第4話 恋愛事情

 真一が先頭を走ると、集団の速度が上がった。そうなると、125の二人が付いて来れない。

 達也はどうにか付いて峠に到着する。それより、少し遅れて、信二と裕子も到着した。

「やっぱ400は馬力があるな。俺も400が欲しい」

 信二が達也を見て、しみじみと言う。

「いや、俺だって最初は付いていけなかったんだ。ここまで、結構練習したんだぞ」

「そうなのか?登りだと馬力の違いが出るだろう。排気量の違いも大きいんじゃないか?」

 信二は腕とは言いたくないのだろう。達也もカタナ1100だったら真一より速く走れるかもしれないと思った事はあった。

 だが、上田は下りでも、真一を易々と追い越して行ってしまった。

 あれを見ると、バイクの性能というより、やはり腕だと思わざるを得ない。

 それに、前に無理に追いつこうとして、アクセルを不用意に開けた瞬間、転倒した事もあった。

「馬力があると、アクセルワークも重要になるし、車体も重くなる。馬力がある方が良いとは簡単には言えないさ」

 達也が信二に反論した。

「ふーん、そんなもんかな」

 信二は達也の言葉に納得できないと言ったように答えた。

「そうだぞ、信二」

 達也と信二の会話を聞いていた真一が中に入ってきた。

「馬力があればあるほど、繊細なアクセルワークが必要になってくる。それは、下りを走れば直ぐに分かるだろう。

 それに、達也くんは毎日、ここで練習しているんだ。当然、その分、上手になっているさ」

 真一は信二より達也の方が上手だと言っている。反対に信二に対しては、もう少し練習しろという叱咤なのだろう。

 だが、信二はそう受け取っていない。真一からは単に下手だと言われたと思ったに違いない。

「よし、下り行くぞ」

 信二は何も言わずに、バイクを発進させた。

 達也は下りもどうにか付いていけたが、信二と裕子はまた遅れて到着した。

 それを見た真一は信二に、

「下りでは、バイクの馬力差はそれほど影響されないと知っているな。だが、信二は遅れた。この意味が分かるか?」

「……」

 真一の言葉に信二は何も答えなかった。

 他の者は兄弟喧嘩を固唾を飲んで見守っているが、そこは昔から一緒に育ってきた兄弟だ。多少きつく言っても、それが愛情だと分かっている。

 信二は何も言わないが、都合が悪い時、信二が黙り込む事は達也も古い付き合いだから知っている。

 それから5本ほど登りと下りをこなしていくが、信二もそれに付き合った。

「今日はこれまでにするか。そう言えば、裕子は中型の卒験は受けたのか?」

「う、うん、まあね」

「なんだか歯切れが悪いな。また、落ちたのか?」

「お、落ちてないわよ。今度はちゃんと受かったわよ」

「「「「おおー」」」」

「受かった」の言葉を聞いて、周りの人たちから感嘆が聞こえた。

「やったじゃんか。おめでとう」

 真一に続いて、達也も祝福する。

「おめでとうございます」

「うん、ありがとう」

「試験に受かったのに何で歯切れが悪いんだ?」

「うーん、バイクをどうしようかなと思って。400なんて乗れる自信ないし、それに買い替えるのもお金がかかるから、免許自体は受かって良かったんだけど、その後がね…」

 裕子の言葉に達也も納得した。

 達也の場合は、市内からかなり離れた地域の為、最寄りの交通機関に行くという理由で、中古ながら400を買って貰った。

 裕子は何の仕事をしているか知らないが、もしOLだとすると、そう簡単にバイクを買い替えるのはなかなか難しい。

「そうだな…」

 裕子の言葉に真一も同意した。

 信二も中型免許は持っているが、やはり400を購入していない。それは親が資金を出してくれないからで、達也と違って信二の環境は厳しいものがある。

「なら、時々、真一がCBRを貸してやればいいじゃんか」

 仲間の誰かが、真一に言った。

「だって、真くんはCBRを大事にしているもん。それを免許取り立ての私に貸すのは嫌でしょう。

 私だって乗り熟せる自信なんてないし。下手に傷付けたら怒られちゃう」

 裕子の方から断った。

「まあ、そうだな」

 達也だって、自分のバイクを人に貸すのは嫌だ。例え中古だとしてもだ。

 それに真一は自分のバイクを大事にしていて、いつも磨いているのだろうが、ピカピカにしている。

 そんな人がバイクを貸すとは思われない。

 恐らく弟の信二だって、乗った事はないハズだ。

