第11話 出会い

 達也も就職する会社を決めたので、就職試験に向けた勉強をする。それと同時に学校では面接試験の練習もしてくれる。

 面設試験は学校の先生が会社側の担当者になって、生徒に入室から椅子への掛け方、質問をして指導する場だ。

 あらかじめ渡された面接試験の受験方法という紙に書いてある、礼儀作法みたいなものを読んで頭に入れるが、実際にやってみると、なかなか上手くいかない。

 達也は面接官を前にすると、どうも緊張するタイプだと、自分でも知った。

 面接試験の練習は、放課後に行われる。達也が練習から戻ると、教室にはこれから練習する生徒が居たが、その中に上田も居た。

「上田もこれから面接練習なのか?」

「いや、俺は面接練習はないんだ」

「そうなんだ。上田はどこに行くんだっけ」

 達也は上田の就職先を聞いていない事を思い出した。

「まあ、今の会社だな」

 面接練習の生徒が集団で、3人程教室を出て行くと、上田と二人になった。

「スズキか?」

 誰も居なくなったので、声に出して聞ける。

「実は、レーサーになるつもりなんだ。一応、スズキ専属のレーサーってことになる。来年の8耐に出るつもりだ」

 8耐といえば、鈴鹿耐久8時間レースであることは、バイクに乗っている者なら誰でも知っている。

 日本で行われる耐久レースの最高峰だ。

「8耐に出るのか。凄いな」

 達也にとってそれだけで、上田が眩しく見える。

「まあ、出れればさ。外国人レーサーも来るだろうし、その中で認められないとチームに入れて貰えない」

「上田の実力なら大丈夫だろう」

「いや、俺より上はいくらでもいる。俺なんか、まだまだ下っ端だよ」

 上田の実力は達也とは比べようもならないぐらい上手い。それが、その上が居るとなると、どんなテクニックを持っているのだろう。達也には想像もつかない。

「それなら、スズキのワークスになるんだな。もし、出たら周りの人に俺のクラスメートだと、自慢しちゃうな」

「まだ、ワークスになるかどうかも分からないんだ。『ヨシムラ』で出るかもしれないし。今そういうところは、いろいろと検討中ってところだ」

「ヨシムラ」はスズキ専門のチューニングワーカーだ。レースに興味があるなら、ヨシムラの名を知らない人はいない。

「ヨシムラで出れるとしたら、そっちの方が凄いじゃないか」

 達也も「ヨシムラ」の名は知っている。上田が「ヨシムラ」のクレジットを背負って鈴鹿8耐を走るとなれば、達也も見に行きたくなった。

「いや、まだまだ、そこのところはグレーということだ。そこではないところから出るかもしれないし、反対に出れないかもしれない。そういう意味では、俺は川杉より就職難ということだ」

