第6話 上田の助言
高校3年生最後の夏休みも、残すところ1週間を切った。
お盆を過ぎるとエアコンの取り付け依頼も少なくなってきているのと、学校の勉強もやらなければならないので、この1週間はバイトも休みだ。
バイト代でライダースーツを買うまでにはいっていないが、それでもガソリン代くらいにはなっている。
水曜日の早朝、いつもの山道に行ってみると、真一たちが既に来ていた。
「いつものメンバーが揃ったところで、早速やるか」
真一が練習開始を宣言すると、真一を先頭に何台ものバイクが山道を登り始める。
達也はメンバーの中に裕子を探したが、今日は来ていないようだ。
水曜日の早朝なんて、OLという仕事をしている都合上、なかなか来れるものではない。
来るとしたら、土曜日だろう。
達也はいつもの通り、最後尾で山道を登る練習に入った。
5本ほど山道を登ったり、下ったりして山道の入り口で解散するのもいつもの通りだ。
「達也くんは練習熱心だな」
啓太郎が声をかけてきた。
「いえ、そんな事はないです。早くみんなに追い付こうと思っているだけです」
「いや、もう追い付いているんじゃないか」
「そうだな、うちの信二も達也くんほど熱心ならいいのだけどな」
真一も話に入って来た。
「信二は車の免許を取ったら、バイクは止めるんじゃないですか。今は通学とか、自分との付き合いで乗っているだけで…」
「そうかもしれないないな。バイト代も車の頭金にするとか言っていたし」
「確かに車だと雨にも濡れないし、暑い日にはエアコンが効いた車内で行けるし、メリットはいいな」
「だけど、バイクには風を感じて走れる。風と一体になれる感じがあるじゃないか」
「風と一体になる」、その言葉は、バイクに乗る人間なら一度は聞いた事がある言葉だ。
なるほど、「風と一体になる」って確かにロマンチックな言葉かもしれないが、達也はバイクに乗って「風と一体になる」感じを受けた事はない。
反対に風を押し分けて走るので、風と喧嘩しているようだ。
真一は本気で「風と一体になる」なんて思っているのだろうか。
それは、バイク乗りが車に乗る者に対しての言い訳にしか聞こえない。裕子が言う真一の子供っぽいところが、こういうとこなのかなと達也は思った。
「ああ、そうだな」
真一の「風になる」発言に対して、啓太郎はあやふやな返事を返したが、真一もそれ以上は何も言わなかった。
「それじゃあ、達也くん、お疲れさま、秋には秋葉山か鳳来寺の方へのツーリングを企画するから参加してくれ」
「はい、分かりました。楽しみにしています」
秋のツーリングに参加できるのだろうか。裕子が参加するなら、行ってみたい気もする。
家に帰り、勉強をし出すが部屋の温度も上がって、勉強が手につかない。
傍らを見るとバイクのキーが目に入った。
「どこか走りに行こうか?」
あまりの暑さに、バイクに乗れば涼しいだろうと考える。
「いや、夏休みの宿題もあるし…」
夏休み中、エアコン取付のバイトをしてきたが、自分の家にエアコンが無い事を今更ながら恨んだ。
ここは浜松市といいつつも片田舎で、家の周辺も田んぼが多い。浜松市内だと夏場の気温は30℃を越えるだろうが、ここでは高くても気温は30℃くらいだろう。
それを思えば、涼しい方だ。
時々、田んぼを渡って来る風は田んぼの水で冷やされているので、ひんやりした風を感じる。
それでも達也は、夏休み最後の1週間を勉強して過ごした。
土曜日の朝、いつもの山道に行くと、真一たちも来た。
「おはようございます」
達也が挨拶すると真一たちも返してくれる。
「おはよう」
「やあ、おはよう」
真一と啓太郎だ。その二人以外にも挨拶が終わると練習開始になる。
「今日は、裕子さんは来ていませんね」
達也は呟くように言う。
「ああ、裕子の会社は9月から忙しくなるようだから、今日は来れないだろう」
達也の言葉に真一が答えるが、今日は土曜日で会社は休みのハズだ。
忙しいかもしれないが、来れないという事はないと思った。