「まあ、コツコツと貯金をして買うしかないな」

「そうねえ、でも、今年は車の車検もあるし、出費が大変なのよ。貧乏OLじゃ、やっていけないわ」

「何が、貧乏OLだよ。マンションに一人暮らしの独身貴族のくせに」

「だって、親と同居なんてしていたら、バイクなんて乗れないもん」

「まあ、そうかもしれないな」

 達也は以前、裕子の住むマンションにエアコンの取り付けに行った事を思い出した。

 裕子が済むマンションは、ワンルームタイプのそれ程広くない部屋ではあったが、きれいなマンションで家賃もかなりするのだろう。

 OLの給料が、どれくらいか知らないが、バイクと車を持っているとなると、かなりの高給取りかもしれない。

 とてもじゃないが、貧乏OLの印象は受けない。そこがバイトの達也と、正規雇用の違いなのかもしれない。

 真一や啓太郎は新車で買った400ccのバイクに乗っている事を考えれば、働いて何年か経っている人の給料は高校生のバイトからすれば、かなりの金額なんだろう。

 達也はふと上田の事を思う。あいつはススギの契約ライダーだと言った。

 契約と言う事は、それなりの契約金ではないのか。良く、野球選手が契約更改なんて言っているが、大体数千万円という金額だ。

 高校生だから、そこまではないにしても、達也のバイト代に比べると軽く1桁は違うだろう。

 上田はその金をどうしているのだろうか。バイクも試作だと言っていた。上田は自分のバイクを持っているのだろうか。

「今日は解散」

 達也が上田の事を考えていると、真一が解散を告げた。

 その言葉を聞いて、仲間たちが帰って行く。

 裕子は真一と啓太郎が送って行くようだ。信二も真一に付いていった。

 達也は市中に住むメンバーとは別方向なので、一人違う道にバイクを向けた。


 お盆明けの土曜日、達也はバイトで叔父の運転するバンの助手席に居た。

 そろそろ夏も終わりのハズなのに、相変わらずエアコン取付の依頼は多い。

 うだるような暑さの中に赤信号で、バンが止まった。

 反対車線には白色のトヨタの車が止まっているが、その助手席には綺麗な女性が見えた。

「裕子さんだ」

 達也は気が付いた。向こうも達也に気が付いたようだ。

「運転席の男性を見ると父親らしき人がハンドルが握っているが、ラフな格好ではなくネクタイをしている。

 裕子もラフな格好ではなく、かなり良い服を着ていると思った。

 いつも見る裕子より、数段綺麗に見える。

 エアコンが効いている車内なのか、二人はそう暑くなさそうだ。

 叔父は裕子の事は忘れてしまったのか、反対側に止まった車を見ても、何も言わない。

 信号が青になり、車が動き出したが、裕子は達也の方をチラっと見ただけで、行ってしまった。

 達也も街中の通常ある事だと思い、それほど気にしなかった。

 昼間に裕子とすれ違ったが、仕事が終わる頃にはそんな事はすっかり忘れて、夜にはいつもの山道に練習に来ている。

 太陽があるうちの道と、暗くなってからの道は、同じ道とは思えないほどの違いがある。

 達也は夜の道でも昼間位に速く走れるようになりたいと思い、夜も練習する事にした。

 上田からは無駄だと言われているが、それでも何かしなければ上達しないと思っている。

 夜、走っていると、後ろからバイクが登って来る。

「真一さんかな」

 真一も達也と同じ考えなのだろう。

 だが、そのバイクは物凄い勢いで追い付くと、達也をパスしていく。

「カタナだ」

 達也は上田だと直感した。

 カタナは峠の所で待っていてくれた。

「前に比べて速くなったな」

 峠に着いた達也に、ヘルメットを脱いだ上田はそう言った。

「さあ、どうかな」

 達也も昔に比べて慣れもあるし、速くなったと思っているが、他の人から見てもそうなのだろう。

 達也は上田に褒められて嬉しかったが、そこは顔に出さないようにした。

「だが、前に行ったように目的がなくて走っていたんじゃ意味がないぞ」

「お前の言う事はそうかもしれないが、まずは俺は上手くなりたい。目的はそれからだ。

 ところで、お前だって練習しに、ここに来ているんじゃないのか?」

「いや、この先におばあちゃんちがあるんだ。一人暮らしなんで、母親にたまには行ってくれと言われているんだ」

「そうなのか?」

「今日は向こうで一泊だな。それじゃな、事故るなよ」

 上田はそれだけ言うと、カタナを発進させた。

 上田がいなくなると峠も寂しい。

