早紀を見たが、早紀は余計な事は言わないようだ。この点、早紀は賢いのかもしれない。


 水曜日、達也は朝からそわそわしていた。

「忘れ物はないわね」

 母がいつものように言うが、達也はスペアのヘルメットを持って行く事だけは忘れる訳にはいかない。

 ヘルメットは専用のバッグに入れて、学校に持って行くが、今日は2個持って行くので荷物が多い。

 学校に行くと、信二が声を掛けて来た。

「達也、荷物が多いな。何かあるのか?」

 信二は、達也のヘルメットの入ったバッグを見て言った。

「いや、何もない」

「だって、メットを2つ持って来たじゃないか?」

「ああ、ちょっと、早紀を迎えに行かないといけなくて」

「ふーん?ほんとかー?」

 信二には、達也の言った嘘がバレているかもしれない。

 その日、達也は授業が終わるのが、待ち遠しかった。終業の時間が来ると信二が引き留めてくる。

「達也、まだいいじゃないか」

「いや、早紀を早く迎えに行かないと…、今日はごめん」

 信二を振り切って達也は逃げるように学校を出た。

 今日はいつもの駅の駐車場ではなく、学校の近くの駅までバイクで来て、置いてある。

 達也は駅のトイレで着替えるとバイクに跨って、指定されたホームセンターの駐車場に向かった。

 駐車場に着いたのは約束の10分ぐらい前だったが、既に美姫は来ていた。

 達也が到着すると美姫の方から近寄って来た。

「ごめん、遅くなった」

「ううん、私も今、来たところ」

 きっと、それは嘘だろうと思ったが、達也は美姫の優しさが嬉しかった。

「早紀のメットで悪いけど」

 達也はヘルメットを美姫に渡した。美姫はヘルメットを頭に乗せたが、困った顔をしている。

「ちょっと、小さいかも」

「えっと、ヘルメットはこうして、横に開いて被るんだ」

 達也がヘルメットを被せてやると、スポッと入った。

「ほらね」

「あっ、ほんとだ」

「鞄は後ろに二つ重ねて乗せるから」

 達也は美姫から鞄を受け取ると、バイクの後ろに荷物用のゴムで括りつけた。

 そして、愛車のXJ400に跨ると、美姫に後ろに乗るように言う。だが、美姫はどうやって乗ればいいか分からないようだ。

「ここに足を乗せて、そう、で、そのまま跨って」

 美姫は言われたとおりに乗った。それでも、その後、どうすれば良いか分からないみたいだ。

「そのまま、俺の身体に手を回してしがみ付いて」

 美姫は、ちょっと躊躇ったようだが、それでも達也にしがみ付いた。

「では、行くよ」

 達也はバイクを発進させた。

「きゃっ」

 バイクが発進すると美姫は小さな悲鳴を上げたが、それが返って達也の身体に抱き着く事になった。

 信号で止まると達也は美姫に聞いた。

「大丈夫?」

「え、ええ、大丈夫です」

 信号が青になった。達也は再びバイクを発進させた。

 美姫もだいぶ慣れて来たのか、達也にしっかりと抱き着いている。

 車と違いバイクは渋滞にもそれほど影響されないので、30分も掛からずに、美姫の母親の入院している病院に到着する。

「ありがとうございました」

「では、ここで待って居るから」

「いえ、それはあまりにも悪いです」

「いいよ、何時間くらい待てばいいかな?」

「1時間くらいですけど、悪いですから」

「いいって、いいって」

 ここで別れると、達也は、次の約束が出来ないような気がした。

「では、1時間で戻って来ますから」

 美姫はそう言って、病院の通用門の中に入って行った。

 1時間は待つと言ったが、それまでする事もない。高校生の達也には喫茶店で時間を潰すなんて事は考えられない。

