第12話 台湾飯店

 学校内をブラブラしていたが、約束の3時になったので、再び中華料理の店に行くと、既に店仕舞いをしていた。

「えっと、王さんはいらっしゃいますか?」

「はい、お待ち下さい」

 応対に出た女生徒が、美姫を呼びに行った。

「あっ、川杉さん、先ほどは失礼しました。どうぞ、中の方へ」

 達也と早紀は、 チャイナドレスを着た王に案内されて店の中に入ったが、既にテーブルと椅子は清掃されていた。

 美姫は、その中の一つに案内してくれる。

「どうぞ、こちらへ。理恵さん飲み物をお願い」

「はーい」

 裏手の方から理恵の声がする。

 しばらくすると、理恵が4人分の飲み物を持って来た。

 達也と早紀の前にオレンジジュースが置かれた。

 美姫と理恵の前にもオレンジジュースが置かれている。

「先程は、ご免なさい」

「いえ、いいんですよ。忙しそうでしたから。でも、良く中華料理屋なんてやりましたね?」

「フフフ、私の家が中華料理屋だから、文化祭の事を父に話したら、中華料理屋をやれって。これって店で作ったものを持って来て、レンジで温めたものなんですよ」

「それにしては美味しかったです」

「本当に美味しかった。お兄ちゃん、今度、王さんのお店に行ってみようよ」

「父が宣伝にもなるからって…」

「早紀は、まんまとその策に嵌められたって訳だな」

「げっ」

 早紀の言葉に、その場に居る全員が笑う。

「ところで、この展示はどういうグループなんですか?」

 達也が、美姫に聞いた。

「私たちって、茶道部なんです」

「茶道部?中華とあまり関係がないような…」

「ホホホ、そうですね。さっき言ったように、これは私の父のおかげだったので…。

 本当はお茶のお店にしようかとしたんですけど、それじゃあ、余りにも面白みがないかなという意見があったので、思い切って中華にしたのが良かったみたいです」

 そんな他愛もない話をしていたが、30分ぐらいで終了のアナウンスが流れた。

「ああ、もうお終いか」

 理恵が言う。

「明日もやっているんですか?」

 もし、明日もやっているようなら、また来たい。

「いえ、土曜日だけなんです。来年、早紀ちゃんも入れるといいね」

 美姫が言ってくれると、早紀も嬉しそうだ。

「はい、頑張ります」

「そしたら、私の後輩ね」

「でも、私が入学する時は王さんは卒業ですよね」

「そっか、でも一応、後輩にはなるから」

「はい、先輩、よろしくお願いします」


 達也と早紀は、美姫と理恵に見送られて教室を後にした。

「ね、お兄ちゃん、あの王さんて人、素敵だと思わない?美人だし、優しそうだし」

 早紀の言う通り美姫は美人だ。しかも、チャイナドレスで身体のラインが分かり、スタイルも良かったので、達也だって意識していない訳がない。だが、早紀に真正面から言う事は何か抵抗があった。