「まあ、女子は朝練よりは、寝ていたいだろうからな」
啓太郎の答えの方が現実的だ。
「まあ、いい。強制じゃないしな。それじゃあ、始めるか」
真一はヘルメットを被ると、いつもの通り、先頭になって山道を登り始めた。
達也はいつもの通り最後尾について行く。以前は、この集団に付いていけなかったが、今では付いて行けている。と、いうか、余裕で付いていける。前を走るバイクを抜けるかもしれないが、そこはスピードを制御して一定の車間距離を保つ。
峠に着くと、真一が話し掛けて来た。
「達也くん、大分早くなったな。今度は先頭を走ってみるか?後ろの事は気にせずに自分のペースで走ってみてくれ」
「僕でいいんでしょうか?」
「ああ、いいとも、君の努力の成果を知りたいからな」
下り道を達也が先頭になって走り出した。
後ろからは真一のバイクが一定の間隔で付いて来る。だが、その後ろのバイクはしばらく見えていたが、そのうちバックミラーに写らなくなった。
そして、山道の入り口に着いたのは達也と真一だった。だが、他のバイクもそう遅くならずに二人の居る所に到着した。
「かなり速くなったな」
真一が言うと啓太郎も同意する。
「ああ、それは俺も思った。もう一人前のバイク乗りだな」
「ありがとうございます」
達也は自分でも上達したのが実感できたし、二人から褒められると嬉しかった。
「今度は登りも達也くんを先頭で行こう」
真一が指示すると、全員が次々にバイクを発進させる。
バイクは下りより上りの方が簡単だ。恐怖心も下りに比べると全然違う。
達也は体重を左右に振りながら、山道を上ると、今度も達也以外に峠に着いたのは真一だけだった。
少し遅れて、他のメンバーも到着する。
「上りの方が速いな」
啓太郎が言うと、真一も同意する。
「ああ、確かに。俺も達也くんに付いて行くのが精一杯だった」
真一の言葉に達也は嬉しくなるが、それでも上田のカタナには勝てないという事だろう。
「カタナに勝てるでしょうか?」
真一に聞いてみた。
「達也くんも、あのカタナに勝ちたいのか。前に勝負した俺から言わせて貰えば、今の腕では無理だろう。
達也くんも見ただろう。彼はこの世界で飯を食っているんだ。彼の実力は俺たちのような趣味でやっているレベルとは明らかに違う」
上手くなったと言われた後に通用しないと言われ、達也はがっかりした。上田はそんな段違いのレベルなのか。
達也は上田と走ってみたいと思った。丁度、週末が開ければ二学期が始まる。クラスで上田に一緒に走ってくれるように頼んでみよう。
夏休みが明けたといえ、まだ日差しは強く、歩いていると汗が噴き出して来る。
学校に到着すると、教室に入ったが、上田は未だ来ていないようだ。
「達也、おはよう」
信二が声をかけてきた。
「ああ、おはよう」
達也は目的の上田が居なかったので、信二に対して生半可な挨拶になってしまった。
「おい、何かあったのか?」
達也の元気が無いと思ったのだろう。信二が聞いてきた。
「あ、いや、何でもない」
信二に、そう言いながらも目は、教室の入り口に注がれている。
そうしてるうちに上田が入り口から入って来た。
達也は話しかけている信二をそのままにして、上田の方に行く。
「上田、話があるんだ」
いきなり来て、そう言われた上田はキョトンとしている。
聞き様によっては、喧嘩を売っているようにも聞こえない事はない。
「何だ?」
魂が戻って来たような上田が言った。
「今度の土曜日の朝、例の所に来て欲しい」
教室の中なので、詳しく言えない。だが、上田には伝わったと思った。
「無理だな」
「えっ、どうして」
「バイトなんだよ」
上田はスズキの契約レーサーだ。バイトと言っているが、新車の開発が大詰めを迎えているのかもしれない。
「上田、1日ぐらい川杉に付き合ってやれよ」
話を聞いていた信二が、上田に言って来たが、信二は上田がスズキの契約レーサーだという事を知らないので、そんな事を言っていられる。