 仕方ないので、達也も駐車場にバイクを止めて、病院の中に入った。病院の中はお見舞いの人も来るので、比較的誰でも入れる。

 トイレもあるので、達也には有難かった。

 既に診察が終わった病院のロビーは誰もいない。そこにある長椅子に腰掛けて、達也は時間を潰すことにする。

 ちょうど1時間で、美姫がロビーに姿を現した。

「ここに居たんですね」

 美姫は敬語で話して来る。

「終わったの?」

「はい、また土曜日に来る事になります」

 駐車場に行き、二人でバイクに乗った。

 帰りの道を走ってると、美姫が公園の方を指差す。達也はバイクを公園の駐車場に入れた。

「どうしたの?」

「ちょっと、お話していきませんか?」

「え、いいけど」

 秋の公園は6時を過ぎるともう暗い。街灯のあるベンチに達也と美姫は座った。

「今日、病室に行くと母に言われました。『あなた、変な人と付き合っているんじゃないでしょうね』って」

 美姫の言葉に達也は何も言えない。

「達也さんが、変な人って事ではないです。いつもより早く来たのと、学校の制服じゃなかったので、誰かに送って貰ったというのは直ぐに分かったと思います」

 達也は不安になった。この後の展開としては、「もう来ないでくれ」と言われる可能性が高い。

「でも、私は言いました。『そんな人と付き合ってはいないから。娘を信用できないの』って。すると母も『あなたを信じるわ』って、言ってくれました」

 達也は、美姫の言葉をどう受け取ればいいか分からない。美姫は自分と付き合ってもいいという意味なのか、それとも単に友人として普通の人だと言っているのか。

 達也は黙ったままだ。黙ったままだが、心臓がバクバクしているのを自分でも感じる。

「そ、それで、お母さんは何と?」

 達也は美姫の本心を探るように、言葉を繋いだ。

「それだけです。後は普通の会話かな」

 美姫はそう言うと、まるで悪戯した妖精のように小さく笑った。

 美姫の笑顔は、右半分に街灯の光を受け、左半分は多少薄暗くなっているのが、更に蠱惑さを醸し出し、達也は、胸が締め付けられる思いがする。

 達也は何も言えない。だけど、このまま別々の時間を過ごしていくのは嫌だ。

 何とかして次の約束が欲しい。

「あ、あの、今度の日曜日、時間があったら、ツーリングに行かないか?」

「ツーリング?」

 美姫は「ツーリング」という言葉が理解できなかったようだ。

「そ、そう、バイクで、ドライブする事をツーリングって言うんだ。今度、どこかに行こう」

「ごめんなさい。日曜日はお店の手伝いで…」

 母親が入院しているので、日曜日の掻き入れ時は、美姫もウェートレスとして店に出ないといけない。

 先週の日曜日に自分も美姫の店に行って分かっているのに、馬鹿な事を聞いたもんだと達也は思った。

「あ、ああ、そうだったね。ごめんね。美姫ちゃんの事、考えられなくって」

 達也は自然と「美姫ちゃん」と呼んでいた。

「フフフ、今、『美姫ちゃん』って」

「えっ、そう?」

「でも、嬉しかった。男の人に『美姫ちゃん』って、呼ばれた事なかったから」

「ご、ごめん」

「ううん、いいの。美紀ちゃんって呼んで欲しいな。私も達也さんって呼ぶから」

「でも、同級生だから、達也さんって呼ばれるのもどうかな。達也くんでいいよ」

「じゃあ、達也くん」

「お、おう」

「ホホホ、変なの」

「そうだね、ハハハ」

 達也が笑った。美姫も笑っている。だが、二人の笑い声は、公園の中の虫の音に消されてしまう。