 夏はそれほどと思わなかったが、夏が過ぎようとするこの時期はなんだか幽霊が出そうな感じもする。

「うー、怖っ」

 達也も引き上げる事にした。


 家に帰ると信二から電話があった。

「はい、もしもし」

「達也か、8月最後の土曜日、また御前崎までツーリングに行こうと兄貴が行ってるけど、達也はどうする?バイトとかあるんだろう」

 バイトのエアコン取付は最近一段落してきた。叔父のバイトに行かなくても大丈夫かもしれない。

「明日、叔父さんに聞いてからでいいか?」

「分かった、明日、連絡くれ」

 次の日、叔父に聞いたらエアコンの取り付けも一段落したので、休んでも良いという事だったので、信二にツーリングに行く事を連絡した。


 そして、8月最後の土曜日、いつものメンバーが揃った。

 啓太郎や裕子もいる。

 啓太郎はライダースーツは暑いと思ったのか、下はGパンと上は皮ジャンパーを着ている。これは裕子も同じだ。

 真一は上下とも黒のライダースーツだが、信二と達也は、相も変わらず紺の作業ツナギだ。

「今日は、信二と裕子が先頭を走ってくれ。その後ろは俺が走る。啓太郎はいつもの通り、最後尾で頼む。達也くんは、啓太郎の前で良いか?」

 真一が指示を出すと、その順番でスタートして行く。

 達也たちは国道150線に入り、天竜川に掛かる掛塚橋を渡った。

 浜松市を抜けたが、まだ信号は多いので、ストップアンドゴーの繰り返しになる。

 そうなると、赤信号で止まる度に暑い。

 それも太田川を越えると信号が少なくなってきて、かなり走り易くなった。信号に止まる数も減ったので、それほど、暑さは感じない。

 達也たちは浜岡町に入った。ここまで来ると信号も少ないし、走る車も少ない。

 そう言えば、以前、シルバーのカタナに抜かれたのは、この辺りだった。

「まさか、今日も上田に抜かれるか」

 達也は、そう思ったが、さすがに上田には抜かれなかった。

 反対にツーリングと思わしき集団をいくつも目にする。400ccに乗っているライダーたちはライダースーツを着ている者が多いが、排気量が小さくなるに従い、ラフな服を着ている者が増える。

 だが、今日はラフな格好の方が涼しいだろう。


 御前崎に着くと、裕子から話しかけて来た。

「達也くん、この前、擦れ違ったでしょう?」

 やっぱり、裕子も気づいていたんだ。

「悪いけど、その時の事って、みんなには黙っていて欲しいの。いい、お願いね」

 裕子は達也の返事も聞かずに、行ってしまった。

 達也だって、忘れていたような事だ。それを裕子は、何を気にしていたのだろう。

 別に父親と車に乗って行くなんて事は、不思議な事ではない。

 それとも、やはり父親と出かけるのには抵抗があるのだろうか?

 達也はいろいろ考えるが、裕子の頼みに答える事にした。

 御前崎の駐車場には、いろいろな所からのバイクが集って来ていた。

 遠くは神奈川のナンバーなんてのもあった。

 そのバイクに乗っているライダーがほぼ全員と言っていいほど、ライダースーツを着ている。

 8月も下旬だが、まだ、そんなに涼しくないので、駐車場に居るライダーたちは上着を脱いでいるが、それでも、下は風通しが良くないだろうし、ブーツも蒸れるだろう。

 達也もバイト代でブーツを買ったが、正直、この暑さで参っている。

 それに引き換え、信二の方は相変わらずスニーカーだが、今日はスニーカーの方が正解だ。

「食事に行くか」

 真一の一言で、再びバイクに跨り、近くの喫茶店に入った。

 喫茶店は相変わらず混んでいた。

 ほとんどがカップルかライダーばかりだ。

 車はエアコンがあるので、走り出せば涼しいが、バイクはそうはいかない。

 達也は車で来ているカップルを見て、正直羨ましいと思った。

 この羨ましいは、彼女が居るということと、エアコンの効いた車があるという二つの事を示している。

 達也も今はバイクだが、将来、車の免許も取るだろう。

 その時、バイクはどうするんだろう。車に乗っていても、バイクにも乗るだろうか?

 真一は車も持っている。だが、真一の車は軽自動車だ。

 真一から言わせると、車なんて乗れればいいので、軽で十分なのだと言う。

 真一以外はどうなんだろう。啓太郎は?裕子は?みんなバイクと車を持っているのだろうか?

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