「ああ、いや、いいんだ。バイトの方が優先だ」
達也は信二の言葉を遮ったが、信二は達也の代わりに言ってやったつもりなのに、達也から言われてちょっと腹が立つ。
「そうかい、二人が良ければいいんだ」
信二はそれだけ言うと、二人の所から去って行った。
「信二が失礼した」
「いや、いいんだ」
「それで、今度の土曜日が無理なら次の土曜日でもいいんだが」
「何故、土曜日に拘る。明日でもいいぞ」
明日は金曜日だ。2日もすれば、日曜日になる。達也にとっては悪い日ではない。
「分かった、では、明日、例の所で待っている」
始業式の日は授業がある訳ではない。特に進学校でない工業高校はそういうところは緩い。
達也は学校から帰ると、山道の方に行ってみる。早朝は交通量が少ない道路ではあるが、さすがに昼間は車が目立つ。
山道を走っていても、荷物を満載したトラックがいると速度を落とさなければならないので、練習にはならない。
しかも、ディーゼルの排気ガスで視界も悪く、息も苦しい。
「昼間に来る所じゃないな」
上りながらそう思ったが、峠まで上ると今度は下らなければならない。
達也は再び、トラックの妨害に遭いながら、山道を降りて、家に向かった。
翌朝、目覚ましで早く起きた達也は、山道に向かう。
入り口の所で待っていると、シルバーのカタナが目に入った。
「待たせたか?」
上田は挨拶もせずに言ってきた。
「いや、そんなに待っていない。それより、走ろう。ただ、俺は勝負がしたい訳じゃない。自分でも上手くなったと思っているのだが、上田の目から見てどうなのか、レクチャーして欲しいんだ」
その言葉に上田は驚いた顔をする。
「ほう、俺に指導してくれと言っているのか?」
「そう、受け取って貰って良い」
「ならば、川杉が先を走れ。俺はその後について行く」
達也のXJ400に上田のGSX1100Sカタナが続いて、2台が山道を登って行く。
さすがに早朝は車は走っていないので、快適だ。いつもの山道を右へ左へとコーナーリングしながら2台は行く。
そして20分後、峠に到着した。
達也はバイクを降り、ヘルメットを脱いでカタナに近寄った。
上田もヘルメットを脱いだ。
「どうだろうか?」
達也が上田に聞く。
「技術的にはそう進化していない。速くなったと思っているのは道に対する慣れだな」
「慣れ?」
「そうだ、お前はこの道を何本となく走り込んだのは分かった。次のコーナーが頭に入っているからそれに備えたコーナーリングが出来ている。
そう言った意味では、この道を走る技術は上達したと言っていいだろう。
だが、コーナーリングの技術そのものはそれほど進化が見られない。体重移動、ブレーキング、アクセルワーク、どれを取っても前回との差はほとんどない」
「そ、そうなのか?だけど、仲間のみんなには遅れずについて行けるようになったぞ」
「仲間って、新村の兄貴がやっているグループか?」
「そうだ」
「うむ、彼らもこの道に対する慣れの方が大きいと思う。この前はそこまで注視していなかったので、的確な事は言えないが、彼らのアクセルワークも結構雑だった。
あれなら、250に乗った方が速いかもしれん」
達也はそれを聞いて、何も言えない。何も言わない達也に、上田は更に言う。
「1か月ぐらいでそう技術は上達するもんじゃない。それより、川杉がここを走り込んで、慣れとは言え、タイム的にはかなり上達しているのは分かった。
その点は評価できると思う」
最後の方はお世辞だろう。少なくとも達也は、そう受け取った。
「それでは、下りの方も見てくれないか?」
「分かった」
上田はヘルメツトを被った。達也も自分のバイクに跨り、ヘルメットを被る。
達也が下りへと出発すると、上田も達也に続いて下りへと向かう。
2台は再び、右へ左へとコーナーリンングしながら、山道を下って行く。
下りはブレーキとアクセルワークが重要になってくる。反対に馬力は、それほど重要ではない。