「なら、土曜日、また同じホームセンターの駐車場でいい?」

「うん、いいよ。お願いしますね。白馬の王子様」

「白馬じゃないけど…」

「女の子から見れば、オートバイは白馬のようなものです」

「そうかなあ?」

「そうです、さあ、もう行きましょうか?」

 達也と美姫は再びバイクに跨ると、達也は美姫を店の近くまで送って行って降ろした。

 美姫は達也のバイクが見れなくなるまで、見送ってくれた。


「ただいま」

「おかえり、お兄ちゃん。デートどうだった?」

 早紀が聞いて来た。

「な、何を言ってるんだ」

「ははあ、赤くなった」

「う、うるさい」

 中学三年生になった早紀は、恋愛話に興味が出て来たのか、そう言う事に興味津々のようだ。

「お前は、ちゃんと勉強しないと浜女に入れないぞ」

「お兄ちゃんとは違うから」

 確かに浜松女子高の方が偏差値は高い。達也は何も言えない。

「だったら、母さんの手伝いでもしたらどうだ。お嫁に行く時に料理が出来ないと、旦那さんに愛想をつかされるぞ」

「美姫さんはどうかな?」

 早紀からいきなり美姫の名前が出たので、達也はちょっと驚いた。

「彼女は、中華料理屋の娘だから…」

「あっ、そうか。それもそうね」

 早紀は、以外と天然かもしれない。

「そうだろう、お前もちゃんとしておいた方がいいぞ」

「うーん、初めて兄貴の言う事が、まっとうだと思った」

「な、何?」

「へへへ、お母さん、何か手伝う事ある」

 早紀は、母の居る台所の方へ行ってしまった。

 達也は自分の部屋に行って、部屋着に着替えて来ると、既にテーブルの上には夕食が並んでいる。

「今日は、お父さんは飲み会だから、3人で食べましょう」

 父が飲み会の日は、母が車で駅まで迎えに行く。そうすると、片付けは早紀がする。

 達也は、早紀の事を手伝いをしろと言ったが、早紀よりむしろ自分が手伝いをしていない。

 今までは、そんな事思ってもいなかったのに、美姫が入院している母の世話をしている事、日曜日には店に出ている事を知ったら、今まで当然と思っていた事が、実はそうでなかった事に気付いた。

「早紀、俺も手伝おうか?」

 母が父を迎えるために出かけて、台所で洗い物をしている早紀に言った。

「お兄ちゃんが来ると、返って面倒な事になるから…」

 早紀に、やんわりと断られてしまう。

 達也はそれを聞いて、自分はこの家に何も役立っていないと思った。


 夜、自分の部屋に敷かれた布団の上に寝ころがって、今日のことを考えた。

 美姫が言った「変な人と付き合っていない」とはどういう意味だろうか。美姫と自分は付き合っているのか。いや、まだ、そんなに深い仲ではない。病院に送って行っただけだ。

 それは普通の友人としての行動であって、付き合っているという訳ではない。そのことは、美姫も分かっているハズなのに、どうして付き合っていないと言ったのか。

 達也の頭の中はその言葉だけで、いっぱいになるが、そのまま目を閉じると意識がなくなった。


 土曜日、今日は朝からどきどきしている。それはそうだ。今日は午後から美姫と会う約束になっている。

 例え、病院までの送り迎えに過ぎないが、達也の心は今から心拍数が上がっているのが自分でも分かっている。

「言って来ます」

 ちゃんと、ヘルメットは二人分持った。これだけ忘れなければ、後は何を忘れてもいい。

 いつものように教室に入ると、信二がいた。こいつは、ほとんど達也より遅く来るはずなのに今日に限って早く来ている。そして、こういう時は、何かあるのは長年の付き合いで知っている。

