第8話 大人の事情

 月曜日、学校で授業が始まるのを待っていると、担任が入って来た。授業開始には未だ早いし、それに1時間目は担任の教科ではないハズだ。

 もしかしたら、今日学校に来ていない高木の事かもしれないと、達也は直感した。

「みんなに知らせる事があります。高木だが、事故で入院しています」

「ザワザワザワ」

 担任の言葉に教室内がざわつく。

「静かに。今から概要を説明する。高木は土曜日の夜に暴走行為をして、パトカーに追われ、その後ガードレールに衝突したということだ。現在、病院に入院しているが、重体だ。だが、命に別状はない。

 それと、彼が乗っていたバイクだが、盗難届が出ていた。彼は道路交通法違反、それに窃盗の容疑もある」

「高木はどうなるんですか?」

 クラスの誰かが質問した。

「まだ、容疑の段階だが、少なくとも、無免許で道交法違反は現行犯なので、容疑では済まないだろう。窃盗の方はまだどうなるか分からん。

 それでも、重大な校則違反をした事に間違いはないから、退学は免れないだろう」

 担任の言葉にクラス全員が黙る。

「みんなも暴走族なんかに入らないように。ちゃんとした高校生活を送るように」

 担任はそれだけ言うと、教室を出ていった。代わりに入って来たのは1時間目の教科の教師だった。

 休み時間になると、教室は高木の話になった。

「達也、お前、知っていたのか?」

「いや、俺が知る訳ないだろう」

「でも、どうして逃げたんだろう?」

「そりゃあ、無免だからな。学校にも知られると拙いだろう」

「まあ、そうだな。それにしても命に別状ないって言っていたけど…」

「ああ、だけど見舞いに行く義理はない」

 そんな話をしていたが、2時間目の始業のベルが鳴った。

 それから高木の姿は見る事は無くなった。退院したのか、どうかさえ分からない。

 高木がいなくなったのが普通になった頃に、就職の事がクラスメートの口に昇り出した。

「達也は、どこを希望するんだ」

「第一はスズキかな、次はヤマハ」

「一流ばかりだな」

「目指すところは、そこだという事だ」

 しかし、そんな一流は希望者も多い。成績も真ん中で、コネのない達也にとっては、一流に入れる見込みは1%も無い。

「信二はどうするんだ?」

「俺もスズキ、ヤマハかな」

 結局、みんなが目指すところは、そう言った一流企業だという事だろう。

「上田は、どうするんだろう?」

 上田はスズキで契約のテストライダーとして既に就職しているのと同じだ。上田はそのままスズキの社員になるのだろうか?