 プロの世界で飯を食うということは、将来の安定を約束されたことではない。

 今日は雇用があったが、明日は仕事がないことだってある。

 上田はその世界に身を置くことに決めたのだろう。達也は上田の事を凄いと思いつつも、果たして自分ならそのような生活が務まるのだろうかと考えてしまう。

 上田と話をしていると信二が面接練習から帰ってきた。

「うおっ、面接練習はガチガチで何も出来なかった」

 教室に入って来るなり信二は言う。

「お前だけじゃない。俺もそうだ」

 達也は信二の言葉に答える。

「上田も面接練習なのか?」

 信二が上田に聞いた。

「いや、川杉と話をしていたところだ。これから帰る」

「達也、明日、兄貴が退院するんだ。それで最後にお見舞いに行こうかと思っているんだが、来ないか?」

「新村の兄貴は入院していたのか?」

「ああ、先週の台風の日に、車で事故って…」

 上田の質問に信二が答える。

「そうだな、真一さんにはお世話になってばかりなのに、お見舞いにも行ってなかったからな」

「それなら、これから行こう」

「そうしようか。病院は遠いのか?」

「いや、ここからバスで20分ぐらいの所だ」

 バスで20分なら、そう遠くない。

「早く行かないと面会時間を過ぎてしまうぞ」

「そうだな。それじゃな、上田」

「それじゃあ、またな」


 上田とは教室で別れ、信二と一緒にバス停に向かう。

「最近、達也は上田と仲がいいな」

「そうか、前と変わらないだろう」

「お前は人の好き嫌いがないから、誰とでも話せるからな。あの高木とも普通に話していた」

「高木だってクラスメートじゃないか、普通に話せるだろう」

「いや、俺は無理だった。あいつは何かこう言い表せないワルのオーラがあった。だから学校でも高木を避けるやつがいたんだ。

 先生たちでさえそうだぞ。それをお前は平気で話していたからな。ある意味尊敬するよ」

「そうかなあ、俺は余り意識しなかったけど…」

「上田だってそうだ。上田も高木とは違うオーラが出ている。何というか近寄りがたいオーラがな。それをお前は関係ありませんって感じで話すのは凄いと思う。

 お前がいれば、世界が平和になるんじゃないか?」

「ははは、大層な煽てぶりだな。俺だけで世界平和になるなら俺は政治家にでもなった方がいいな」

「おお、なればいいじゃんか。俺も一票入れてやるよ」

「だけど、立候補って何歳からなんだ」

「選挙と同じで20歳じゃないのか」

「そうなんだ。さすが信二は、何でも知っているな」

「お褒めにあずかり恐縮だな」

 学校近くのバス停で待って居ると、バスがやってきた。

 このバス停からは近くにある商業高校の生徒も乗る。商業高校は女生徒が多く、ほぼ男子校状態である達也たちからすれば、まるで異世界に来た様な雰囲気になる。

 バスの中はかなりの生徒が乗っているため、窮屈ではあるが、女生徒は友達と話をしていて、それが女性と言えばそうなのだろうが、達也からすれば、少々五月蠅い。

 達也と信二は黙った。男二人が話を出来るような環境ではない。

「次は南遠州病院前、お降りの方はベルでお知らせ下さい」

 バスの中に女性の声のアナウンスが流れる。

「ピンポーン」

 達也がベルを押そうとすると、先に誰かが押したようだ。

 信二は達也の方を見てニヤリとした。

 達也が手を出した行為が面白かったのだろう。

「何だよ」

「いや、何でもない」

 達也と信二はバス前方にある、降車口の方に向かった。

 達也と信二が料金箱に料金を入れてバスを降りると、続けて一人の女生徒が降りて来た。

 長い髪をポニーテールのようにしている。商業高校の生徒かと思ったが、制服が違う。

 この制服は浜松女子高の制服だ。早紀が受けると言っていたのを思い出した。

 一緒に降りた女性は、達也たちの後ろを歩いて来る。どうやら、病院に行くようだが、達也たちと同じように誰かのお見舞いだろうか。

 達也と信二は病院の通用口から中に入るが、その子も一緒に入って来る。

 通用口からロビーに来た。真一の病室はどこだろう。案内板を見ているが、良く分からない。

「信二、真一さんの病室ってどこなんだ?」

「B棟402って言っていたけど……、こっちがB棟だろう。それで、どう行けばB棟に行けるんだ?」

 B棟への案内板が見当たらない。

達也は困ったと思って、周りを見るとさっきの女生徒が目に入った。

「あのう、すいません。B棟へはどう行けばいいんでしょうか?」

 達也が話しかけると、その女生徒は、ちょっと、びっくりした顔をしていたが、直ぐに道を聞かれた事を理解した。

「B棟ですね。この先の廊下を真っすぐ言って、右に曲がって下さい。すると、B棟への案内がありますから、それに従えば大丈夫です。

 それより、私もそっちの方に行きますので、案内します」

 女生徒は、そう言ってくれたので、達也たちもその後について歩き出す。

「お見舞いですか?」

 女生徒が歩きながら聞いてきた。

「ええ、兄が入院しているので…」

 女生徒の質問に信二が答える。

「そうですか、それは大変ですね」

「でも、もう直ぐ退院なんで、安心しています」

「それは良かったです。病気が治って安心ですね」

「あのう、その制服は浜松女子高の方ですよね。もしかして、看護科ですか?」