「まあ、そうだな」

 達也は言葉を濁したが、早紀は達也の言葉を肯定と受け取った。

「お兄ちゃん、お付き合いして下さいって言ってみたら」

 今、テレビでは男性が女性に公開の場で交際を申し込む番組もある。早紀はそれを意識しているのだろう。

「バ、バカ言え」

 達也は早紀の提案に戸惑う。

「ははーん、照れてやんの」

「う、うるさい」

 達也だって、美姫のような美女と付き合いたいが、それはとんでもない高望みのような気がする。

 学校のレベルでは美姫の方が偏差値が高いし、実際、頭も良さそうだ。

 片や、達也は成績が良いって訳でもないし、美男子でもない。どう考えても釣り合いが取れない。


 一方、美姫の方も達也の事は気になっていた。美姫だって中学は共学だったが、高校は女子高だ。当然、男性は教師ぐらいしかいない。

 美姫にとっても達也は、高校に入って親しくなった初めての男性といっても良かった。

「先輩、どうかしました?」

 理恵が美姫に聞いた、気が付くと、片付けの手が止まっている。

「ううん、何でもないの」

 美姫はそう言ったが、さっきの達也たちとの事を思い出していた。

「早紀ちゃんのお兄さんってかっこいいですよね。大きなバイクに乗っているんですって」

 美姫は、理恵が達也に気があると思った。

 美姫は理恵が達也との交際を望むのであれば、自分の気持ちは心の奥に留めても、それを手助けしたい。

「理恵さん、早紀ちゃんのお兄さんが気になる?」

「えー、そんなことないですよ」

 理恵はそう言うが、それが嘘だという事は、女の直感が訴えて来る。

 美姫は理恵が、達也の事を気に入っていると確信した。

 美姫の目から見ても、理恵は活発で明るい。この子はいつも笑っていて、それに釣られて周りの人間も明るくしてくれる。

 そんな子だから、傍に居るととても可愛い。この子を嫌いな男子はいないだろう。

 それに引き換え自分はどうかと考えると、容姿は普通だし、理恵ほど明るいとも思えない。それに中華料理屋の娘だし、なにしろ、純粋な日本人ではないという負い目がある。

 さらに、美姫は早紀が入学したとしても、卒業して学校にはいない。それに対し、理恵はもう1年学校に居るとなると、達也との接点もあるだろう。

 どう考えても、理恵にアドバンテージがある。

 理恵と比べると男子は全員、理恵を選ぶだろう。美姫は自分の心の中から、達也の事を追い払った。


「お兄ちゃん、楽しかったね」

 早紀がヘルメットを被りながら聞いてきた。

「ああ、そうだな」

 早紀に揶揄われたので、達也はぶっきらぼうに答える。

「それより、帰るぞ」

 達也がXJ400に跨ると、後ろの席に早紀が乗って、後ろから達也にしがみ付いて来る。

「okだよ」

 達也は、XJ400を発進させた。


「「ただいま」」

 家に入ると母親が、台所で夕飯の支度をしていた。

「あら、今日は二人でデート?」

 兄弟を見て、母が揶揄ってきた。

「早紀が希望する高校の文化祭に行きたいと言うので、足として使われた」

「いいじゃん、王さんみたいな綺麗な人と話が出来たから」

 そこを否定したり肯定したりすると、母親に何か見透かされるような気がして、達也は何も言わなかった。

「王さんって、中国の人」

「いや、お爺さんが戦争前に台湾から来たって言っていた」

「えっ、どうして、それを知っているの?さっきはそんな事、言ってなかったのに」

 早紀が驚いたように聞いてきた。

「この前、病院で会った時に聞いたんだ」

「なあんだ、お兄ちゃん、王さんとは運命の人かもよ」

「一度、会っただけで、運命の人になる訳ないじゃないか。早紀は少女漫画の読み過ぎだ」

「運命の人って、憧れるじゃん」

「それで、運命の人になったら、世の中ほとんど運命の人になっちゃうぞ」

「それも、そうかも」

 達也と話していたかと思ったら、早紀は今度は母親に言い出した。

「その王さんの家って浜松駅の近くにある中華料理屋さんなんだって。今度、行ってみようよ」

「えー、あの辺りって、駐車場がないから」

 母親は車の免許もあるし、母用の軽自動車もある。

 達也の家は浜松市内と言っても田舎になるし、田舎であるから土地も広い。

 車も父親用と母親用の2台があるが、浜松と言っても車がないと、どこにも行けない。

「いいじゃない。王さんって綺麗な人だし、優しそうな人なんだから」

 早紀は、この世代の女の子が年上の女性に憧れる気持ちがある。

 でも、早紀が会いたいと言うのに達也も乗っかりたい。達也も美姫と会ってみたい。

「学校で食べた飲茶も良かったから、店の方も美味しいんじゃないかな」

 達也は早紀のお尻を少し押してみる事にした。

「そうねえ」

 達也の美味しいと言う言葉に対し、母親もその気になったようだ。

「なら、明日の昼に行ってみようか。お父さんにもそう言ってみるわ」

 お父さんにも言ってみると言うが、母親がそう言うと、父に否決権はない。これは明日の昼は浜松駅前で中華料理に決まったようなものだろう。

「場所は知ってるの?」

「鍛冶町の裏の方だって」

「だったら、松菱と西武にも行って見たいわ」

「私も行きたい」

 そんなデパート巡りに達也は行きたくないが、車で連れて行って貰うのと、食事代を払ってくれる交通省と大蔵省を合わせたような母に敵対行為は出来ない。

「でも、王さんが店に居るとは限らないぞ」

「それもそうかもしれないけど、行って見るだけでも良いじゃない」

 早紀が言うと、母もデパートに行けると思ったのか、早紀に同意する。

「折角だから、行ってみようか」

「わーい、やったあ」


 翌日の日曜日、父親の運転するカローラに家族全員が乗った。

 父が運転席に座り、助手席に母が座った。父の後ろの席には達也が座り、母の後ろの席には早紀が座ったが、父と達也が座る右側と母と早紀が座る左側では温度差があるのが、肌で感じる。