上田の言っている事が本当なのか、もし、ここで上田を離す事が出来れば、達也の方がテクニックが上とも言える。
達也はそんな事を考えながら、バイクを操った。
山道の入り口に着くと、達也の隣に上田が並んでバイクを止めた。
二人ともヘルメットを脱ぐ。バイクには跨ったままだ。
「どうだろうか?」
達也の方から切り出した。
「上で言った事、そのままだな。川杉は特にアクセルワークがまずいな」
「アクセルワーク?下りは特に慎重にコントロールして来たつもりだが」
「コーナーしている時に、ブレーキをかけたりクラッチを切ったりするとケツが流れるのは体験として分かるな。
バイクの場合、特にコーナーでは、後ろのタイヤに動力をある程度かけてやらないといけない。
そこが問題なんだ。特に急カーブのような、低速域のコーナーリングな。そこはどうしている?」
「アクセルを掛け過ぎてもケツが流れるから、ほとんどアイドリング程度しか、アクセルは開けていない」
「問題はそこだな。そういう時は半クラを使うんだよ。半クラにした分、アクセルワークの範囲が広がる。
そこの練習は広い場所で、取り回す練習をすると良い。地味だけどな」
半クラを使った運転技術なんて、教習所では教えてくれなかった。どうやったら、いいのかさえ練習方法も不明だ。
取り回しの練習って何をすればいいか。達也には分からない。
「取り回しの練習ってどうすればいいんだ?」
聞いて来た達也に対し、上田はちょっとびっくりした顔をした。
「取り回しをした事がないのか?」
「無い。教習所では教えてくれなかった」
「例えば、広い公園の駐車場に三角コーンを置いて、小さな道を作るんだ。後は、その道を通る練習をするだけだ。
道はなるべく曲がりくねって作った方が良い」
上田がアドバイスしてくれた。
「もう一つ、言わせて貰えば、この山道で練習するより、取り回しを練習した方がテクニックは向上するぞ」
上田は、そう言って帰って行った。
達也は練習できそうな公園の駐車場を頭に思い浮かべるが、どこも夜には施錠され、立ち入りが出来ない。
これは暴走族対策として、夜間施錠するためだ。
上田には、取り回しの練習をしろと言われたが、練習するような場所がそうそう思い浮かばない。
達也は練習場所を探す事にした。
9月になっても日中はまだ暑いが、朝晩はかなり過ごし易くなっている。
山道での朝練も達也はツナギの上にジャンパーを羽織るようになった。
そんな時だ。達也は教室で一人のクラスメートから声を掛けられた。
「川杉、お前バイクを持っているんだろう。今度、仲間と一緒にツーリングに行くんだが、お前もどうだ?」
見ると高木洋介だった。
これは不良と呼ばれるやつだが、不思議と退学にならずに学生生活を送っている。
いろいろ悪い噂は聞こえてくる。
「ツーリング?高木がバイクを持っているなんて、聞いたことが無かったけど…」
正直、絡みたくない相手だ。達也は乗り気でない様子で答えた。
「まあ、バイクの1台や2台はどうにかなるってもんだ」
「免許も取ったのか」
「それも、どうにかなるってもんだ」
「まさか、無免許じゃ…」
「捕まらなきゃ大丈夫だよ。免許があっても下手なやつは下手だし。それより、どうする?行くのか?行かないのか?」
「今度の連休だろう?その時は、別件があっていけない」
本当は別件なんてなかったが、達也は高木と関わり合いたくないために、小さな嘘を言った。
「そうか、分かった」
高木はそれだけ言うと、向こうへ行ってしまった。
「高木が、なんだって?」
いなくなった高木の後に信二が来た。
「ああ、ツーリングに行かないかって。その時は用事があるからだめだと断ったんだ」
「高木は暴走族の仲間に入っているらしい。お前もそんな中に入ると警察に捕まるかもしれんから付き合いは止めた方がいい」
信二が言って来るが、その噂は達也も聞いている。
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