 女生徒はグレーのブレザータイプのスカートに白いブラウスを着ている。恐らく、これが夏服なのだろう。

「ええ、そうですよ。あなたたちは?」

 達也と信二も学校帰りなので、制服で来ている。達也たちの制服は白シャツに黒ズボンなので、一目でどこの学校かは分かりにくい。

「俺たち、遠州工業高校です」

「えー、そうなんだ。学年は?」

 女生徒は同じ高校生と分かったからか、フランクに聞いてきた。

「3年で、現在、就職先を検討中ってところかな」

 達也もフランクに話す。

「そうなんだ、私も3年で、来年から病院なんだ」

「もしかして、就職の面談とか?」

「この時間から、フフフ、まさか!」

 もう、夕方だ。この時間から面談って事はない。

 達也も下手な事を聞いてしまったと思った。

 隣で、信二も笑っている。

「信二まで、笑うなよな」

 達也が、ちょっと強めに言う。

「いや、達也ってどこかボケたところがあるよな」

「あら、信二さんと達也さんって言うんだ」

「俺が川杉達也で、こっちが新村信二って言うんだ」

「私は、『王 美姫』と言うんだ」

「へっ、王さんですか?」

 思わず巨人軍のホームランバッターを思い出してしまう。

「ええ、父と母は二世で…」

 王という名字からすれば、中国人っていうことだろう。

「中国の方?」

 達也は失礼かと思ったが、聞いてみた。

「今はちゃんとした日本人よ。お爺ちゃんが、台湾出身で、日本に来たの。ほら、昔は台湾って日本だったでしょう」

 太平洋戦争前、台湾が日本だった事を学校の歴史で習った記憶がある。

「あっと、ここね。ここからB棟よ」

 着いた所にエレベータがあった。

 エレベータのボタンを押すと、扉が開き、達也と信二はエレベータに乗り込むが、王美姫と名乗った子も乗って来た。

「えっと、何階?」

 達也は4階のボタンを押してから、美姫に聞いた。

「えっと、7階で…」

 達也は7階のボタンを押す。

 エレベータの中では不思議と無口になる。静かになったエレベータが4階に着いた。

「それじゃあ、僕らはここで…」

「はい、お大事に」

 達也たちは、どこも悪いところはないのに、「お大事に」と言われた事に対し可笑しく思ってしまった。

「402、402と…」

 信二が病室の番号が掲げられた札を見て行く。

「この先だな」

 真一の病室は非常階段の近くにあった。

 病室の扉は開いている。

 病室の前には、氏名札も掲げられていた。

「ここだ」

 信二は「新村」と書かれた札を指差した。

「失礼します」

 6人部屋なので、小声で言う。

「おお、良く来たな」

 一番手前のベッドに寝ていた真一が上半身を起こした。

「真一さんが入院したと聞いたので、来ました。本当はもっと早く来るべきでしたが…」

「いや、来てくれるだけで嬉しいよ」

 達也は真一と話をするが、それよりさっきの王美姫という子の方が気になって真一との話は何を話したか、覚えていない。


「それでは、これで」

 真一と信二は30分ほどで真一の病室を後にした。

 裕子との事は気になったが、正直、6人部屋で話す事ではない。少なくとも公衆の面前だと思った方が良い。

 それに信二は裕子さんの事は何も知らない。信二に裕子さんの事を言うのは、なんだか告げ口するような気もした。

 それより、帰りも先ほどの王美姫と会わないかと達也は思った。そうすれば、もう少し話ができるのに。

 だが、達也の希望も空しく、王美姫とは会えなかった。

 病院前のバス停から駅の方に出て、そこから、家の近くの駅まで向かう。

 家の近くの駅と言ってもかなり離れており、自転車で通学するのは無理な距離だ。

 達也はその駅にバイクを預けているので、そこから、バイクで家に帰った。

「ただいま」

「お兄ちゃん。あのね」

 早紀が「おかえり」も言わずに話をしてくる。

「な、何だよ?」

「今度の土曜日、暇?」

「は?暇だけど」

「おし、やったー」

「いや、意味が分からん。なんだよ、一体?」

「今度の土曜日、浜松女子高の文化祭なんだって。一緒に行かない?」

「浜松女子高の…」

 達也は、美姫の事を思い出した。

「そうか、行ってみるか」

 達也は美姫のことと、女子高の文化祭ってことの二つに興味があって、早紀の申し出をokした。

「だけど、それが俺と何の関係があるんだ?」

「えへへ、実は足がですねぇ」

「お前、俺のバイクを充てにしているのか」

「そういう事、いいでしょ」

 妹とはいえ、首を傾げてにっこりされると嫌とは言えない。女はズルいなと達也は思った。


 土曜日、10時に出発するとバイクなら30分ぐらいで目的の場所には到着するだろう。

「早紀、そんなスカートで大丈夫か?」

 早紀は何を思ったのか、膝上のスカートだ。

「大丈夫でしょ」

「パンツ見えても知らんぞ」

「大丈夫よ。ブルマ履いてるし。それより、ほら」

 早紀はヘルメットを被って、バッグをたすき掛けにする。

 達也がXJ400に跨ると、早紀が後ろから抱き着いてきた。

「お兄ちゃん、いいよ」

 達也は早紀が乗った事を確認すると、XJ400を発進させる。

 バイクはタンデムになると話が出来ない。達也も早紀も無言のうちに、目的の浜松女子高に着いた。