 母と早紀は車の中でおしゃべりしているが、父と達也は何も話はしない。

 日曜日なので、車は多くなかったので、小一時間で浜松駅に着いた、そこで駐車場を探してから、歩いて美姫の実家の店を探すと、裏手の方にあった。

「台湾飯店、ここだ」

 早紀が見つけて、看板を指差している。

 扉を潜ると中はいっぱいだった。昼時なので仕方ないだろう。

「少々、お待ち下さい。あら、川杉さん」

 そう言って来たのは美姫だった。

「こんにちわ、家族で来ちゃいました」

 応対に出た美姫に早紀が言う。

「ごめんね、今いっぱいで。ここに名前を書いておいてくれると順番に呼ぶので…」

 父が指示された紙に名前を書いた。

 美姫は名前を書かれた事を確認すると、ウェートレスの仕事に戻って行った。

 待合の席で待って居ると、そう時間も掛からずに名前を呼ばれ、4人テーブルに案内される。

「川杉さん、ようこそいらっしゃいました」

「えへへ、家族全員で来ちゃいました」

 早紀が美姫に答える。

「美姫さんも手伝ってるんですか?」

 両親の前だと達也も緊張して、思わず敬語を使ってしまう。

「ええ、母がまだ入院しているので…。でも、もう直ぐ退院するので、そうなると大丈夫だと思います」

 母の人手不足を手伝っているということだろう。

「それじゃ、お決まりになりましたら、お呼び下さい」

 水をテーブルに置いた美姫は、配膳の方に行ってしまった。

 文化祭の時、美姫の動きに素人の違和感がなかったのは、いつも店で手伝いをしていたからだろう。

 厨房の方では父親と見られる人が居た。父親以外にも二人ぐらいが見える。

 ウェートレスも美姫以外に二人居る。

「お待ちどおさま」

 美姫が注文した料理を運んできて、テーブルに並べる。

「王さん、忙しそうですね」

 早紀が美姫に言う。早紀も話が出来ると思ったのかもしれないが、忙しそうな美姫を見ると引き留める事も出来ない。

「やっぱり、この時間はね。2時半頃になると空いて来るから」

 それは2時半に来いということなのだろうか。

「それじゃあ、2時半にもう一度来ます」

「えー、また来るの?」

 早紀の言葉に反論したのは母だった。

「お父さんとお母さんは、二人でデパート巡りでもして久々のデートでも楽しんで。私とお兄ちゃんはこっちに来るから。3時半に駐車場で待ち合わせにしようか?」

「あなたたちがそれでいいなら、いいわ」

 達也は早紀と一緒に2時半に、もう一度ここに来る事になった。

 そして、食事が済んだ達也たちは店を出て、母の希望であったデパートに向かう。

 まずは松菱に行ったが、達也と父は正直、面白くはない。

 そのうち、2時を過ぎた頃に達也は早紀と一緒に松菱を出て、再び台湾飯店に行くと、客はほとんどいなかった。

 店の扉を開けると直ぐに美姫が出迎えてくれた。

 ウェートレスも一人は休憩になっているのか、美姫以外にはもう一人しか居ないし、厨房も父親だけのようだ。

 美姫は達也と早紀を奥のテーブルに案内してくれ、飲み物を持って来てくれた。

 飲み物を出しながら、美姫もその前に座った。