 その辺り、上田にも聞いてみたい。

 上田も学校へはバイクで来ていない。家から通学しているのか、達也と同じように近くの駅までバイクで来ているのか分からない。

 昼休みに達也は上田の方に行き、話をしてみた。

「上田は就職はどうするんだ?」

「そうだな、このままかな」

 このままとはスズキで、契約社員として働くという事だろう。

「そうなんだ、上田はいいよな」

「まあ、そう楽な事ばかりじゃないさ」

「上田って、どうやって今の仕事に就いたんだ?」

「ああ、親父がスズキで同じ事をしていんだ。俺は小さい頃から小さなバイクを与えられて、いろんなコースで走って来たのさ。

 小学校では、ジュニアの大会とかで優勝したしな」

「そうなのか、凄いな」

 上田はある意味、親父に鍛えられて上手くなったということだろう。だが、自分でも好きじゃないと上達しない。

「あのカタナは自分の物じゃないんだろう?」

「まあな、前にも言ったが、あれは試作車だな。と、言ってもほとんど市販車だけどな」

「そういうのに乗れて、俺は羨ましいぞ」

「そんないい事ばかりでもないさ」

 そこへ、信二がやって来た。

「達也が上田と話をするなんて珍しいな」

「いや、クラスメートだから、話をしたって変じゃないだろう」

「まあ、確かにそうだが、上田はもっとこう一人の方が好きなのかと思った」

「そんな事もないさ」

 上田が信二に答える。

「で、何の話だったんだ」

「ああ、就職の話だな」

 上田の就職の話を聞いたのが、きっかけだったからあながち間違いではない。

「就職かぁ、上田はどこを希望しているんだ?」

「まあ、スズキかな」

「やっぱり、そうか。スズキは倍率高そうだな」

 信二の言葉を聞いて、達也は内心面白い答えだと思った。

 恐らく、このクラスで聞けば、スズキのような一流企業でなければ、公務員という答えが返って来る。

 それを態々聞いてみて、スズキだと確信して何になるのか。

「ところで、達也、兄貴が最近、達也が練習に来ないと言っていたぞ」

「ああ、ちょっと用事があるんだ」

「朝から用事があるのか?」

「まあ、いろいろとあるのさ」

「ふーん」

 信二は納得していない顔だったが、それ以上、何も言う事はなかった。


 達也は毎日、公園の駐車場で練習をしている。出来るだけ朝に練習を行うようにしているが、大雨だったりすると練習が出来ない事もある。

 そういった場合は、夕方にすることにしているが、夕方は駐車車両も多いので、それこそ暗くならないと出来ない事の方が多い。

 それが今日のような土曜日と重なると、暗くなっても駐車車輛が多くて、なかなか練習出来ないが、達也はダメ元で練習場所に行ってみた。

 すると車は1台が停まっているだけだった。

 1台くらいなら、練習にじゃまにならない。

 達也はS字の練習を開始した。

 練習してそう時間も経過していないが、1台の車が入ってきた。

 達也はバイクを止めて、入って来た車が出て行くのを待つ。車は停車していた車の横に着けると助手席から女性が出てきて、停まっていた車に乗り移った。

 それを見て、入って来た車は出て行く。

 停車していた車に乗った女性は達也の知っている人だった。

「裕子さんだ」

 向こうもこっちに気が付いたようだ。裕子は車から出て来ると、達也の方にやって来た。

「こんばんわ」

「はい、こんばんわ」

「何やってるの?」

「ちょっと、練習を…」

「へえ、熱心だね」

「ええ、まあ。裕子さんは何してたんですか?」

「う、うん、まあね。大人の事情ってやつかな」

 達也はヘルメットを脱いだ。

 さすがに、9月も半ばを過ぎると夜は冷えて来る。

「あの人は、この前のお父さんでは無い人ですよね」

 この前の愛人とは年齢が違うので、達也は単刀直入に聞いてみた。

「うん、まあ、お客さんかな」

「裕子さんは、何か仕事をしているのですか?」

「そうね、お金を貰ってデートしてあげるのが、お仕事ね」

 裕子は遠回しにそう言うが、それは身体を売っているといういことだ。

 高校生の達也でも、その言葉は理解出来た。

「それって…」

 達也は、その後の言葉を言えなかった。

「そうね、売春ってやつね」

 裕子の方から言って来た。

「そ、それは…、それに愛人も居るって言っていたじゃないですか?」

「お金はいくらあっても困らないし、私ぐらいの年齢だと、いろいろとお金も必要なのよ」

 裕子の開き直ったような話を聞いて、達也は次の言葉が出てこない。

「どう、軽蔑した」

「い、いえ、そんな事はありません」

「いいわよ、そんな無理しなくても。それより、この事は秘密ね」

「ええ、もちろんです」

 それだけ言うと、裕子は車で駐車場を出て行った。

 その後ろ姿を見て、達也は高木の事を思い出した。

 高木は暴走族に入って、バイクの窃盗とかもやっていた。これは完全に犯罪だ。片や、裕子は愛人になるのは法令的にどうかと言われると達也は分からないが、少なくとも売春行為は犯罪だろう。

 普段からワルの高木、普段は普通のOLの裕子、だが、どちらも同じ犯罪を犯している。

 達也は、何を信じていいのか、分からない。

 達也も駐車場を後にした。


「ただいま」

 達也が家に帰り、食卓に着いたら母親が言って来た。

「達也、明日の日曜日、早紀を市の体育館まで送って行ってくれない?」

「へっ、なんで俺が…」

「明日は早紀の中学最後の試合なんだけど、私に用事が出来て送っていけなくなったのよ。

 お父さんもいないし、あんたが送って行ってあげて」

 妹の早紀の方を見ると、何も言わずにご飯を食べている。

 この時間に夕食を摂っているのは遅い気もするが、明日の試合の為に、この時間まで練習していたのかもしれない。

「分かったよ、何時に出ればいい?」

「10時試合開始だから、9時までに来いって」

 早紀が答えた。

「じゃあ、8時に出ればいいな」

「姫街道は混むわよ。もう少し早い方がいいんじゃない?」

 車だと姫街道は混むがバイクなら、渋滞はそれほど関係ない。

「横を抜けられるから大丈夫だと思う」

「そう、達也に任せるわ」

 達也は妹のために押し入れから昔使っていたヘルメットを出してきて、ホコリを噴いた。

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