「達也、おはよう。実はだな。折り入って話がある」

「ほら、来た」と、達也は思った。

「実は、この前出会った、王美姫って子だけど、実は浜松駅前の中華料理屋の娘だという事が判明した。そこでだ、達也、午後から一緒に行こうではないか」

「は?」

「だから、美姫さんの店に行こうと、誘ってやっているんだ」

 別に信二から誘われなくても困らない。だって、今日は、美姫と会うんだから。

「いや、今日は昼から別用があるから、無理だ」

「そう言えば、またメットを二つ持って来たな。また、早紀ちゃんを迎えに行くのか?」

「実はそうなんだ。あいつ、受験で塾に通い出したから、その送り迎えだ」

「母親がやるんじゃないのか?」

「うちの母さん、パートだし」

「そうか、二人も金が掛かる子がいると親も大変だ」

「お前の所だって、似たようなもんだろ」

 達也の突っ込みに信二は笑うだけだ。

「ところで、真一さんは退院したんだろう?」

「退院はしたけど、足がまだ思うように動かせないから、しばらくバイクは乗れないって。今は車通勤かな」

「車も壊れたんじゃないのか?」

「親が車がないと不便だろうって、中古のブルーバードって車を買ったんだ。いいよな、俺にも中型を買って欲しいよ」

「そうは言うけど、あと3か月もすれば、車の教習所に通うだろう。信二はどこに行くか決めたのか?」

「一応、予約だけはした。達也は?」

「俺は、まだ何もしていない」

「何だよ、俺よりのんびりしているじゃないか」

「俺も、早く予約しなくちゃ」

「まさか、車を先に予約したなんてことには、ならないよな」

 信二が不思議な顔をして聞いてくる。

「ないない、うちにそんな金、ある訳ない。それに最初の車は、多分、母のアルトだ」

「うんうん、そこはうちと同じだな。で、話は変わるが、達也は午後に美姫ちゃんの店に行かないんだな。それなら、別の人を誘うかな」

「べ、別な人って?」

「うん、うちの兄貴」

 達也はクラスの誰かと思ったが、以外と真一だったので、張った糸が切れたようになった。

 しかも、信二は「美姫ちゃん」と慣れ慣れしく呼んでいるのも気に障った。

「信二、美姫ちゃんっていかにも親しそうだな」

「この前、病院で同級生だと分かったじゃないか。人類、皆兄弟だよ」

 信二の言っている事は、今いち、理解できない。同級生なら全員そうなのか。

 達也は突っ込みどころ満載だったが、それ以上は何も言わなかった。

「それじゃあ、後から報告してやるからな」

 始業のベルが鳴った事もあって、信二は自分の席に戻って行った。


 終業になると達也は直ぐに教室を出て、この前と同じ駅に行き、着替えて愛車のXJ400に跨り、約束場所であるホームセンターに向かった。

 ホームセンターの駐車場に着くと、やはり美姫は来ており、既に着替えている。

「お待たせ」

「ううん、私も今、来たとこ」

 それも、きっと達也を思って言ってくれているのだろう。

 達也は美姫の優しさを感じながら、持っていたヘルメットを渡した。

 美姫がヘルメットを被る間に達也は鞄をバイクの後ろに括りつけた。

 それが終わり、達也がバイクに跨ると、美姫も達也の後ろに座った。

 そして、黙って、達也の身体に手を廻す。この一連の動作は前回が初めてタンデムしたとは思えない仕草だ。

「はい、okです」

 美姫が後ろから声を掛けるが、達也は手を回されたことで、ちょっとの間頭が真っ白になっていた。

「あ、ああ、では、行くよ」

 達也はバイクを発進させる。

 土曜日の昼間で交通量も多いが、それでも渋滞することはない。

 30分ほどで病院の駐車場に着くと、前と同じように美姫は病室へ行き、達也はロビーの長椅子で待つ事にした。

「お待たせ」

 1時間ほどで美姫が帰って来た。

「もういいの?」

「うん、大丈夫。来週の水曜日、また来るから」

 達也と美姫は病院の通用口から出ると来た時と同じようにして、バイクに乗った。

 しばらく走ると、達也は前回と同じ公園の駐車場にバイクを入れた。

 美姫もそれが当然であるかのように、達也に続いて、公園のベンチの方に来た。

 水曜日に来た時は、もう日が暮れていて、辺りは暗かったが、今日は土曜日の昼間なので、周囲は明るい。

 公園の中にも散歩している人がいる。

「お母さんにまた、何か言われた?」

「ううん、何も。だけど心配そうな顔をしていた」

 その言葉を聞いて達也は悲しくなる。自分が居る事で、美姫が辛い立場になっているんじゃないかと考える。

 だけど、自分から「もう会わない」とは言い出せない。そこは、自分のエゴだろう。

「ねえ、達也くんって、台湾人の人ってどう思う?」

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