 この前、出会った王美姫と名乗った女の子はこの学校の生徒だが、文化祭で他校の生徒もいるので、その美姫がどこに居るかは分からない。


 一応、駐車場があったので、バイクはそこに停めたが、ヘルメットはいたずらされると困るので、手に持って移動する。

「早紀、知っている人が居るのか?」

「うん、学校の先輩が、ここに居るハズなんだけど…」

「どこに居るんだ?」

「看護科なんだけど、どこが看護科の場所か分かんない」

 看護科と聞いて、達也も美姫の事を思った。

「しょうがない、歩きながら探すか」

 達也は早紀といっしょに、ヘルメットを持ったまま展示を見て回る。

 高校の文化祭って、どこもこんなものだろう。女子高だからか飲食や占い、お化け屋敷なんてのもあるが、特に変わった展示はない。

 だが、中学生の早紀にとっては、お姉さんたちがやっているものは面白かったみたいで、あちこちの展示場所に顔を出している。

 しかし、どこも同じようなものばかりで、達也は飽きて来た。

 そんな中、いい匂いがしてきた。

「なんだか、いい匂いがする」

「ほんとだ、何の匂いかな」

 廊下を進むと、その匂いが強くなってくる。

 その部屋の前に来ると。中華料理だ。

「文化祭で中華料理?」

 達也はびっくりした。普通は喫茶店か、食事ができたとしても、それに毛が生えたぐらいのものだ。

「ねえ、入ってみようよ」

 早紀が、手を引いてきた。

 達也も早紀に連れられて中に入ると、チャイナ服を着たウェートレスがいた。

 料理だけじゃなく、本格的な感じだ。

 店は混んでいたが、それでも直ぐにテーブルに座る事は出来た。

「あっ、先輩」

「早紀ちゃん」

 チャイナドレスを着た女の子が来た。

「先輩、ここだったんですか?」

「そうよ、それより早紀ちゃん、彼氏と?」

「違いますよ。兄です」

「えー、そうなんだ」

「兄貴の達也です」

「達也です」

 早紀に続いて達也も名乗った。

「えっと、『本田 理恵』です」

「本田さん、オ-ダーよろしくね」

 おしゃべりしていたら、理恵の先輩だろうか、注意されてしまった。

「あ、はーい。それで、何にしましょうか?」

 メニューを見ると、飲茶セットとある。

「では、飲茶セットを二つ」

 飲茶セット以外には、餃子、杏仁豆腐、チャーハンというのもある。

「餃子もあるんだ」

「もやしが乗ってるやつだな」

「何で、もやしが乗ってるのかしら?」

「さあ?そんなの俺が知るかよ。先輩に聞いてみたらどうだ?」

「えー、なんか意地悪みたいじゃん」

「もしかしたら、知ってるかもよ」

「お待ちどおさまでした」

 理恵と名乗った先輩が、飲茶セットを持って来た。

「先輩、餃子にもやしが乗ってるじゃないですか?あれって、何で乗っているか、知ってます?」

「え、えーと、ちょっと待って、専門家を連れて来るから」

 そんな専門家が居るのだろうか?達也と早紀は、顔を見合わせた。

「失礼します。ご用件は何でしょうか?」

 声をした方を見ると、知っている顔だ。

「あっ、貴方は王さん!」

「えっと、確か川杉さん」

「そうです。そう言えば、王さんって、この学校だったんですよね」

「ええ、そうですが、まさかここで会うなんて。デートのおじゃまだったかな」

「いえ、これは妹の早紀です。早紀の先輩が先ほどの本田さんって方だと言うので、連れられて来ました」

「そうだったんですか。てっきり、可愛い彼女だと思いました」

 美姫はお世辞だろうが、早紀は悪い気はしていないだろう。

「お兄ちゃんはどうして、こんな美人と知り合いなの?」

「話せば長いが、簡単に言うとバスの中で知り合ったことかな」

「何それ。話してもそれほど、長い話じゃないじゃない」

「まあ、そうだな」

「ホホホ、川杉さんの友達のお兄さんが入院しているお見舞いに行く時に、知り合ったんです」

「バスじゃないじゃん」

「一緒のバスだったから、同じようなもんだろう」

「それで、王さんもお見舞いですか?」

 早紀は直接、美姫に聞いた。

「私は母が入院していて、そのお見舞いかな」

「王さんは、お母さんが入院していたんですか?」

 達也が聞いた。

「ええ、でも、もう直ぐ退院できる見込みなんです」

「それは良かったですね」

 もう餃子の、もやしの話はどうでも良くなった。

「オートバイで来たんですか?」

 達也と早紀が持っていたヘルメットを見て、聞いて来たのだろう。

「ええ、妹に足代わりに使われています」

「いいなあ、私は一人っ子だから、こんな優しいお兄さんが欲しかったな」

「えー、それは実体を知らないからですよ。この、くそ兄貴」

 早紀が悪態をついてくるが、それは肉親に対する照れみたいなものだろう。達也もそれが分かっているから、腹も立たない。

「あのう、美姫先輩」

 先ほどの本田と言う女生徒が声を掛けて来た。

「あら、ご免なさい。注意した私の方がおしゃべりしちゃった。えっと、3時くらいになると、だいぶ時間が空きますから」

「では、その頃にもう一度来ます」

 達也と早紀は飲茶セットを食べると、美姫たちのやっている店を後にした。

 その後は早紀に連れられて、お化け屋敷や占いをやっている店を回るが、どこも同じようなものだった。

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