「これはサービスよ。お父さんからも、そう言われているし」

「それは、すいません」

 達也と早紀が、頭を下げる。

「迷惑では、なかったですか?」

「ううん、そんなことはない。実は学校の友人たちもかなり来ていて、父はこの前の宣伝が効いたと言っていたくらいだから」

「あはは、そうなんだ」

 早紀と一緒に笑う。

「王先輩、お母さんが入院しているって、大変ですね」

「美姫でいいわ。王先輩って言われると、なんだか照れちゃう」

 美紀は、達也の前で王と言われるのは、ちょっと嫌だった。

「じゃあ、美姫先輩」

「早紀は入学していないから、先輩はないだろう」

「えー、どうしようかな」

「早紀ちゃんなら大丈夫だから、先輩でもいいよ」

「これじゃあ、プレッシャーになっちゃう」

「本当だな、早紀しっかりやれよ」

「私は、しっかりやってるもん」

「ホホホ、面白い」

 早紀の言葉に美姫が笑う。

 その美姫の笑顔に達也は、癒される気がした。

「達也さんはオートバイを持っていていいな。私もラッタッタぐらい欲しいな」

 ラッタッタはホンダのスクーターで正式名はロードパルだ。だが、CMの影響でラッタッタが名前だと思っている人もいる。

「学校では禁止されていないの?」

「さあ、校則で確認した事ないから。そもそも、女子高でオートバイに乗ろうと言う人もいないし…」

「どうして、バイクの免許なんて?」

「うーん、母のお見舞いかな。学校から行くとなると一度、市内まで戻ってから乗り換える事になるから時間がかかって。オートバイだと直接行けるから短時間で済むし」

「なら、お兄ちゃん送ってやれば」

「いえ、それは悪いから」

 美姫は断ったが、達也はナイスだと思った。そうすれば、美姫と近づくことが出来る。

「いいじゃない、美姫先輩も、それだといいでしょう?奢って貰ったお礼もあるしね」

「でも…」

「僕は、大丈夫ですよ。今度は、いつお見舞いに行くんですか?」

「えっと、今度の水曜日ですけど」

「では、その時に迎えに行きますよ。学校の近くだと拙いですよね」

「そうですね、学校の近くはちょっと、それに制服で乗るのもどうかと…」

「どこか着替えられる所がある場所がいいですね」

「そうですね、えっと、学校から2つ目のバス停の近くに、ホームセンターがあるので、そこでどうでしょうか?」

「では、そこにしましょう、時間は5時でどうですか?」

「はい、それでいいです。でも、本当にいいですか?」

「いいですよ。ちゃんと着替えを持って来て下さい。ズボンの方がいいと思います」

「お兄ちゃん、今時ズボンなんて言わないわよ。今の時代はパンツって言うの」

「そうなのか?ズボンでいいじゃないか」

「何よそれ、ダサいんじゃない」

 早紀が、最近流行っている言葉を使う。

「ホホホ、では、ズボンを持って行きます」

「美姫先輩、うちの兄に合わせる必要はないですから」

「ホホホ」

 美姫は、何も言わずに笑うだけだった。

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